367.二度目の教会
王都は昨日と変わらず、賑わいを見せていた。
行き交う冒険者。露店を覗く住人。道の端で話に花を咲かせるご婦人に、昼から酒を交わす男たち。
違和感のない光景だが、普段よりも賑やかに感じるのはディアンの補正か、勘違いなのか。
「こんなに賑やかだったっけ」
「いや、行商人が来てるんだろ。ほら、あそこ」
ペルデが指差した方向に、一際目立つ人だかり。商人の服もそうだが、並ぶ品も異彩を放つ。
ガラス細工に装飾品、変わった柄の布と、ここから見えるだけでも興味を引き立てられるものばかり。
「あの服は、多分アンティルダから来てるんだろ。行商人が来るのは現実でもよくあったことだ」
いくら町で遊んだ記憶のないディアンでも知っている。
実際に覗いたこともないが、この夢はペルデの記憶からも補完されているのだ。彼が覚えていることが反映されていてもおかしくはない。
ただ、反応したのはアンティルダというところ。
潜在意識か、本当に彼らが定期的に来ていたのか。思わず過剰に考えてしまうのも、情報が少なすぎるからこそ。
「ああ、そうだね。いつも意識しないようにしていたから……ペルデはよく覗いていた?」
「別に。部屋にあるのも、自分で買ったわけじゃないし」
これ以上広げるつもりはないと、早々に切られた話題を深堀はできない。
与えた相手がグラナートではないことは態度からも読み取れる。
彼にとっては思い出したくない記憶に触れてしまったと、反省する間もなく噴水の音が耳に届く。
目的地が近いことに気付き、気を引き締める……よりも先に見えた姿に、どちらが目を瞬かせたのか。
「……ミヒェルダ?」
「あら、ペルデ。それにディアン君も、おかえりなさい」
教会では馴染み深い蒼も、街中では目立つ。取り囲んでいた子どもたちが去り、振り返ったのは間違いなくペルデが呼んだ人物。
「どうしたんだ、こんなところで」
「子どもたちを連れて、少し町の様子を見て回っていたの。今日は露店が多かったから……」
連れていた……というより、引率していたのだろう。
物珍しさに引かれトラブルが起こることも少なくないし、最悪は誘拐の可能性もある。
本来なら町を巡回する兵士の役目ではあるが、子どもたちを守るのもシスター……もとい、教会の支援でもある。
ディアンの記憶にも残っていることだ。これも、おかしなことではない。実際、ペルデの反応も納得しているものだ。
「はい、これ。あなたが好きそうだと思って。アンティルダの工芸品だそうよ」
差し出したのは、木彫りの鳥。手の平で収まるほど小さいのに、今にも動き出しそうなほどに精巧だ。
ペルデの部屋にも似たような雑貨も、ミヒェルダが贈ったものだろう。
「ディアン君が来るとわかっていたら、もう一つ買ったんだけど……」
「いえ、お気持ちだけで十分です。ありがとうございます」
お揃いの工芸品なんて、それこそペルデに怒られそうだと首を振り。無言で受け取った彼の表情はやや硬い。
ディアンには覚えのない一連も、ペルデにとっては馴染み深いのだろう。
彼にとっては思い出したくない記憶なのか。あるいは、その国の名を聞いて思い出しかけているのか。
「今日も教会に?」
「はい。司祭様にお願いがあって」
「司祭様に? ……今なら、聖堂にいらっしゃるはずだわ」
ほんの少し引き締まった顔は、トゥメラ隊として見てきたディアンの記憶と重なる。
この夢における聖国の在り方はわからないが、ディアンへ対する根本までは変わらないようだ。
本来、ミヒェルダたちはディアンを保護できるように見守り、監視する立場だった。
どんな補正がかかっているかは不明だが、ディアンが違和感を抱かないようには動いているはず。
自分も戻るところだからと、一緒に抜けた扉の先は昨日と変わりなく。違うのは、すぐにグラナートを見つけられたという点。
「おや……おかえりなさい、ミヒェルダ。子どもたちの様子はどうでしたか?」
「特に問題はありませんでした。こちら、子どもたちから司祭様へのプレゼントです」
渡されたのは、ペルデに渡したのと同じ木製の置物。少し眺めてから仕舞われた動物はよく見えなかったが、同じ鳥だろう。
「ありがとう、ございます。……さて、ペルデもおかえりなさい。それに、ディアンも」
少し長い間は、一緒に帰ってきたディアンたちへの戸惑いからか。
