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【書籍化】『精霊の花嫁』の兄は、騎士を諦めて悔いなく生きることにしました【BL・番外編更新中】  作者: 池家乃あひる
第八章 『精霊の花嫁』の兄は

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249.『精霊の花嫁』の兄は、

「サリアナ・ノースディアの処刑は終わった」


 その報告に、胸底の重たい感情が無くなった……といえば、嘘になっただろう。

 聖水の泉。その淵に腰をかけ、隣に並んだエルドから伝えられても、実感が湧かないと言った方が正しいか。

 吐いた息こそ深く、多少の安堵も混ざっていた。だが、決してそれだけではなく。


「……そうですか」


 処刑日が今日であることは、ディアンも先に聞いていたこと。

 彼女が辿る結末も、その選択の果ても。理解してもまだ心に巣くうのは、重苦しい恐怖と苦い記憶ばかり。

 十数年間。本当に終わったと割り切れない程度には、心の傷は深く、強く。癒えるには時間のかかるもの。


「よかったのか。本当にお前の中から消すこともできたんだぞ」


 未だ苦しめられているディアンを見てか、エルドがそう投げかける。

 サリアナの執着心は異常で、単に距離を離した程度では諦めない。

 ほんの僅かでも彼女の中にディアンの記憶が残っている限り、サリアナが絶望することはないとペルデは主張した。

 同じく、ディアンの中にサリアナの記憶が残っていれば。彼女はそれを支えに希望を見いだすだろうことを。

 何かの拍子で万が一記憶が蘇った時には、それが糧になるだろうと。

 故にペルデが望んだのは、サリアナからも、そしてディアンからも互いの記憶を消すことだった。

 ディアンが記憶を奪われたことを見せつけた上で、彼女からもその記憶を消し去るのだと。

 実際、エルドは彼女の記憶を奪い、精霊界へ追放した。妖精の糧となる最中、万が一記憶が蘇ったとしても、あの苦痛の中で正気を保てるとは到底思えない。

 サリアナにできたのなら、ディアンにだって。

 ……だが、ディアンがそれを望まなかったので、彼の中にはまだサリアナとの記憶が残っている。

 されてきた仕打ちも、真実も。彼女の結末も、全て。

 サリアナが最期に見たディアンの姿は、エルドが見せた幻覚だ。

 あの場にディアンを連れていけるはずがない。幻覚であっても見せたくなかったほどだ。

 彼女もある意味、フィアナの犠牲者であろう。それでも……決して、ディアンは彼女のモノなんかではない。

 されど、伴侶とはいえエルドのものでもない。

 ディアンがエルドの傍にいてくれるのは、彼がそう選んだからこそ。

 それでも苦しんでしまうのなら。悩んでしまうのなら、今からでもそうできるのだと。

 そう伝えてくれるエルドを、ディアンはゆっくりと見上げる。


「その方が、あなたが安心できるのなら」


 紫に嘘はなく、だからこそエルドは眉を寄せる。

 きっとこの愛しい人は、自分が頷けば簡単に手放してしまうのだと。そう理解できるからこそ、問い返された男は首を振る。


「正直に言えば。……だが、お前が受け入れると決めたなら、それでいい」


 ディアンがそう決めたのならば。自分の意思で選択したのなら、それでいいのだと。

 不器用に笑うエルドにつられ、ディアンもまた笑う。

 彼もまた理解しているのだ。エルドが自分の選択を尊重してくれることを。そうだと選ばせてくれることを。

 ……そうして、甘やかしてくれていることも。全部。


「言ったでしょう、まだ後悔していないって」


 不安がる恋人……否、もうすぐ伴侶と言うべき相手を見上げたまま、その薄紫は決して逸れることはない。


「この先そうなったとしても、僕が誓いを違えることはありません。あなたが傍にいてくれる限り……僕はきっと、後悔しない」


 その時が来たとしたって、それは自分が選んだのだと。握った手はいつも通り温かくて、優しいもの。

 決して離れないようにと、離すことがないようにと。包み込んだ体温はむしろ熱いほど。


「何度だって僕は誓えます。あなたと、共に生きたいんだと」

「……本当に、情けないな」


 だから信じてほしいと。だから、傍にいると。笑うディアンに、エルドの顔が緩む。

 眉は下がったまま。唇は苦笑したまま。それでも、それは不安からではなく愛おしさからで。


「信じている。それなのに、不安になってしまう。……ダメだな、どうしたってもうお前から離れられないのに」


 もう人としての生を望んでも、そう選ばすことはできないと。もうどうやったって、それを祝福することはできないのにと。

 精霊としてではなく、エルドとして。ディアンを見守り、共にいてくれた存在として。もう、そうしか選べないのにと。

 愛しているからこそ、失うことを恐れて不安になるエルドの手を掴む手は力強く。


「離さないでください」


 残った手を自身の頬へ。そうして手からも、頬からも温かさを感じるディアンの瞳が、彼の色へ煌めく。


「あなたが安心できるまで。……いいえ、安心した後だってずっと、僕のことを離さないでください」

「ディアン」

「そう望んだのは――そう選んだのは、僕です。エルド」


 だからここにいるのだと。あなたの傍に居続けると。

 あなたの隣に、この先もこうしていたいのだと。微笑む頬を引き寄せる手は震えていても、迷う事はなく。

 額が触れ合い、互いの姿がぼやける。落ちた滴は温かく、心地良く。

 ああ、それすらも愛おしいもので。


「……ありがとう、ディアン」


 心からの感謝を。心からの愛を。震える声が紡ぐ彼の全てを、ディアンは唇ごと受け止めた。

 二人には――それでもう、十分だったのだ。



◇ ◇ ◇



 後の歴史において、教会の関係者にのみ伝えられた記述がある。

『中立者』とは、人間界に残ったある精霊の隠し名であり、女王陛下に認められた存在であると。

 そして、その傍らには白い獣と――かの者の伴侶である、黒髪の青年がいたという。

本日まで閲覧いただき、本当にありがとうございました!

Web版はこれにて一区切りとなります。

今日まで連載を続けてこられたのは、見てくださった皆様のおかげです。本当にありがとうございました!

書籍化の情報に関しては、引き続き活動報告やTwitter等で告知して参ります。

番外編として、本編中に書けなかったシーンやこの後のお話等、まだ色々と書き続けたいと思っておりますので、その時はまたお付き合いいただければ幸いです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 完結おめでとうございます。 サリアナ殿下は何度叩いても無限に蘇ってきそうだなーと思っていましたが、その原動力たる想いすら奪ってしまうと…なかなかエグいですがやらかしてきたことを思えば妥当です…
[一言] 完結おめでとうございます! 最後まで楽しませていただいてありがとうございました。 そうですよね。エルドなら捕縛済みとはいえ危険な相手の前にディアンを無造作に立たせないですよね。前話を読んだ時…
[一言] 完結おめでとうございます! 甘々な2人を最後に見れてとても良かったです ペルデとの雪玉シーンとても好きでした
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