246.叶った望みは二つ
同じく落とされる声は、どう考えてもトゥメラ隊のものではなく。
しかめた眉も、呆れるような目も。着ている服だって、数日前に見た時と変わらない。
「いよいよ感覚までバケモノになったわけ? ……くそ、寒っ」
肩を抱き、震える姿はどう見てもペルデだ。
ディアンと同じ白いシャツとズボンは、この距離でなければ景色に埋もれて見つけられなかっただろう。
「……服で言えばお前も同じだろ」
「分かってるならこんな場所で雪なんか弄ってないで中に戻れよ。立場を弁えろって言ってるんだ」
僅かな温もりは、ペルデが羽織っていた名残だろう。
身を震わせ、悪態付きながら指先を温める姿に、すぐに反応できなかったのはまた会うとは思わなかったから。
思わずあげ足を取ってしまえば、ますます鷲色は鋭さを増してディアンを貫く。だが、以前まで感じていた憎悪や怒りは、不思議と感じられない。
理解できないという雰囲気は変わっていないが、それもどちらかと言えば悪いものではなく。そういう生き物だと理解して接している印象を抱く。
「雪だるまが、作れないかと思って」
「雪だるま?」
「……ノースディアにいたときは、一度も作れなかったから」
そういえば、いつだったか。教会にも小さな雪だるまが飾られていた記憶がある。丁度子どもが作れる程度の、だけど一人では難しいサイズのものが。
飾りも恰好も不細工で。でも、それを見て満足そうにするペルデの姿だって、覚えている。
あれはグラナートと作ったのか、それともシスターとだったのか。……それを羨ましいと思っている間も、彼は自分を憎んでいたのか。
「この雪じゃ無理だろ。水分量が違いすぎる」
盛大な溜め息はディアンの横に落ち、影は二つ並ぶ。
おもむろに撒かれた水はペルデの手から、ふわふわの雪が途端に萎み、掻き混ぜられてぐちゃぐちゃになっていく。
「ほら、これで満足か」
「……どうしてペルデがここに?」
呻きながら渡された塊は、ディアンが望んでいた形そのもの。湿り気を帯び、固くなった雪はノースディアで触れた時と同じ。
同じ要領で作れば雪だるまもできるだろうと、一仕事終えたペルデにかける言葉は感謝ではなく、ようやく口に出せた疑問。
断罪の日、グラナートと二人で話し合うように言い渡されて……その後、どうなったかまでは聞いていなかった。
もう数日前のことだ、話は終わっているとしてももうここには居ないものだと思っていたのに。
テンポのズレる会話に、ペルデの表情は変わらず歪んだまま。今更かよ、と呟きながらも答える辺りは律儀なのか、これすらも諦めなのか。
「調子がよかったからリハビリも兼ねて部屋を出たら、馬鹿みたいな恰好で外にでる奴がいたからな。……嫌でも気になるだろ」
以前のペルデなら見て見ぬ振りをしただろう。否、今だってそうだ。
殴り合い、和解したとは言えぬ状態で別れ。追い打ちのようにグラナートとの対話を強要したというのに。言動こそ荒いが、ディアンを気遣うような素振りさえ見せてくる。
困惑しないといえば嘘にはなる。だが、彼なりに折り合いを付けたのだろう。溜め込んでいた物を吐き出して、スッキリしたのかもしれない。
「グラナート司祭は……」
「話し合いならとっくに終わって、父さんなら別館で過ごしてる。俺は治療があるし、終わってからも暫く滞在する予定だ」
そうでなければ部屋から出ていないと呻くペルデの手には、もう一つの雪玉。握ったままだった物も奪われ、憧れていた雪だるまが地面に突き立てられる。
小さすぎて目も口もかけそうにない、なんて。そうやってまたすぐに思考を逸らそうとしてしまう。
見やったペルデの表情は想像しているより柔らかく。グラナートを父と呼んでいることも含め、彼らなりに和解したのだろう。
改めて問うまでもない。故に、口から出るのは別の疑問。
「暫くって」
「お前が嫁いでここからいなくなるまで。女王陛下からは許可を貰っている」
「それは……」
