377.茶会の再現
馬車が停まり、到着を告げる。
メリアが一方的に父に話しかけるのは相変わらず。違ったのは、その間中、ずっとゼニスが撫でられていたことだろうか。
ふわふわだった毛並みは撫でつけられ、耳共々ぺたりと伏せているのに申し訳なさも少し。
しかも、まだあと数時間は続くのだから、ゼニスにとってはたまらないだろう。
夢から出れたら労りたい気持ちもあるが、エルドに伝えたいような悪戯心も同じぐらい。
悟られないように顔を背けたが、どうやら気付かれたらしく。きゃん、と吠える声に笑わなかったことは褒められたいところ。
そうしている間に扉が開き、二列に並んだ衛兵が出迎える。ここに至るまでの景色……は、カーテンを閉められていたのでわからないが、大して差はなかっただろう。
城の内装も見た範囲では変わらず、通された談話室も同様に。
そして、先にペルデたちが到着していたのも、あの日の記憶通り。
「あっ……」
グラナートの姿を見て、怯えたメリアが父の後ろに隠れるところまで同じ。
抱えられたゼニスがぐぅ、と唸ったのは、抱き上げる腕に力が入りすぎたからだろう。
「メリア、ゼニスが痛がっているよ」
「あっ……ごめんね、ゼニス」
「……がう」
このままでは本当に抱き潰されかねないと、救いの目を求められても助けることはできず。せめて、自制してもらうよう呼びかける他ない。
「ほら、メリア。挨拶は?」
「…………こんにちは」
「ええ、こんにちは。メリア、ディアン」
「ご無沙汰しております、ヴァンギルド長」
「ああ。大きくなったな」
ペルデからすれば、夢の中のヴァンに合うのはこれが初めてになる。
記憶から具現化した存在だ。ペルデが抱く印象は、また違っているかもしれない。
その話は、今回の茶会が無事に終わった後に聞けるだろうと、ここからの流れを整理するよりも先に扉が開く。
「よく来たね、メリア。……ああ、楽にしていい」
「……ライヒ!」
父の後ろから飛び出すように、ラインハルトの元に向かうメリアの顔は記憶通り。
あの日は、父たちが退室した後にサリアナと一緒に来たはずだが……まだ、些細な相違点と言える。
挨拶するより先に制止されたのも。近づいたメリアを見て、浮かべていた笑みが怪訝なものに変わるのも、まだ範疇と言える。
「……メリア、その犬は?」
「ライヒがくれたんでしょう? この間、家に届けに来てくれたじゃない」
いらないと喚いたは、すっかり忘れてしまったようだ。持ち上げられたゼニスの顔こそ見えないが、相当やつれているに違いない。
それは、ますます顔を歪めるラインハルトと、どちらが良い勝負になるか。
「すまない、メリア。店の者が間違えたようだ。君がほしかった犬種を確かに送ったはずなのに……」
「そう? でもいいの、この子も気に入ったから! ね、ゼニス」
もはや突っ込む気力も起きないと、力なく揺れる尾よりも、ラインハルトの呟きに反応する。
ゼニスの介入がなくても、犬は送られるはずだったのか? あるいは、整合性のために記憶が捏造されたのか。
……どこから食い違ったかを調べる価値はあるかもしれない。
「いい名前だね」
「そうでしょう? お兄様がつけてくれたのよ!」
「……そうか。それは……よかったね」
とてもよかったとは思えない視線は、一瞬でも強く突き刺さる。
彼と会うのは、ペルデの記憶が戻ったあの日以降。授業に出ない以上、再戦の機会は失われている。
彼のことだ。ここでもう一度、とはならないだろう。するならば衆人の元で、完全な公平の元に。
とはいえ、その機会は永遠にないだろうが。
「ディアン!」
扉は再び開かれ、今度こそ頭を下げる。その間に視界に入るのは、見慣れたスカートの裾。近すぎる距離を、誰も咎めることはない。
「元気そうでよかった。心配していたのよ」
「……ご機嫌麗しゅう、殿下」
「もう! 名前で呼んでって言っているのに……」
「自分はただの平民です。どうか、ご容赦いただければ」
たとえ幼い頃から交流があっても、呼び捨てなど許されないことだ。こればかりは父も折れることはなかったと思い返して、実際咎められないのは記憶の通り。
偽物か、本物か。どちらであれ、ディアンは冷静に対応できている。
……今は、まだ。
「学園に来なくなったから、何かあったのかと心配していたの。体調は? もしかして、なにか嫌なことをされたの?」
「申し訳ありません。司祭様からの提案で、今は教会に通っているんです」
「……グラナート司祭の?」
サリアナが視線を向ければ、気付いたグラナートが微笑みかける。この展開が読めていたからこそ、お願いしていた通りに。
「ええ。彼の加護について、聖国から指示がありまして。まだしばらく来ていただく必要があるかと」
「グラナート」
問いかけは、サリアナではない低い声によって。唸るようなそれは、僅かな怒りを抱いたもの。
誰よりもこの件に納得していない男の瞳が嫌にギラつき、金の光が嫌に輝く。
サリアナとの会話を遮るほどに。ディアンの中にいるヴァンにとっては、耐えがたいこと。
「そのことについて話がある」
「……わかった。要件が済んだ後で話そう」
ふと絡んだ赤が、ディアンに微笑む。その仕草に思い出すのは、やはり当時の記憶。
……あの日、もし騒動が起きなければ。彼はあのまま、教会で保護するつもりだったのかもしれない。
前例がないことだからと、朝一番に受けられるようにという名目で一晩預かって……そのまま、聖国へ連れて行くつもりだったのか。
実際、ディアンが彼の元を訪ね、真実を聞いた後。グラナートはその場に留めようとした。
ペルデがあの場にいなければ、そのまま保護されていただろう。それこそ、ディアンがどれだけ抵抗しようとも関係なく。容易に捕らえたに違いない。
もしそうなっていれば、ディアンはエルドに出会うことはなかった。
会ったとしても、伴侶にはなれなかった。
なにか一つでも狂っていれば、今の自分はいない。……だから、やっぱりやり直したいとは思えない。
エルドに出会って、旅をして。そうして、一緒に生きると決意できたことこそが、ディアンの望む道なのだから。
ノックが響き、触れていた首飾りから手を離す。
謁見の準備が整った知らせは、記憶の通り。ここまでは順調と言える。
問題は、ここから。
「ディアン。お茶の準備ができるまで、少し歩かない? ちょうど中庭の花が咲いたところなの」
実質的な命令と、断られないと信じているからこそ握られる手。その温度に抱いた不快は、少しだけ眉を寄せる程度になんとか留める。
盗み見たペルデは視線だけで頷き、意思の疎通は十分。ひとまず、この場は二手に分かれるしかない。
「……自分でよければ」
「ええ、もちろん! ほら、行きましょう?」
力強く引かれる腕の痛みに、今度こそ顔をしかめ。
だが、その表情の変化は誰にも見られることなく。ディアンは地獄への一歩を踏み出した。
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