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【書籍化】『精霊の花嫁』の兄は、騎士を諦めて悔いなく生きることにしました【BL・番外編更新中】  作者: 池家乃あひる
第二章 初日

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45.買い物の後

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 カラン、とベルが鳴り。扉が閉まれば長かった買い物がようやく終わった。

 あの後はお詫びと称して服を渡そうとする店主と、対価を払いたいというディアンとでまた一悶着あり、見かねたエルドが必要物資を安く譲ってもらうことで場を落ち着かせることもあったが……ひとまず準備は整った。

 幸いなことに店主の息子とディアンの体格は似ていたようで、上は丁度良く、ズボンこそ少し余ったが裾を縫うまでもなかった。

 肌触りは悪いが、今までが良すぎただけだ。上下共に一般的な装い。冒険者としては軽装すぎるが、エルド曰く、いいところのお坊ちゃんには到底見えない。

 頭の先から爪先まで。上着もズボンも靴も、鞄だって。何もかも一新したが結局なにも売ることはなく、荷物は増えただけ。

 大きくなった分入るようになった荷物。増した重みで紐が食い込み、圧迫される肩。

 中身は脱いだ服やら保存食やら。土嚢よりも遙かに軽いので負担にはならないが、走って逃げるには不向き。

 いや、そんな事態になった時には、捨てて逃げろと言われる可能性が高いか。できればそんな目には遭いたくないと、呼吸を整えたところでエルドが振り返る。


「さて、必要なのは大抵揃ったな。他にしたいことは?」


 水は汲んだし、まだ腹も減ってないだろうと。最終確認を込めての問いに浮かぶ一つの物。

 必需品は確かに揃ったが、ディアンにとって大事なものがまだ残っている。


「武器が欲しいです。できれば長剣……無理なら、ナイフだけでも」


 魔法で対処はできるが、ディアンの魔力量ではすぐに枯渇してしまう。剣さえあれば、とまでは言わなくとも、無いとあるでは大いに違う。

 危険な目に遭わないのが一番だが、魔物相手ではそうはいかない。

 こちらから仕掛けることはなくとも、対抗手段があると示せるのはそれだけで強みにもなるのだ。

 一番安い物なら所持金で足りるだろう。結局、先の買い物で支払ったのはエルドだったし、当初よりも懐に余裕はある。無駄遣いはできないが、必要経費を惜しむ必要はなくなった。


