59.交信室
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教会で一般に開放されている部屋はあまり多くはない。
入ってすぐの広間。精霊に関しての資料を集めた書庫。そして、懺悔を行うための礼拝室。
他は教会に属する者が生活するための部屋であったり、貴重品が収められていたり。少なくとも、間違って入らないための細工は十分に。
その一室。最も一般の目から遠ざけるべき場所。その一室にグラナートの姿はあった。
中こそ狭くはないが、窓も装飾品の類も一切ない。椅子と机、その上に乗せられた水晶だけの簡素な部屋。
壁には防音の魔術が組み込まれ、どれだけ扉に耳を当てても内側からの声は聞こえない。
教会から賜った証明書……オリハルコンで作られたメダルがなければ、そもそも部屋に入ることも許されない。
限られたごく一部の者だけが入室を許されるこの空間にいるのは、確かにその男だけのはずだ。
「――エークシの司祭から報告がありました。『候補者』は無事、街を通過したそうです」
しかし、響く声は明らかに女のもの。凛と響くその声は、グラナートにとって馴染み深く……そして、畏れ多い相手。
水晶に見えるそれは、聖国から賜った通信魔石だ。どの教会にも専用の部屋が設けられ、各協会との連絡はここで執り行うよう決められている。
普段は近隣の村町が主流だが、この最近はほとんど彼女――女王陛下としか使われていない。
いくら王都の司祭とはいえ、直接話す機会など滅多にないことだ。あったとしても代理の者だが、こんな高頻度なんて本来は考えられない。
しかし、グラナートに限って言えばこれも日常の一部だ。毎日とは言わずとも、必ずディアン……『候補者』に何かしら変化があれば報告するよう義務付けられている。
今は、もうこの街に彼がいないとわかっていても、その習慣は変わらず。
報告を受けたグラナートの表情は変わらない。全てが順調に進んでいるという安堵と、形容し難い不快感を持て余しているとは、その顔だけではわからなかっただろう。
声こそ相互性だが、姿までは映らない。故に、男がどんな顔をしたところで知られることはないが……それでも取り繕ったのは、彼の忠誠心からか。
「『中立者』は問題なくこちらへ向かっています。このままいけば明日にでもエヴドマに到着するでしょう」
頭の中に浮かんだ地図に位置する場所は、王都から西。あの近辺では魔物が活発で、ギルド員での駆除が頻繁に行われていたはず。
道中は問題ないだろう。そして、彼らが襲われる可能性だってないと言い切っていい。
寄り道もなく進んでいるようだ。想定通り……いや、それよりも若干早い。この調子でいけば、来月には聖国に辿り着いているだろう。
そうでなくとも、もう彼らの居場所を事前情報なく特定するのは不可能といえる。
「エヴドマからの報告では問題が起きているようですが、彼らの介入は不要と判断します。……ヴァンたちの動向は?」
「……まだ『候補者』を探している様子はありません。アリアにギルド内部を探らせていますが、極秘扱いになっている可能性も」
ディアンが『中立者』と同行するようになって、もう一週間。翌日には表面化すると思われていたが、エヴァンズ家に変化はないようだ。
諜報活動に長けたアリアを送り込んだが、依頼として出されている様子もない。
ごく一部、限られた人間にしか通達していない可能性もあるが……それにしては、あまりにも動きがなさすぎる。
女王直々に遣わされた彼女の目を欺けるとも思えないが、ともかくヴァンたちがディアンを探している様子は見受けられない。
ただの家出と思っているのか。あるいは、教会にいると高をくくっているのか。……いや、ヴァンならば居場所が分かった時点で乗り込むぐらいはするだろう。
否定したところで信じず、無理矢理部屋をこじ開けるまで予想できる。
だからこそ、この数日は襲撃を警戒していたのだが……不気味なほどに動きがない。
タハマの祭司も困惑しているだろう。翌日には渡す想定だったそれも、もう一週間預かったまま。
追跡魔法の痕跡は消えていないが、このまま時間が過ぎれば効力が切れてしまう可能性もある。
タマハには不審な人影もなく、平和そのものだと。毎日の報告も同じく変わりなく。
都合がいいが、逆に調子が狂う。なにか情報が掴めればそれだけでも違うというのに。
「今さら騒いだところで、もう特定は難しいでしょう。……ともかく、『候補者』がこちらへ来るまで警戒は怠らないよう――」
声がノックに遮られる。よほどの用事がない限り邪魔をしないよう全員に周知しているし、それはペルデも例外ではない。
そもそも。彼が帰ってくるにはまだ早い時間。
「グラナート様、ミヒェルダです」
「……交信はそのままに」
予想通り、その声はシスターのものだった。違うのは、その響いた声が固かったぐらいか。
陛下の許可を得て扉を開ければ、すぐに滑り込んだ表情は思っていた以上に険しく。
「交信中申し訳ございません」
「ヴァンが来たのですね」
ただ動きがあっただけでは、彼女もここまではしない。今の段階で緊急であると判断できるのは、あの男の襲撃ぐらいだ。
自分が行くよりも前に暴れることはないだろうが、それも時間の問題かと。急ぎ向かおうとする足を、否定の言葉が止める。
