250.一ヶ月後のお話
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本日より週1ではありますが、番外編連載開始となります!
また書き溜めが落ち着いたら更新頻度を上げていきますので、よろしくお願い致します!
24/6/9 本編の手直しのため話の数字が一つ飛んでおりますが、内容までは飛んでいないのでご安心ください。
――教訓として後世に語り継がれる事件から一ヶ月。
加護の力を私欲の為に行使し、長年聖国を欺いてきた王女。同じく加護の力を制御できず、『精霊の花嫁』と偽り続けた英雄の娘。
そして、それを寛容してきた国王たちへの咎は精霊の手により、国の崩壊という形で収束を迎えた。
当初予定されていた門の撤去は、聖国女王と精霊王との談話により、一部地域のみ継続することが許された。
だが、それも本当に限られた場所のみ。もはや国と呼べるものではなく、旧ノースディア王国領は現在聖国の預かりとなっている。
門が閉ざされた周辺地域は草木も育たず、人が住める領土ではなくなる。いつかほとぼりが冷めた頃、門を再設置したとて以前の光景に戻るのはそれこそ何十年かかることか。
単純に領地を巡る他国の戦争を防ぐためでもあったが、諸国からの抗議がないわけではなく。それは今後の課題であると、深く息を漏らしたロディリアの姿はまだ記憶に新しい。
大半の国民は聖国で受け入れ、伝手がある者はそれ以外の他国へ移ったという。
難民となった民、彼らに対する援助、そしてこれから先のこと。やるべき事はあまりに多く、全てが落ち着くにはそれこそどれだけの時間がかかるか。
少なくとも、今のディアンに分かっていることは……自分が精霊界に嫁ぐまで、あと一年しかないということだけ。
水の流れに耳を澄ませ、浮かぶ不安を少しでも落ち着かせようとする。
降り注ぐ太陽。煌めく水面。周囲を彩る草花。
最初はあんなにも目を奪われた光景も、この一ヶ月ですっかり落ち着く場所になってしまった。
最初に娶られた伴侶の像の傍ら、定位置となってしまった泉の淵に腰掛けたディアンを光が囲む。覗き込む妖精たちに驚かなくなったのも、もういつの頃からだったか。
本来であれば十数年かけて精霊界について学び、満を期して嫁ぐのがこれまでの『選定者』の習わしだ。
家を出る前にグラナートからある程度教育を受けていたとはいえ、それも一般人が学べる範疇を超えることはなく。実際のところ、知っておかなければならない知識は半分も詰め込まれていない。
既に洗礼を終えているとはいえ、その状態で嫁がせる訳にはいかないと。その点を含め、ロディリアは精霊王と交渉し……結果、一年の猶予を得たということだ。
エルドからすればまだ迎えられない不満もあるが、まだ人間でいさせられる期間が延びたことへの安堵もあり。素直に喜ぶことも悲しむこともできない、複雑な状況ではある。
だが、そもそもの原因が精霊側にあるのなら……あと一年ぐらい待つのに何の支障があるというのか。
今はエルドとイズタムの二人に教わりながら日々を過ごしている。
教わっていると言えば、ペルデも同じく。本来人であるペルデがこの王宮で過ごすことはできないが、今はディアン付きという形で滞在を許されている。
王宮の、それも書庫の管理者から直々ともなれば滅多にない機会。
グラナートこそ登城していないが、王宮外部にて別の任に就いているとのこと。
週に一度、グラナートの元に通い関係の修復に努めているとは……ペルデの口からではなく、他の者から聞いたこと。
全てが順調とは言えず、ディアンもペルデもほぼ手探りの状態。それでも、数ヶ月前には想像もしなかったことだ。
衝動的に家を飛び出し、エルドと出会い、旅をして……。父のことも、妹のことも、そしてサリアナのことも全て。まだ過去と割り切るには時間がかかるだろう。
滲む不安は幸福だと自覚しているからか。あるいは先の見えぬ未来に対してか。
「……やっぱりここにいたか」
呆れるような声、こちらへ向かってくる足音。どちらもすっかり聞き慣れてしまったと、振り返ったディアンの目に映るのは、やはり見慣れた顔。
想像通りの表情を浮かべていたのは、まさに今思い出していた当人。
一ヶ月前はディアンと同じ白のシャツだったが、今その身を包むのは聖国を象徴する蒼のローブだ。
見習いに支給されているものより豪華に見えるのは、身に付けている装飾具の影響か。
首元から足先に至るまで、縫い付けられている全ては精霊からの影響を受けないための魔法具。両腕の腕輪は、前はディアンも付けていたものだが……『選定者』となった今では必要のないもの。
過去を遡っても、この王城に人間がこれだけの期間留まることは前例のないことだ。
ただの人であるペルデが、素の状態で今のディアンと接触した場合、どれだけの影響を与えるかは定かではない。
だが、この地に留まり、そうしてディアンの最後を見届けることはペルデが望んだこと。
彼がそう望むのであれば、ディアンに言えることは何もない。
……が、影響は最小限で済むよう、この王宮内で過ごす際はローブを羽織ることがペルデには義務付けられている。
とはいえ、本人も思うところはあるのか。この泉に近づくことは滅多にない。
いつもならミヒェルダや他のトゥメラ隊が呼びに来て、その間は外で待機しているはずなのだが……。
「ごめん、もうそんな時間?」
「いや……」
そんなに長く考え耽っていたかと、確かめようにもこの空間に時計はない。時の移ろいを感じられるほど日は傾いておらず、見えたところでディアンの目には誤差でしかない。
今日の講義は午後からと聞いていたが、時間までには書庫に向かうつもりだった。
どうにもこの場所にいると時間の流れを忘れてしまうと、立ち上がるディアンに与えられたのは呆れではなく否定の動作。
「今日は中止になるらしい。というより、暫くは無理そうだ」
寄せた眉は不快ではなく、他の理由からだと気付くのはその言葉だけで充分。
焦らずともいい、とは確かにディアンを宥めるために投げかけられたもの。だが、それは計画に則って勉強を進めていれば、という前提がある。
よほどのことがない限り中止はないと言っていた。ならば、そのよほどの事が起きたのだろう。
「何かあったのか」
「それを今から説明するらしい。既に女王陛下はお待ちのようだ」
ペルデもまだ話は聞いていないのだろう。あるいは、彼には話せない領域なのか。
イズタムではなく、ロディリアの口からとなれば……それは、おそらく精霊界に関すること。
「……エルドは」
「俺が部屋を出る前にはまだいなかったけど、揃ってから話すと言ってた」
ディアンだけの事情でもエルドは呼ばれただろうが、胸底の不快感がそうではないと確信している。
榛色が動き、そこで無意識に胸元を握り締めていたことに気付く。開放した手の中、閉じ込めていた橙色の光から伝わる熱に縋るのはここに来てからの癖。
少し気恥ずかしくなり、さりげなく手を下ろしても、その一連もしっかりと見届けられたまま。
不安に歪んでいた眉が、違う感情に曲がるのを捉えてしまえば言い訳もできない。
「多分、俺らが最後だろ」
だから見せつけずともすぐに会えると、口こそ語らずとも視線に突きつけられ、唸りたくなるのはなんとか喉の奥で留める。
代わりに縫い付けてもらったフードで頭を隠そうとも、羞恥も不安も消えることはなかった。
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