「あぁ、それなら……おっと」


 まだ鍛冶屋も開いているはずと、看板を探すディアンの目に映ったのは教会から出てくる初老の男性だった。

 白を基調とした青の装飾は、見慣れているものよりどこか質素に見える。だが、基本的なデザインは司祭が纏うものと変わらない。

 慌てた様子で扉を開け、そのままどこかへ走り去る……かと思いきや、真っ直ぐ向かってくる姿に心臓が跳ねる。

 もしや、先ほどの騒動でディアンがいると気付かれたのか。やはりグラナートから連絡が来ていて、自分を探しているのか。

 どうか違っていてほしいと、顔ごと目を逸らしたところで、ディアンを隠すようにエルドが一歩前に出る。願い虚しく止まった司祭の視線は、薄紫に対して。


「ちゅ……っ、え、エルド様。お話の途中で飛び出されては困ります……!」


 一瞬耳を疑ったが、最初に言いかけたのはエルドの役職名だろう。口付けの擬音にも聞こえたそれは、昨日メダルで見たとおりの発音。

 わざわざ名前で言い直したということは、公にするべき立場ではないということ。

 ……そして、エルドがそれだけの役職についている、という事実。


「すまなかった、所用でな」


 田舎であろうと相手は司祭様なのに、柔らかく微笑む姿はそれを裏付けるかのよう。


「急ぎお戻りください。陛下がお待ちです」


 思わず見上げたエルドの表情は変わらず、動揺した素振りもない。会話から推測できるのは、女王への報告を放り投げてまでディアンの元へ来たということだ。

 といっても、女王陛下がこの場にいるはずがない。

 なにかしらの方法、あるいは魔法で連絡を取っていたのだろう。目の前にいないとはいえ、断りなく御前から消えるのは不敬でしかない。

 そうさせてしまった事実に血の気が引き、視線はエルドと司祭の間を行き来する。


「悪いが先を急ぐ。陛下へは先ほど申し上げたとおり、定期的に報告差し上げるとお伝え願う」


 自分が同じ立場なら、間違いなく直行しただろう。だというのに、エルドの対応は変わらず、教会へ向かう素振りすらないどころか伝言だけで済まそうとしている。


「すまないが、例の物を」

「しかし、それは……」


 司祭が渋るのは当然だ。通常なら許されるべきではない対応をそのまま報告するなど、どれだけ肝が据わっていてもしかねる行為だ。

 特に教会従事者は、女王陛下が全て。司祭の対応こそ正しく、エルドが異常すぎる。


「エルド様、どうか……」

「全ての責任は俺が負う。女王陛下もお前を罰することはないし、それを俺は認めない」


 司祭もディアンも目を見開き、凝視する。本当に、こんなの報告されれば極刑ものではないのか。

 どれだけ偉い立場とはいえ、女王陛下より上であるはずがないのに。一体何を考えての行動か全く読めない。

 ゼニスが吠えても知らぬ顔だ。こうなれば自分が引っ張っていくべきなのか。

 力で敵う相手ではないが、せめて説得だけでもするべきか。

 いや、教会にとってディアンは部外者だ。口出しできる立場ではないと指摘されれば何も言えなくなってしまう。

 とはいえ、自分のせいで彼の立場が危うくなるのも望んでいない。

 どうするのが最善か検討する時間はなく。結局、諦めた司祭が教会に戻っていく背中を見送るだけになってしまった。


「……報告があるのなら待てます。どうか行ってください」

「話すべきことは終わっている。それ以外の、無駄な説教を聞く暇はないからな」


 さすがにこのままではあんまりだと促すも、足はその場から動かぬまま。ゼニスも諦め、どこか呆れた顔に見える。

 女王の御言葉を無駄な説教とは。確かにディアンが知っている世界は狭く、関わってきた教会関係者はグラナート司祭がほとんど。

 だが、こんなことを堂々と宣う従事者が今までにいただろうか。

 それとも、聖国では誰もがこうなのか。……とんでもない風評被害だと、否定されたい気持ちしかない。


「いくらなんでも不敬すぎますよ」

「そう判断する奴が聞いていなけりゃ問題ない。お前が告げ口しない限りはな」


 できるわけないだろうと叫びたくなる気持ちを抑え、衝動を溜め息で誤魔化す。

 無茶ぶりを言いつけられた司祭に同情していれば、めげずに出てきた彼の手に何かが握られているのに気付く。

 細長く、薄い形状。あまりにも見慣れたシルエットに見間違えかと疑うも、近付くにつれて鮮明になるそれは……どうみても、鞘に収められた剣だ。

 長さこそ一般的な物と同じだが、施された装飾は太陽を模した教会特有のもの。握り手は質素だが、柄全体で見れば同じ紋が細やかに刻まれている。


「……こちらになります」

「拝借する」


 観賞用かと思えたが、受け取ったエルドが確認した刃は潰されずに鋭利なまま。

 満足そうに頷くエルドに対し、司祭が一歩後ろに下がる。そのまま俯き、心臓に左手を添える仕草は教会従事者が目上の者に対して行うもの。


「……汝に、精霊の恩恵があらんことを」


 それに対するエルドの言葉は、上に立つ者として自然なものだ。

 従事者同士が別れの際にする挨拶。司祭は折れ、エルドは貫き通した。

 彼が女王に罰されないことだけが心配だと、向けた視線がしっかりと絡む。

 こちらを見るとは思っていなかったディアンの肩が跳ね、同時に司祭の目も見開かれる。やはりグラナートから連絡が来ていたのか。いや、瞳の色は変わっているので、今の姿ではまだディアンだと判断できないはず。

 焦っている間にも男の視線は揺らぎ……再び、左手が心臓へと添えられていく。

 そうして深く、深く礼をした司祭が今度こそ背を向け、遠ざかっていくのを呆然と見送る。

 今の礼は、エルドではなくディアンに対して行われたものだ。それは間違いないが……なぜ、そうされたのかがわからない。

 エルドの従者と思われたのだろうか。たしかにそう誤解したなら立場は上になるかもしれないが、それで納得するには違和感が勝る。

 何かが違う。でも、何が違うかわからない。

 ……それは、ディアンが胸に抱き続けている感情と似ていて、

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