239.ペルデの罰
「……許します」
不敬であると咎める声はなく、不快を抱こうと女王が許したのであれば、それは伝えられることはない。
緊張か、不安か。下ろしたままの手が固く握られ、拳の中では爪が立っているだろう。それでも彼の声は凛と張られ、震えることはなく。
「罪を犯したというのであれば、私も同じです。……どうか、処罰を」
「ペルデ、なにを……!」
驚いたのはグラナートだけではなく、ディアンも同じ。彼に償う罪はないと伝えたはずなのに、自らそれを望むとは。
意図が読めずに見下ろした先、ペルデの意思は揺らがない。
「あなたに償う罪はないと、そう伝えたはずですが」
「サリアナ殿下の魔術によるものとはいえ、機密事項を漏らし不正に門を使用したことは、いかなる事情であっても許されるものではありません。特例を認めれば、それは他の人間に対し示しがつかないでしょう」
「……なるほど、一理ある」
罪人が全て裁かれるのであれば、それは自分も同じだと。そう主張するペルデの意図は単なる罪悪感からではないだろう。
赤く燃えるような光は見上げる瞳の奥。女王ではなく、その傍にいると気付かれているディアンに向けてのもの。
怒りを孕んだそれは……彼の、ディアンへ対する報復か。理解できぬものへの抵抗であったのか。
否、抵抗というのであれば、それはディアンに対してではなく。
「お待ちください!」
断りなく声を張り上げ、飛び出たのはグラナートだ。不快そうに皺を寄せたペルデの顔を、壇上にいる者は見逃さない。
「そもそもは、私が息子を隔離しきれなかったことが原因です! 彼に罰を与えるというのならば、それは親である私が償うべきこと!」
「すでにグラナート司祭の罪は償われております。そして、すでに自分はオネストから除名された者。縁のない他人に、己の罪を被せるつもりはありません」
「っ……ペルデ……!」
ディアンが記憶している限り、ペルデとグラナートは今日ようやく再会したはずだ。それも、グラナートが最後に目にしたのは倒れている姿。
ようやく言葉を交わしたと思えば、その本人から縁を切ったつもりでいたと告げられた彼の心境は図れるものではない。
そんな己の父を一瞥する瞳はあまりに冷たいものだ。いや、あえてそう装っているのか。期待することをやめてしまったか、諦めてしまったのか。
それは、言い換えれば吹っ切れたとも言えるだろう。
罰を望む声と、それを阻む声。重なり合っても混ざり合うことのないそれに、再び漏れる溜め息はロディリアの口から。
「全く、揃いも揃って……ディアン」
なぜか呼ばれた己の名に動揺し、なんとか返事ができても意図は読めず。
「お前から見て、彼らはどう映る」
「どう、とは……」
「グラナートはともかく、ペルデ・オネストは真に処罰を望んでいるように見えるか」
問われ、見つめた先。眉を寄せたままの青年を見下ろし、瞬く。
彼もまた、サリアナの……否、フィアナの被害者だ。彼とグラナートの亀裂にはディアンも関係してしまっている。
そんな自分が答えてもいいのかと戸惑いは浮かび、そうでなくとも答えることはできない。
処罰は、その先にあるものを求める過程でしかない。巻き込まれただけなのに罰を被る。彼が望むのは、そう下された事実だろう。
それがディアンも、そしてグラナートにも報復できる手段。自分たちが罪悪感を抱いていると、理解しているからこその選択。
だが、本当に彼に償う罪はないのだ。そして、それは女王も分かっていること。
「私よりお前の方が理解しているだろう。……彼らに、修復の余地はあると思うか」
聞き直され、もう一度言い合う二人を見下ろす。
贖罪のためとはいえ長年任務に縛られ、説明することが許されずに強いることしかできなかったグラナート。
違和感を抱きながら誰にも助けを求められず、魔術疾患を患うほどに利用され、十数年という年月を犠牲にされてきたペルデ。
彼らの亀裂をディアンが計り知ることはできない。だが……まだ、彼らには話す余地があるはずだ。
たとえペルデがそれを諦めていたとしても。たとえグラナートが一方的に話すだけになったとしても。それは間違いなく、彼らの意思で行われること。
その結果、どうあってもわかり合えぬというのであれば、それこそ彼らの選択だ。
その切っ掛けが生まれることを、ペルデは望んでいないだろう。今から言うことは、また彼の尊厳を踏みにじる行為かもしれない。
……だが、まだ会話が成り立つのなら。それが、彼らの意思で行われるなら。
加護によってねじ曲げられ、最後までわかり合えなかった父と自分と異なるのであれば、きっと。
「……そこまで!」
返事は、一度頷くだけで十分だった。女王の一声で静寂は戻り、見上げる視線は二つになる。
「お前たちの意見はよく分かった。ペルデ・オネスト、繰り返すがお前に問うべき罪はなく、この一件は精霊と教会と両方に非があるもの。だが、当の本人が望むのであれば仕方ない」
「女王陛下っ!」
「そしてグラナート。成人していない者への罰は、親であるお前も償わなければならぬ。……よって、両名とも納得がいくまで同室で謹慎とする」
「そんなっ……お待ちください!」
ようやく、二人の意見が合わさる。だが、罰を望んだのはペルデであり、同じく被ると言ったのはグラナートだ。
その罪がどのようなものであろうと、異を唱える権利はない。
「それではなんの償いにもっ……!」
「お前が嫌がることでなければ罰にはならんだろう。そもそも、なんのためにオルフェン王が汝らに口を備え、言葉を授けたか。これは決定事項である。……連れて行きなさい」
苦虫を噛み潰した顔。鋭い視線は、女王ではなくディアンに向けてのものだ。
だが、やはり交差したとは認識しないまま。ミヒェルダに連れられ、ペルデの姿が遠ざかっていく。
誰も付き添わずともその後をついていくグラナートが数歩歩いたところで振り返り、深く頭を下げ……今度こそ、解散の号令がかかる。
「全く……どの英雄も己の子に対してはどうしてこうなのか……」
そうして、一人呟いたその言葉に。反応できる者は、誰もいなかった。
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