48.夕暮れと町
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周りの景色が茜色に染まる頃。目標通り、ディアンたちは次の町へと辿り着いていた。
村よりも栄え、王都よりも小さい。当たり前のことだが、これもディアンにとっては初めての風景。
冒険者らしき姿は、先の村に比べれば若干多く見える。通り過ぎる者こそ多いが、今から郊外へ行こうとする者はいないだろう。王都と違い夜でも遊べる場所は少なく、ほとんどが食事処か、本日借りた宿か。
大通りを進む間、人で溢れた店を何度か通り過ぎる。ここもいっぱいだった、という嘆きの声も耳に入れながら、迷わず進むエルドの後ろから離れぬまま。
「王都から出て、次に栄えているのはこの町だな。規模は小さいが大抵のもんは揃うし、各地方に向かう馬車は大抵ここから乗り降りする」
ほら、と指差された一角では乗合馬車がいくつか。さすがにこの時間にはやっていないのか、肝心の馬の姿はどこにもない。
荷車の外見が違うのは、営業者が違うのか向かう場所が違うのか。どちらにせよ、ディアンたちには無縁のもの。
「ここで一晩過ごして、それからあれに乗って目的地まで向かうことが多いな。もちろん距離によって金額も変わるから、利用するかは懐と相談だ」
「相場は?」
「最近は乗ってないからな……隣町でも二百ゴールドはいるんじゃないか?」
違うかもしれないと教えられた額は、ズボン一着程度。日雇いの給料がその半分以下とすれば、乗れたとしても財布は苦しい。
どうしても遠い場所以外は使わない方が得策だろう。だが、一番近くてその金額なら、聖国に向かう港までは一体いくらかかるのか。
「ま、中には足元見るところもあるからな。用意する店も複数あるし、自分が納得するとこに乗ればいい。……まぁ、今回のお前の場合、使わない方がいいな」
「……なぜ?」
確かに金も足りないし今からも乗れないが、それ以外の理由があるのだろうか。
考えても答えが出ず、素直に問えば軽く振り返った薄紫が視界に入る。
「お前も分かってる通り、黒髪ってのは悪い意味で目立つ。目立つってことは、覚えられやすいってことだ。つまり、聞き込みから行き先が割れて、そのまま居場所がばれる」
一本、二本と順番に立った指が、そうなった後の未来を示すようにパッと広げられる。そうなればあっという間。ここまでの苦労も、水の泡。
思わずフードを深く被り直し、少しでも髪を隠そうとする。
そういえば、まだ瞳の色は変わったままだろうか。鏡が手元にないので確かめられないが、昼にかけたものが続いているとも思えない。
あとは宿に向かうだけとはいえ、浮かんだ不安はディアンを騒がせるには十分。
「まだ大丈夫だ。それに、さっきも言ったがここから各地に向かう。この街を抜ければ、ひとまずは安心していい」
「……ギルドに依頼を出されれば、関係ないのでは?」
雑用こそ場所限定だが、人捜しや討伐依頼なんかは各地方でも共有されるし、各拠点には遠方にいる者と会話できる魔法具だってある。
緊急性の高いものは、そうしてすぐに発令されるのだ。
だから、もしかすればディアンのも……。
「その手の依頼が一日に何件出てるか知ってるか? 極悪犯ならともかく、家出した大人を本気で探す奴なんかいないって」
「……いいところのお坊ちゃんでも?」
「お前の理由はともかく、家出されたなんて知られたくなけりゃ、そもそも依頼なんか出さずに自前でなんとかするだろ。その為の金と権力だ、自ら醜態を広めるなんてよっぽどの馬鹿だろ」
ぱちり、まだ紫のままの瞳が瞬く。
……そう、そうだ。言われてみれば、これは知られたいものではない。
世間から見れば、ディアンは何もできない落ちこぼれ。英雄の息子とは思えぬ弱者。その状況でいなくなれば、いよいよ諦め逃げ出したと思われるだろう。
ヴァンをよく思わない者たちにとっては、これ以上ない汚点。英雄の息子がとうとう逃げ出したなんて、父にとっては許せない話題だ。
いくらギルド長の立場を利用したところで、人の口に扉は立てられない。彼が手を打つタイミングはもう逃している。
この街に父の追っ手がいないのであれば、見つかる可能性は……たぶん、
「っと……ここだな。ちょっと待ってろ」
考えている間に目的地に着いたらしい。言いつけ通りに入り口の横へ身体をずらせば、両足に寄り添う白がディアンを真似するように座る。
夕日を浴びた毛皮は、視界の端でも相当に眩しい。そろそろ日も落ちきるとはいえ、道行く人の視線がやたらと刺さる。
正面にある食事処の窓からも見られているのがわかり、ついフードの端を引っ張ってしまうのは不可抗力。
「……髪色の前に、お前で目立ってるな」
注目されている当の本人……いや、本獣は慣れたものだと涼しい顔だ。ディアンにすれば居心地が悪いが、これも聖国に行くまでには慣れるのか。
せめて今だけでも離れていたいが、その結果トラブルに巻き込まれては今度こそ目も当てられない。
……旅の作法と、世間を知る。
ディアンが学ぶべきことは山のようにあって、知識不足を補える経験はない。
だから、どれだけ不安でも、居心地が悪くても、ディアンができるのは言いつけを守ること。
ほんの数分、ここで待つ以外にするべきことはない。都合良く考えれば、何もするなというのは……何もしないことを許されていると、同じ。
そう考えれば、少しだけ胸が軽くなる。そう、今はただ大人しく待っていればいいのだ。だって、それ以外は求められていないのだから。
……とはいえ、
「やっぱり目立つな、お前」
あまりの視線の多さにそうもらせば、抗議のつもりか見上げる青と見つめ合う。
なんとかできるなら自分でもなんとかしていると、まるでそう訴えているようだ。
ディアンと違ってローブで隠せないあたり、彼も……おそらく、苦労しているのだろう。多分。
「お、ちゃんと待ってたな。えらいぞ」
そうしているうちに、部屋が取れたらしいエルドが戻ってきた。荷物量こそ変わっていないが、話はついたのだろう。
「……犬じゃないんですから」
「馬鹿にしてねえって。それより、いったん外に出るぞ。さすがに部屋じゃ捌けないからな」
ほら、と渡された袋から伝わる温もり。まだ魔法が効いているのか動く様子はないが、確実に生きてはいる。
……それも、あと数十分の命だろうけど。
「無理しなくてもいいぞ」
袋を見つめていたディアンをどう思ったのか、投げられた声は普通だ。
呆れてもいないし、かといって優しいものでもない。厳しくもなければ、甘やかすことも。
ただ、ディアンが選ぶのを待っている。
「……見て、います」
「ん、よし」
捌くのはまだ抵抗がある。だが、見るだけなら……まだ、耐えられるだろう。
これも慣れだ。学ばなければならない。この先必要になるかはともかく、知っておくべき知識だ。教えてもらわなければ得られない。
今はまだ無理でも、見るだけでも知れることはあるだろう。
そうだと自分を納得させ、強い足取りでエルドの後を追いかけたのだが……。
「うぅ……」
……それも甘い考えだったと知らされたのは、ほんの十数分後のことであった。
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