232.誰が殺したXXX
いつも閲覧いただきありがとうございます。
この度、当作が書籍化の運びとなりました。
これも今まで応援してくださった皆様のおかげです、本当にありがとうございます!
書籍化の続報については、近況報告、ならびにTwitter(@original_bduck)にて発信する予定です。
今後も当作を見守っていただきますよう、よろしくお願いいたします!
無数の足音が、痛い程の静寂の中で響き渡る。
厳重に囲まれる意味合いは、警備ではなく連行。一ヶ月前には見慣れていたはずの光景も、今ではこんなにも違う。
影が近づけばなおのこと。それは確かにダヴィード王と己の父……ヴァンの姿。
短く切りそろえられた髪も、前を見るあの金の瞳も、何一つ記憶と違わないはずだった。
確かに動悸はおさまらず、エルドの手を握る力も緩みそうにない。
だが……どうしても、同一人物には見えないのだ。
父は、自分が恐れていた相手は、あんなにもやつれていただろうか。
罪人として連行されたのでそう見えているだけかもしれない。
だが、どんな時だって堂々とした姿は面影もなく、言われなければ似ている他人とさえ思ったかもしれない。
隣に並ぶダヴィード王も同様だ。王としての威厳はどこにもなく俯いたまま。それこそ、追い詰められた表情を隠すことすらできていない。
まだ前を見ているだけ、ヴァンの方が堂々としているよう見える。だが、その心中は……彼が弱っているように見える理由は、きっと一つ。
「――お父様っ!」
二人が中央に到着しても途切れぬ足音は、更に扉の奥から。甲高い悲鳴に肩が跳ねたのはディアンだけではない。
扉の前、同じくトゥメラ隊に囲まれ連れてこられたメリアが身を乗り出し、それを押さえられる姿にヴァンも彼女の名を呼ぶ。
「離しなさいよっ! お父様助けて! この人たちが私にひどいことを!」
「メリア……!」
伸ばそうとする手には、ディアンに付けられている物と似た腕輪が一つ。だが、それが異なる用途で着けられているのを彼は知っている。
髪こそ乱れているが、それでも、彼女の容姿は損なわれない。むしろ、白に統一された服のせいでより愛し子としての特徴が際立って見える。
真雪のような肌。淡く色付いた唇。……だが、その美しい髪に見えていた薄桃色の光がないのは、腕輪の効果だろう。
愛の精霊、フィリアの加護。人々を魅了する力はもう抑えられているはずなのに、娘を助けようと身動いだ父の姿は……やはり、ディアンにとって馴染み深いもの。
喚く妹の姿も、それを助けようとする父の姿も、かつてディアンが見続けてきた光景。
だが、抵抗する相手はディアンではなく。故にその腕は放されないし、誰も彼女たちを助けることはない。
「静まりなさい。女王の御前であるぞ」
鋭い声にヴァンは我に返ったが、メリアはそうはならない。なおも助けを求める様を見かね、いよいよ口に布を噛まされてしまう。
猿轡越しの叫びはやがて泣き声に変わり、くぐもった嗚咽はそれでも耳苦しいものだ。
まるで猿のようだと、そう呟いた女王を否定しなかったのは同意以上に意識を奪うものがあったから。
カツン、と鳴るヒールの音は幻聴。その足に踵のついた靴はなく、素肌を守る物すらない。鈍く光って見えるのはメリアと同じく加護を抑える枷だったが、その数はあまりに多い。
両手、両足、そしてその首に至るまで。手に至っては拘束されたままだ。
そのうえでヴァンたち以上に囲まれ……だが、その表情はどこまでも涼しい。
泣き喚くメリアを横目で見ても、己の父の姿を認めても、その足取りは堂々としたものだった。
「さ……サリアナ……」
呻くような、縋るような。そんな呼びかけも彼女の青には映らない。怯えも余裕も絶望さえもない。
押さえつけられてもまだ暴れようとする妹と、どこまでも変わらないサリアナ。あまりにも正反対の二人が並び、役者は揃う。
そうそうたる面々を眺め、女王の吐息は長く。沈黙は、次に手を挙げるまでの僅かな間だけ。
「静粛に。今から私が話すことは、全て女王陛下のお言葉として聞くように」
「……久しぶりですね、ヴァン・エヴァンズ。そしてダヴィード・ノースディア」
リヴィが宣言し、ロディリアが話し出す。だが、その声に重なる同じ言葉は、ロディリアだけのものではない。
全く同時に、リヴィからも同じ言葉が発せられている。
「……愛し子とはいえ、ロディリアは精霊の血を濃く継いでいる。人間に影響が出ないよう、声も耐性がある者にのみ許されている」
驚くディアンに、これが通常の謁見であるとエルドが補足をいれる。
手繰り寄せた記憶の中、自分の時も誰かが代弁と言っていたような気がする。
姿を見せない理由は、精霊の力に人間が魅了されないようにと聞いていたが……声も同じだったとは。
納得している間も、ロディリアの言葉は続く。外ではリヴィの声しか聞こえていないだろうが、間違いなくこれは代弁と言える。
「あれから二十年余り。……よもや、このような形で再会するとは思いませんでした」
ディアンの位置から彼女の表情は見えずとも、その視線が父以上に冷たく、鋭いことは声質からでも十分過ぎるほどに。
聞こえるのはメリアの呻く声だけ。投げかけられた二人からは響く音は何一つとしていない。
