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【書籍化】『精霊の花嫁』の兄は、騎士を諦めて悔いなく生きることにしました【BL・番外編更新中】  作者: 池家乃あひる
~擬似転生編~

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369.見えずとも

 結果から言えば、想定していたほど咎められることはなかった。

 朝食で顔を合わせた際に、鍛錬を怠るなという一言だけ。あまりに素っ気なく、逆に面を食らったほど。

 メリアには学園に行かないことを問われたものの、こちらも追求されることはなく。

 昨日と同じように精霊史について問い、昨日と同じく教えてもらうよう頼んでから家を出て、すでに数時間。

 普段着のまま外に。それも、一人で出たのは数える程度。どこか落ち着かない感覚を抱くのは、聖国でも誰かがそばにいたからだ。

 エルドがいなければゼニスが、彼もいなければトゥメラ隊の誰かが。

 ディアンも危険性を理解し、抜け出すこともなかった。門の件があってからは、王宮の外に出たのも婚約式の時だけ。

 心細さは、単純な人数だけのものではない。行き交う人も、町の光景も、聞こえる会話も。全てがディアンの夢。

 ここに本物はなく、なにもかもが幻。精巧に作られた世界の中、無意識に似た色を探してしまうのは、可能性を見つけたいからか。たとえ同じ姿、同じ声であっても本物ではなく。むしろ、偽物だと分かっているのに。


「……あ」


 景色が変わる。外道から城壁に。まさしく、夢の中で場面が切り替わるように一瞬で。

 向かおうとしていた光景はディアンの後ろ。追いかけていた影は遙か遠く、物理的な距離までも示される。

 王都の外に行こうとして、今のように引き戻されるのもこれで三回目。どの方角も、実際にディアンが行ったことのない道だ。

 人が歩いているのであるいは……と思ったが、やはり見せかけだったのだろう。

 これで三方向は確認し終えた。残る方角は一つ。

 外壁沿いに進み、近づくにつれて見える景色は、戻された方角に比べても鮮明に見える。

 記憶を元に再現しているのだから当然だ。実際、ディアンが知っているのはこの道だけ。

 あの夜、家を飛び出し。死ぬ覚悟で森に入ったのも一年前。

 当時も必死で、覚えていることも少ない。それでも分かる違和感は、踏み込んだ瞬間から与えられるもの。

 ……生き物の気配がない。

 鳥の声も、葉が擦れる音もない。まるで、この場所だけ時間が止まっているかのような、異様な静寂。寝静まっているだけでは説明できない。

 見せかけでも、まだ街の方が生気に溢れていた。犬や鳥だって、多くはなかったがいると認識できたのに。ここには何もないと突きつけられている。

 ガワだけ用意されたハリボテ。最低限の模範。辛うじて許容できる範囲の違和感。

 やはり、街を離れるほどに正確性が失われているのは間違いない。

 他の三方向は、再現できる記憶がなかったから仕方なく引き戻したのだろう。それなら、十分に模範できていないこの森も、同じように戻せばよかったはずだ。

 妨げられなかったことに理由があるはずだ。

 しなかったのではなく、できなかった?

 行けないという違和感よりも、ここに連れてきて抱く感覚の方が軽度だと判断された?

 そもそも深い意味はなく、精霊の気まぐれなのか。

 こうして悩むことこそが、犯人の狙いなのか。

 吐いた息さえ、生気のない空間では大きく響く。耳に残る重さごと、答えの出ない問いを振り払う。

 徒歩では、この先を確かめるには時間が足りない。かといって、馬を都合できるわけもない。

 限られた区域のみを再現するのは合理的だ。

 ……少なくとも、ディアンが王都を出る手段を手に入れるまでは、それで凌げるのだから。


 もう少し探索するか、見切りを付けるか。決断できぬままに進んでいた身体が、止まる。

 ……呼ばれている?

 聞こえる音はない。ただの気のせいかもしれない。

 だが、何かに導かれるように進んでいた方角から身体が逸れる。

 罠である可能性がよぎって、それでもいいから情報がほしいと進む足を止められない。

 違和感とは違う、抗うには強すぎる衝動。

 切り開かれていない草木をかき分け、奥まった場所へ。そうして、辿り着いた空間に息を呑む。

 外から、中に。より静寂は鼓膜を震わせ、反響するのは地面を踏みしめる音。

 差し込む光が途切れ、暗がりの中に。足元に転がる焚き火の跡に、視界の奥が白く弾ける。

 甲高い耳鳴りも、恐れも、全ては記憶の中。だけど、間違いなくここで起きたこと。

 始まりの場所。加護を与えられた場所。エルドと、出会った場所。

 焚き火の跡も、座っていた石の位置も、最後に見た時のまま。痕跡と呼ぶにはあまりに僅かで、それでも十分過ぎるもの。

 記憶を元に作っているのだから当然だ。ディアンの中でも、強く残っている思い出。

 だが、今までエルドの痕跡は隠されてきた。遠ざけたいと考えているのなら、この光景もまたディアンに秘匿すべきものだったはずだ。

 指先に伝わる痛みに力を抜く。やはり、首飾りから伝わる温度も、あの人の魔力の欠片もなく。それでも、可能性を捨てきれなかった。


「……エル、ド?」


 木霊する声に返事はない。囁きも、呼びかけも。なにも。

 だが、ペルデが思い出せたように。外での動きが自分たちには伝わらなくても、影響を及ぼしたように。この光景も、ディアンに作用した結果だとすれば。

 ただ記憶をなぞっただけではなく、エルドがそばにいる証明であるのならば。

 唇を噛み、滲みかけた視界をたもつ。

 大丈夫……。大丈夫だ。

 必ずこの夢から覚めて、あの人のところに戻れる。

 だから、大丈夫だ。

 繰り返す言葉は鼓膜を揺することはなく。ただ、ディアンの中にだけ響き続けた。

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