過去の関係から考えれば、一度目だってあり得なかったことだ。
反応に対しディアンに違和感はないが、ペルデも同じとは限らない。グラナートのイメージは、ディアンの印象を元に作られたものだ。
足りない部分をペルデから補っているとしても、主たる部分はディアンに傾いている。ディアンには感じ取れない違和感を噛み潰しているのだろう。
一年前の記憶がなくて今の状態なら、アンティルダの記憶が戻っていれば、あまりに気まずい。
……いや、ペルデにとっては今も十分に。
「今日も話を?」
「いえ、今日は司祭様にお願いがあって来ました」
「私にできることなら」
穏やかな笑みも、優しい声色も、ディアンの記憶通り。自分を支え、見守り続けてくれた時と同じ。
贖罪の為と理解している今でも、ディアンはグラナートに感謝している。
ただ、最後に別れを告げた表情を思い出し。重ねてはいけないと、息を吐く。
本物ではない。……だが、彼がディアンの中にあるグラナート司祭なら、この頼みを断ることはない。
「父を、説得していただきたいんです」
当時の自分なら言えなかった言葉だ。自分で言えないことを、友人という立場を借りて訴えようとするなんて。誠実ではないし、卑怯だと。それこそ父に納得してもらえないと。
だが、ここは過去ではなく、現実でもない。とうに終わった問題を呼び起こされているだけ。
もう、あの時とは違うのだ。なにもかも、すべて。
「……穏やかではないね」
「少し、自分の道を見直したいんです。……できれば学園から離れて、視野を広げたいと。僕に、騎士以外の道が本当にあるのか」
これこそが本来、ペルデが望んだ光景だったはずだ。司祭に助けを求め、家族から離れ、あるべき形へと収まるための。
だが、ディアンが選ぶことのできなかった未来は、この先に続くことはない。この願いも、茶番も、すべてはあの人の元に戻るため。
ただ、エルドの元に帰る為の手段でしかない。
「それは……」
「僕だけでは、父は納得しないでしょう。ですが、友人である司祭様の言葉であれば、きっと……お願いします、グラナート様」
本来ならば、ここで保護する手はずを整えるだろう。
加護の関係と称し、教会の預かりに変え。そのまま聖国へと連れて行ったはずだ。
沈黙は、やや長く。ゆっくりと、落ちていた視線があがる。
だが、赤と重なったのは薄紫ではなく、榛。
「昨日話していたのは、このことか?」
返事はなく。ただ、小さな頷きだけが返される。呟きは小さく、唇にあてがわれた手が戻れば、いつもの笑みもそこへ。
「分かった。加護の関係と言えば、ヴァンも拒否はできないだろう。すぐに手紙を書くから待っていなさい」
想像通り、呆気なく受け入れられた願いと。提案されなかった事実に、また一つ可能性を知る。
「……保護の申し出がなかったということは、聖国までの補完が済んでいないんだろう」
「この機会を逃すっていうことは、そうだろうな」
ディアンが知る教会なら。そして、ペルデの知るグラナートなら、強制ではなくとも誘導したはずだ。
この夢は、あくまでもディアンの過去を再現した状況。整合性を取り、矛盾を潰すなら規模は小さくなる。
ノースディア……いや、王都以外は存在しない可能性がある。
「明日からどうするつもりだ」
「まず、街の周辺を確かめようと思う。君は僕がいない間の学園の様子探ってほしい。僕の意識がないところで変化があるかもしれない」
もし補完する力が周囲のみに及ぶなら、見ていない範囲ではどうなるのか。自分がいないこと自体が、なにかしらに影響を及ぼすのか。
ディアンだけでは確かめられず、ペルデであれば適任。
「情報共有は?」
「毎日は無理でも、なるべく教会に寄るようにする。君から伝えたいことがあったら、なにか合図をくれれば」
「なら、窓に布でも挟んでおく。外からでも見えるだろ」
方向が定まり、少しだけ身体の力を抜く。だが、これでやっとスタート地点だ。
情報は集まっているが、決定打になるものはなにも見つかっていない。
早く、この夢から醒める条件を見つけなければ……。
「ところで……いや」
言いよどんだペルデが首を振る。
グラナートが戻ってきたことで追求できぬまま。小さな違和感は、手紙を渡されたことで消えてしまった。
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