表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】『精霊の花嫁』の兄は、騎士を諦めて悔いなく生きることにしました【BL・番外編更新中】  作者: 池家乃あひる
~婚約式編~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

351/404

339.そうして全ては元通り

 光が収まった途端、襲いかかったのは身を裂くような寒さだった。

 一瞬で筋肉が収縮し、身体が熱を求めて震える。遠くに見えていた街の明かりに代わって見えるのは、月に照らされる王宮。

 あの一瞬で戻ってきたと気付くと同時に身体の重みが増す。

 肩にかけられたのは、ジアードが市場で買ったローブ一枚。ないよりはマシだとかき寄せたそれは、男の熱が残っているせいか若干温かい。


「持っておけ、俺にはもう不要だ」

「……なんで、王宮の外なんだ」


 素直に感謝を伝えるには、ここに至るまでの状況が酷すぎた。

 了解もなく転送され、連れ回され。その必要性を理解した後でも、許せるかと言われれば否定しかなく。

 せめて中であれば凍えることもなかったのにと垂れた文句は、眉を上げられて軽くいなされる。


「中から出るならともかく、侵入となれば手間がかかる。許可を得て出ているのだから、正面から戻っても問題なかろう」

「誰にも声をかけずに出たくせに?」

「お前も気晴らしができてよかっただろう」


 お互い様だと背を押され、足が雪に沈む。独特の足音と、踏みしめる感覚。足先から伝わる冷たさと、背中から与えられる温度。

 近づくにつれて咎められる恐怖が込み上げると思っていたのに、むしろ清々しい気持ちだ。そもそも、ペルデにどうやって抗えたというのか。

 女王もミヒェルダも、それは理解するだろう。そして……意識の奥、ずっとペルデを蝕んでいた、あの男だって。

 ジアードが咎められても罪を問われないように、ペルデも咎められる謂われはない。

 数時間前までは、そうだと割り切ることもできなかっただろう。そう考えられるようになるなんて、ペルデ自身だって想像できなかった。


「どうした?」

「……なにが?」

「笑っているぞ」


 指摘され、唇が上がっていたのに気付く。それがいい意味での笑みではないことも、男の瞳が示すとおり。

 無意識に零れてしまったのだろう。取り繕うつもりはなく、むしろより笑みは深く、心はもっと軽くなる。

 蘇った熱は、まだ胸の奥。これから先も燻り、ペルデを焦がし、苛むだろう。だが、そうだと認めた今、清々しさすら覚えている。


「出迎えるあの人たちの反応を想像しただけだ」

「なるほど。なかなか愉快そうだ」


 されど、やはり素直に伝えるのはどうにも癪で。理由の一つを述べるに留まれば、男も喉を鳴らして笑う。

 その真意に気付いていようと、なかろうとも。それを暴く必要も、明け渡す必要もないと肯定されるだけで、寒ささえ忘れてしまいそうになる。


「では、実際にどんな顔をしているか、確かめてやろう」


 門が独りでに開き、二人を迎え入れる。それでもペルデの足はまだ軽く、心も晴れやかだった。

 そう、ペルデは浮かれていた。まるで抑圧されていた子どもが自由を知った後のように。恐怖と後悔が押し寄せる刺激に薄れ、楽しさだけが胸を占めたように。

 そして……自分が恐れていたものが消えたわけではないことを、突きつけられるところまで。


 整列するトゥメラ隊。正面に迎えるロディリア。傍に控えるリヴィと、ミヒェルダの姿も。

 されど、圧されたのはその光景ではなく、一瞬、息を吸うことを忘れるほどの魔力の濃さだ。

 鼓動が跳ね、耳鳴りがペルデの頭を揺さぶる。鈍い痛みに襲われ、されどうずくまることはできず。竦んだ足は、背を押されて前に揺れる。

 指先から背中に。まるで火が広がるように、落ち着く感覚が戻ってくる。

 耳鳴りに紛れて聞こえるのは背後で扉が閉まる音と、集まっている妖精たちの羽音。そして、怯むことなく進み続けるジアードの足音。

 気付けば、女王の姿は目の前に。その視線がペルデに向けられていないと理解しても、鼓動と耳鳴りは止まず、意識は背中に添えられた熱に向けられる。


「少々街に出た程度で、随分な出迎えだ。中立者殿には許可を頂いたが、まさか耳に入れていないと?」


 ゆっくりと、わざとらしく周囲を見渡し。それから、いつものように煽るジアードに、女王は口を閉ざしたまま。

 睨むリヴィも、他のトゥメラ隊も沈黙したまま。挑発に乗っていないだけなのに、胸騒ぎがするのは、なぜなのか。


「こんなことをする暇があるのなら、すべきことを――」

「数刻前、そちらに預けていた使者が戻った」


 声が途切れる。その顔から笑みが消えたのかを、ペルデが見ることはできなかった。

 響く足音は二つ。投影越しに見えていた二人は、間違いなくロディリアの隣にいたからだ。

 アンティルダにいた彼女たちが戻っている。その事実が示すのは、一つ。


丁重なもてなし(・・・・・・・)を感謝しよう」

「……ようやくか」


 笑う息は数分前にペルデが聞いたものと同じで。されど、心臓は重く、息苦しさから解放されない。

 いつか来ることとわかっていたはずだ。それなのに、なぜ、自分は困惑しているのか。

 

「随分とかかったな」

「原因は未だ不明。調整のため、夜が明けるまでかかるが……こちらが約束を果たした以上、そちらも道理を通してもらおう」

「異論はない。いい退屈しのぎになった」


 背中を押す力の強さに、たまらず前によろける。控えていたミヒェルダに支えられ、振り返ったジアードの姿は囲むトゥメラ隊に遮られて見えず。


「夜が明けるまでには調整を終えよう。よいな?」

「ああ、もちろん。残り僅かな滞在を、存分に楽しませてもらおう」


 もはやペルデの役目は終えたのだと手を引く力は強く、声は遠ざかっていく。

 別れの言葉も継げられないまま。最後まで、求めた深緋と視線は絡むことはなかった。


ブクマ登録、評価、誤字報告、いいね等。いつもありがとうございます!

少しでも面白いと思っていただけたら、評価欄クリックしてくださると大変励みになります。


発売中の書籍も、よろしくお願いいたします!


挿絵(By みてみん)



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

★書籍化作品★

html>
最新情報はX(旧Twitter)にて
FanBoxでは、先行公開も行っております。
(ムーンライトでも作品公開中)


ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