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【書籍化】『精霊の花嫁』の兄は、騎士を諦めて悔いなく生きることにしました【BL・番外編更新中】  作者: 池家乃あひる
~擬似転生編~

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350.すべての始まり

本日から番外編最終章更新開始です!

最後までお付き合いいただければ幸いです!

 ――いつからか、それら(・・・)は存在していた。

 男とも、女とも呼べない。そもそも生物と称していいのかさえも定かではない。

 意志はあっても形はなく。思い浮かぶ全てが、意味のない有象無象ばかり。

 もはや生きているとも、死んでいるともいえない。

 だが、何十、何百。何千年もの長い月日の中。それら(・・・)は確かに存在し、来るべき時を待っていたのだ。

 何をと言われても、それら(・・・)も答えられなかっただろう。

 悠久にも思える月日は、自身らの存在意義を薄れさせるほどに長く。おとずれるかもわからない変化を待ち望むのには、あまりに遠く。

 その身を焦がすのは、決して埋まることのない虚しさと、抑えきれない渇望。泣き叫びたい衝動と、ここまで求めてしまうこと自体への疑問。

 様々な感情が渦巻き、それら(・・・)に口があったら、慟哭とも絶叫とも言えぬ音が絶えず響いていたことだろう。

 されど、やはりここに音はなく。あるのは鼓膜が震えるほどの静寂と、変わることのない世界。

 繰り返す疑問が全てを支配する。

 なぜ、こんなにも求めているのに与えられないのか。

 なぜ、自分たち(・・・・)はここにいるのか。

 そもそも、なにを求めているのか。

 与えられない答え。永遠に続く時間。癒えることのない苦痛と飢餓。

 諦めることも、狂うことも許されず。ただ、存在するだけ。

 生きながらにして死んでいるのと同じ。違うのは、救い()すらも与えられないということ。


 だが、それは突然終わりを迎えた。

 これまでの時間を嘲笑うかのように、呆気なく。永遠の苦痛はたった一言で。

 なんてことはない。ただ、名前を呼ばれただけだ。

 どの(・・)名前かなど覚えていない。どんな姿で、どんな声で、どんな存在だったかさえも覚えていない。

 もはやそれら(・・・)にとっては些細なこと。重要なのは、それが確かに自分たちを指す名前であるという事実。

 光が差した先にあったのは、幼い少年の姿だった。

 その瞬間まで、自分たちが見えていなかったことさえ気付いていなかったが、それこそそれら(・・・)には関係ないこと。

 傷付き、助けを求めるように縋る瞳。

 加護を頂けなかったと囁く周囲の声に、どうすることもできず立ち尽くすしかない、哀れな姿。

 洗礼。加護。精霊。――愛し子。

 まるで洪水のように押し寄せる記憶に呑み込まれ、抱いたのは息苦しさではなく歓喜。

 ああ、そうだ。それら(・・・)は覚えている。覚えていた。忘れてしまっていた。そうして今、思い出した。

 求められる喜びを。与えることで満たされる幸福を。自分たちが自分たちであるために、何をすべきであったかを。

 もうその機会はないのだと。このまま失せることも生きることもなく、存在し続けるだけであると思っていた。

 いいや、そう思っていたことさえも忘れていた。忘れたままでいたかった。

 思い出してしまったなら、もう忘れることはできない。

 この恐怖を。苦痛の正体を。与えられないことの憎しみも、悲しみも、餓えも! 全て!

 もう二度と失いたくない。もう二度と、こんな苦しみを味わいたくない!


 ――そして、機会は正しく今、与えられた。

 人間は正しく名を紡いだ。

 あの哀れな、守るべき存在を加護すべきは自分たちであると宣言した。

 だからこそ、それら(・・・)は理解し、蠢き、ざわめく。

 歓喜に震え、喜び、満たされたのだ。


 コレは、自分たちのモノだと。

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