「虐待、未成年者への負荷魔術の強要、ならびに誘拐。洗礼の偽装……全てを挙げるとキリがありません。ですが、最も裁くべきは門を使用したこと」
「っ、それは……」
「王城の地下とはいえ、本来なら人間の管理下には置けぬ物。それを、先の戦の功績として許してしまった我々にも責はあるでしょう。……王族が率先して協定を破り、二十三の兵士を従えて我が国に攻め入ってくるとは思いもしませんでした。よほど、ノースディアは我々を侮辱したいようですね」
淡々と告げる内容に含まれる怒りを、彼らは正しく認識できているだろうか。
それが女王だけではなく、精霊としての怒りでもあるのだと。
人間と精霊の和平を壊しかねないほどの重大な罪を、最も重んじなければならぬ者が破ったその重大さを。
「ち、違う!」
理解していたなら聞こえるはずのない否定は、ダヴィードの口から。首を振り、必死に弁明しようとする姿は、ディアンの目にも異様に映る。
「そんな意図は決して! 全て知らなかったことです! 協定を破るつもりなど!」
「小心なのは相変わらずですね、ダヴィード。もはやこれは、その程度の言い訳で済まされる話ではないのです」
言われなければわからないのかと、なじる声に含まれる呆れ。
どんな言葉も通用しないのだと突きつけられた男の顔は歪み、潰れた喉から異音が漏れる。
「サリアナ・ノースディアが犯した罪はあまりに重い。……ですが、まず裁くべきはあなたの娘です。ヴァン・エヴァンズ」
金が交差する。一つは布に阻まれ見えずとも、それはどちらも同じ色。同じ精霊の光。だが、その強さは比較にもならない。
名を呼ばれたメリアはなおも叫んでいるが、その声がヴァンに届くことはない。
そして、彼の挙動を見ているディアンの視線も。決して。
「それとも、あなたもダヴィードと同じなのでしょうか」
「……メリア、は」
掠れた声に、妹の名を叫んだ名残はない。
瞳こそ女王を見上げているが、揺れるそれは逃げ道を探しているというよりは、なにかを必死に考えているもの。
「ディアンを探しに行くために、やむを得ず」
辿々しい羅列。紡いだ言葉と寄せられた眉。言い訳にしか聞こえないはずのそれに、そうではないと確信するのは普段の姿を見続けたからだ。
ヴァンは、己の父は言い訳はしない。それは願望ではなく、事実としてディアンの中に刻まれてきた。
暴力でねじ伏せられたこともある。矛盾を指摘し、黙るよう圧をかけられたことだって。
だが、己の行いに関して……それがどんな間違いであっても、それに本人が気付いていなくとも、堂々と発言するのがヴァン・エヴァンズなのだ。
こちらが本性だと言われれば、そうだと納得するしかない。だが、ディアンの目には、そう答えるよう強要されているように見えている。
「親しい者から遠ざけられ、精神的に不安定だった。騙されて連れて行かれたとしても……!」
「それと自分が嫌っている兄を探しに行くのとなんの関係が? ……そもそも、ディアン・エヴァンズはあなたが殺したはずですが」
「――違うっ!」
淡々と告げられる虚偽と、肌が痛みを覚えるほどの否定。
強張った身体は、手を握り返されることでゆっくりとほどけていく。金から逸らした先には、見つめ返す薄紫。
言葉はなくとも、大丈夫だと伝わる光に、今までどれだけ救われてきただろうか。
「なにが違う?」
「殺してなどいない! 自分の息子を殺せるはずがっ……!」
「過剰な訓練の強要、魔術負荷を用いての成績の改ざん。それを知った当人へ躾と称しての監禁と一週間以上の絶食。……鍛えた騎士であろうと衰弱するに十分過ぎる仕打ちです。逃げた先で死んでいても何ら不思議ではありません。実際、ディアン・エヴァンズと特定される遺物品は受理されています」
ディアン本人ですら忘れていたことだ。死を偽装し、追っ手が来ないようにするために教会へ預けた品々。
指名手配になったことで嘘だと気付かれたと思っていたが……それは、ディアンの勘違いだったのか。
あるいは、単に殺したと認めたくないだけかもしれない。あの程度で死ぬとは、本当に思っていなかったのかもしれない。
……それも、真意を確かめる方法はない。
「あなたが殺したも同然です」
「違うっ! 姫付きの騎士になるには、並大抵の努力ではたどり着けない! あの子を騎士にするためには、そうするしか!」
「命の危険に晒してまで鍛えねばならぬ境地とは到底考えられません」
「望んだのはディアン自身だっ!」
叫びそうになったのを抑えられたのは、もはや奇跡に近い。咄嗟の否定は音になり損ね、腹の奥でわだかまって熱に変わる。
……本心だ。ヴァンは本気でそう思っている。言い逃れではなく、本当に。ディアンが望んだと記憶している。
声に出せぬ衝動は首を振ったところで緩和されない。違う、違う違う、違う。望んだのは自分ではない。そう望み続けたのは、そうだと言い続けたのは父さんだ!
そうだと言われたから。それしかディアンに歩める道はなかったから!
歯を食いしばれば、殺した感情の底から聞こえるのは冷静な声。
ディアンが望んだのではない。……だが、それを最初に望んだのもヴァンではない。
覚えている。思い出している。騎士になるように定められたあの光景を。その全ての始まりを。ディアンはもう、思い出している。
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