事態が落ち着いたら、婚姻の手続きに入るとは聞いているが、それがいつになるかもまだ知らされていない。
その間ここに滞在し続けるということは、少なからず彼の行動を制限することになる。
魔力門からも近く、聖水が循環しているこの場所に留まって身体に影響がないとは言いきれない。
女王が許したのなら問題はないのかもしれないが、それでも、歓迎できる状態ではないだろう。
「俺がいると嫌だって?」
「そうじゃなくて」
「バケモノがいなくなったのをこの目で確かめないと、落ち着いて生きていけないんだよ」
自分だって本当は関わりたくないのだと。それでも、見届けずにはいられないのだと。
恐ろしいと思っているのに。否、だからこそ最後を確かめなければ次には進めないのだと。
そう言われれば、ディアンに説得することはできない。それが、グラナートと話したペルデの選択なのだろう。
……ならば、ディアンはそれを受け入れるだけ。
「殿下たちのことは」
「聞いた。……あの女の処罰は?」
「……まだ、なにも」
サリアナについては決まっているだろうが、ディアンにはまだ知らされていない。あるいは、知らせることなく事後報告となるのか。
……彼女にこそ、もう出会うことはないし、出会わないことを願う。
実際に会って話ができたとしても。彼女のために努力したのではないと、彼女自身に理解してもらう必要はない。
そうだと分かっている人は、もうディアンのそばにいるのだ。
エルドさえ分かっているのなら、ディアンにとっては……もう、十分。
「まぁどうであれ、ろくな最期じゃないだろうけど」
やれやれ、と。立ち上がりながら吐き捨てたそれは、もう関わることはないという意思の表れか。
もう今更、サリアナへの恨みを晴らすことはできない。
裁かれたという事実で満足するしかないと、そう言い聞かせるものでもあったのか。
「ペルデ」
「……なに」
続けようとした言葉が音を失うのは、寸前で伝えるべきではないと考え直したからだ。
今までごめん、なんて。彼の神経を逆撫でるだけ。それこそ、終わったことを掘り返すのと同じ。
かといって感謝の言葉も違うものだと、吐いた息でどこまで誤魔化せただろうか。
「そろそろ中に戻ろう。これ、ありがとう」
上着を返し、入り口を振り返る。そこで待っていた影は二つに増えていて、そのうちの一つ……ミヒェルダは、ペルデに付き添って来ていたのだろう。
彼女たちにも寒い思いをさせてしまったと反省して、まだ新しい足跡を辿るように道を戻る。正確には、戻ろうとした、だ。
後頭部に軽い衝撃と、急激な冷え。視界の端に飛び散る白は、どう考えたって後ろから飛んできたもの。
たまらず叫び、慌てて払い落としても髪に絡んだ雪は中々にしぶとく、想像以上に重たい。
「そういうところが嫌いなんだよ」
追い越しざまに鼻で笑われ、先に中に戻ろうとするペルデがトゥメラ隊に怒られるのを呆けて見ていたのは数秒。
その場に屈みなおし、見よう見まねで水を撒いて、手早くかき集めた雪玉は急ぎすぎたせいで歪な球のまま。
それでも丸みを帯びていれば十分だと、振りかぶった塊は惜しくもペルデの横顔を掠めて地面に落ちる。
されど、下手くそと罵る声が途中で遮られたのは……一発では当たらないと見越し、予備で作った二発目が顔面に当たったからで。
べしゃ、と。なんとも言えぬ音を立てて落ちていく塊。
鼻先と頬は真っ赤に染まり、それは投げつける前からそうだったのか。今急激に冷やされたからなのか。あるいは……単純に、怒らせてしまったか。
ここまでするつもりはなかったと、言ったところで信じてはもらえないだろう。
「……これで、相子だろ」
だから恨みっこ無しだと終わらせるつもりだったが……どうやら、そうは問屋が卸さないようで。
紫と鷲色、その一瞬の交差で伝わり合ったのだろう。
開戦を告げる高らかな鐘の音は、間違いなく彼らの耳には届いていた。
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