「いいえ。……ノースディア第一王女です」
溜め息を殺したのは、女王の御前だったからこそ。そう、この可能性も考えていたが……まさか、ヴァンよりも先にこちらの対応をすることになるとは。
普段からディアンに並々ならぬ執着を抱いている彼女だ。追跡魔法をかけていたのも、おそらく彼女。だが、その確信が持てぬ以上、問い詰めることもできず。
「……いかがなさいますか」
これでその裏が取れるかもしれないが、相手にするのは少し厄介。当たり障りなく対応するか、突き詰めるか。
「グラナート。あなたに遠隔具の装着を許可します。よいですね」
つまり、この先は指示に従えということだ。
引き出しからピアスを取り出し、魔力を込める。光は水晶から耳元へ。その飾り気のない石に一瞬だけ宿り、すぐに消える。
これだけ小さくとも、声を聞くだけならば支障はない。ただの交信魔法具ならギルドにもあるが、魔力の核を残そうすれば物自体も大きくなる。
よもや、その機能を残したまま耳飾りに化けているなど誰も気付きはしないだろう。
「殿下はどちらに?」
「……ペルデと共に、客室で待っています」
――そこで、初めてグラナートの表情が変わった。
眉が寄り、眼光は鋭く。よぎる胸騒ぎに、堪えられぬ溜め息は女王にも伝わってしまっただろう。
サリアナがここに来たのは、ただの偶然ではあるまい。そう、切っ掛けは……間違いなく、ペルデによって。
「離すことは」
「試みましたが……」
煮え切らない返事は、それだけ状況が悪いということだ。自ら留まっているのか、残ることを強要されているのか。
……それは、見れば分かること。
いくつかの扉を抜け、真っ先に目に入ってきたのは勢い良く顔を向けるサリアナの姿。そして、その横で項垂れている己の息子も。
片や明るく、片や青白く。早足で近づく彼女を見ずに済んだなら、グラナートの視線はペルデに注がれたままだっただろう。
……あの様子では、無理矢理連れてこられたが正しいようだ。
「グラナート司祭!」
「先日ぶりです、殿下。わざわざここへ来ずとも使いを出していただければ――」
「ディアンの成績が捏造されていたのは、本当なのですか!?」
……ああ、本当に。こんな予想ばかりが当たってしまう。
まだ誰も知らないはずだ。自らの汚点を学園が漏らしたとは考えにくい。こうして尋ねてきたということは、王家から暴露されたのでもない。
それを伝えるとするなら。たった一人、そこで震えている自分の息子以外にいるはずもなく。
「……一体、なんの話でしょうか」
「ディアンが学園に来ていないのです! ペルデの話では、一週間前にここに来てその証拠をあなたに預けたと!」
視界の端で肩が跳ねている。今そちらに目を向ければ、それこそ真実だと認めるようなものだ。
なぜ話してしまったのか。なぜ、黙っていられなかったのか。
問い詰めたい気持ちはいくらでも。だが、今しなければならないのは彼女の対処であり、ペルデへの尋問ではない。
「そのせいで彼が傷つき、部屋に閉じこもっているのではと……そう思ったら、いてもたってもいられなくて……!」
『グラナート』
不快な訴えに陛下の声が紛れぬよう耳を澄ます。サリアナには、ほんの僅か考えているようにも見えただろう。
『エヴァンズ家に行くようならば同行を。止める必要はありません』
むしろ、止めたところで聞きはしないと陛下も理解しているのだろう。
否定したところで意味はない。結局、終着点は同じ。
現時点でできる対応は全て終わっている。ここでディアンがいないと知られても、もはや彼らにどうすることはできない。
ならば、目の届くうちに把握できる方がよっぽどマシというもの。
「ディアンは学園にも行ってないのですね?」
「ええ、もうずっと……! もし捏造されていたのが事実でなくても、私の元に来ないのはなにか理由があるはずです!」
肯定も否定もしなければ、話は勝手に進んでいく。必ずディアンは来るはずなのに。彼が休むはずがないのにと。
事情を知らなければ同意もできただろう。捏造などするはずがないと、彼が真実も知らずして心が折れるはずがないと。
……だが、そうだとしても。向かうのはディアン自身のためであり、彼女のためでは決して。
「やっぱり、確かめないまま帰るなんてできないわ……! 今からディアンの元に向かいます、どうか司祭様も同行を……!」
「……事情はわかりませんが、彼が来ていないのは私も心配です。わかりました、準備が整うまでお待ちいただけますか」
結局はこうなるのかと、溜め息を殺す間にもサリアナがペルデの手を引く。
本心を言えば連れて行きたくはないが、下手に離そうものならまた面倒だ。
ペルデがいればディアンも出てきてくれるはず。そう言われてしまえば、今の状況では否とは言えない。
「話は帰ってからだ」
それでも、これだけは伝えなければと。すれ違う息子に投げかけた言葉は、ペルデ自身にどう聞こえたのだろうか。
「……は、い」
その返事は、扉の閉まる音に消えるほどに小さく。震えていたことさえ、グラナートに耳に届くこともなく。
吐いた溜め息が、一体どれに対してだったのか。正しく理解できる者だって、誰もいなかったのだ。
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