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【書籍化】『精霊の花嫁』の兄は、騎士を諦めて悔いなく生きることにしました【BL・番外編更新中】  作者: 池家乃あひる
~擬似転生編~

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357.記憶の中の学園

 家の外。見慣れた町並み。広場の噴水。教会。ギルド。

 突然光景が変わるわけでもなければ、無駄に長く感じることもなく。正確に再現された景色は、辿り着いた学園も例外ではなかった。

 見知った顔も、知らぬ顔も。同級生も、そうでない者も。造形に違和感はなく、本当に生きているようにしか見えない。

 挨拶と歓談。雑踏に紛れる有象無象。そして……懐かしさすら感じる囁き。

 確かめた時刻も、人の多さも、ディアンの記憶になぞらえている。

 最も登校者が多くなるこの時間を、かつてのディアンは意図して避けていた。

 英雄の息子。出来損ない。『精霊の花嫁』の兄。

 人目を避けていても聞こえてくる評価に当時は擦り切れていたが、今は逆に聞き耳を立てるほど。

 父への賞賛。メリアへの憧憬。比較して褒められるラインハルトへの言葉も、おおむね間違っていない。

 家を出てから辿り着くまでに違和感はない。

 筋肉の疲労。鼓動。自分の名が聞こえる度に反応する耳。夢と理解しても跳ねる心臓。記憶をなぞっているからこそ、より本物のように思えるのだろう。

 まるで、メリアの一件による失態を取り戻そうとするように、肉体に与えられる情報は鮮明になっていく。

 最初の夢との明らかな相違点。父もメイドも指摘せず、メリアだけがこの瞳に反応した。

 街の人も、ディアンとすれ違った生徒も同じく。明らかな異常を全員が看過している。

 いや、父の言う通り、彼らにとっては変わっていないのだ。

 つまり、この夢に引き摺り込んだ精霊が、本来の色を知らなかったとも考えられる。

 ……だが、そうなると、メリアだけが反応できたことの説明がつかない。

 自分に関わりが深かった者なら、父が反応しないのはおかしい。ディアンの記憶に強く残っているのは、間違いなくヴァン・エヴァンズの方だ。

 もし、他に気付く者がいるなら共通点が見出せるだろう。

 加護の有無も関係なければ、自分との関係性でもない。確かな要因があるはずだ。

 今はとにかく、情報が足りない。そして、補う方法をディアンは知っている。

 実行に移す力も。自分がどう振る舞うべきであるかも。

 夢であるからこそ指は震えず、躊躇うことなく扉が開かれる。


 向けられる視線と、ほんの少しの静寂。連鎖するように増える瞳の数は、ほぼ全員と言っていい。

 今日も来たという事実だけを確かめ、何事もなかったように会話に戻る者が大半。声を潜めて笑う者が少数。そして、不快そうに目を細めたのは、一人。

 彼の腕の先を確かめてしまったのは、強くディアンの記憶に残っていたからだ。

 嫌悪はあるが、あの時に向けられた怒りほどではない。また、ディアンの瞳を見て驚く様子も見受けられない。

 昔から取り繕うのがうまい人だったから、動揺を隠している可能性はある。

 だが、僅かな可能性を吟味するまでもなく、ディアンは捉えていた。

 クスクスと笑う囁きの中。普段の日常に戻る会話の隙間。喉が狭まり、息が止まる音を。明らかな恐怖の鱗片を。確かに、その耳で。

 迷うことなく目が動く。最初からその位置を知っていたように。あるいは、こうなることを理解していたように。

 事実、ディアンは期待していた。

 もし、自分の瞳の変化に気付く者がいるとすれば、ディアンと関わりの深い者。

 メリアは気付いたが、ヴァンは気付かなかった。共通項に家族が含まれないのは判明している。

 それ以外に共通点があるとすれば。特殊な条件を満たす者がいるのならば、彼しかいない。

 揺れる榛色。強張る表情。一瞬だけの交差を、紫は決して見逃さなかった。

 平静を装い、されど震えを誤魔化すように握られた膝も。後ろ姿からでもわかる動揺を。彼の恐れたバケモノの目が見つめている。

 記憶にあるよりも過剰な反応。ただ避けたいと嫌悪していた時とは違う、明確な拒絶。

 触れてはならないと理解しているからこそ、抑えきれない感情。

 浮かぶのは、希望が見えた兆しと、予感が当たっていたことへの困惑。

 彼なら――自分を恐れていたペルデなら気付くと確信していた。

 平穏を奪われ、恐怖を抱き。関わりを持ったせいで巻き込まれ。全てが終わってもなお解放されず。

 だからこそ、自ら離別を選択し、進んだ彼だからこそ。ディアンがより人から離れた変化を、見逃すはずがないと。

 ディアンの心理が反映されたと言われれば、それも否定はできない。

 だが、離れたがっていた当時の反応とは、明らかに異なっている。

 拒絶は態度だけではなく、肌を刺す魔力からも。

 負荷を覚えるほどではなくとも、当時に比べれば遙かに強い圧に、ペルデ以外の気配が混ざる。

 馴染みはなくとも、覚えはある。直接対面した記憶はなくとも、忘れるにはまだ早すぎる。

 半年前。ペルデの道を繋いだ男を。アンティルダを統べる王の気配を。

 まさに、当時のペルデにはないはずのもの。そして、ディアンの記憶だけでは補うことのできない違和感。

 絡み合う疑問が、一つの可能性を導き出す。あり得ないことだ。でも、否定できない。

 ディアンを襲ってきた精霊はペルデも狙っていた。当時の狙いこそわからなかったが、共通点はできてしまっている。

 門は閉じ、アンティルダにはそもそも存在しない。

 メリアだって、本物は生きているかは不明で……それでも、切り捨ててしまうには形を帯びてしまった。

 この夢に。この悪夢に、本物の彼らが取り込まれた可能性があることを。

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