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【書籍化】『精霊の花嫁』の兄は、騎士を諦めて悔いなく生きることにしました【BL・番外編更新中】  作者: 池家乃あひる
第八章 『精霊の花嫁』の兄は

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216.教育係

お待たせ致しました、本日から二日置きに更新再開です!

 そんな羞恥と戦いながら辿り着いた書庫は、入り口こそ他の部屋と相違なく。違いは質素な扉に嵌められている書庫というプレートのみ。

 全世界でも随一の書籍量だと聞いていたが、少し期待が外れた……なんて気持ちは、中を見た途端に消し飛んでしまった。

 ディアンが一番親しんでいたノースディア王都の教会は縦に長く、それでも相当驚いた記憶はある。だが、もはや広さも高さも比較にならないだろう。

 見上げた天井までの距離は優に四階分。その際に近い位置まで嵌めこまれた棚は、全ての壁を色とりどりの本で埋め尽くしていた。

 壁だけではない。等間隔に並んだ本棚は、一階だけでなく吹き抜けになっている二階部分も同じく。壁の時点で相当の貯蔵量だというのに、それがこんなにも広い空間に置かれているのだ。

 昨日訪れた礼拝堂より広いかもしれない。いや、実際にそこまでではなくとも、そう思ってしまうほどに果てがない。


「……す、ごい」


 首だけでなく身体ごと回ってその広大さを体感し、目眩に似た感覚を抱くのは驚きか不安か。


「この全てが、精霊に関する書籍なのですか? 本当に、全部?」

「一部は地理や各国の歴史についての書籍になりますが、ほとんどは」


 各精霊によって情報の差はあると補足されても、その膨大さが霞むわけではない。

 本当に、ここにある大半が精霊に関する本。……つまり、本来ディアンが覚えなければならなかった内容ということだ。

『精霊の花嫁』否、『選定者』として。精霊界に向かうまでに詰め込まなければならない知識。

 十年通い続けた書庫だって、全て読めていたわけではない。それなのに、その何倍もなんて。

 名簿士でさえ自信がなかったのだ。今から取り戻すには相当苦労するだろう。

 たしかに努力だけは得意だが、そんな根性論だけで片付くだろうか。

 メリアやノースディア国の問題が落ち着けば、そう間を置かずに嫁ぐことになる。それまでに、少しでも基準に達さなければ。

 息抜きが思いつかない故の選択だったが、結果的によかったのかもしれない。そう思っている間も誘導され、部屋の中央と思われる場所へ辿り着く。

 無人かと思っていたが、蒼い影は複数。だが、纏っているのは鎧ではなく、蒼を基調としたローブのようなもの。

 閲覧用らしき机と、作業台と思われる一際大きな机。膨大な量の書類に占拠されながらも乱雑な印象を抱かないのは、整理が行き届いている証拠か。

 そんな光景を見ていれば、ディアンたちの存在に気付いたらしい彼女たちが立ち上がり、頭を下げる。

 図らずも仕事の邪魔をしてしまったことに戸惑っている間に、最奥に座っていた女性がディアンたちの元へと歩いてくるのに気付く。

 編み込まれた亜麻色の髪。身長はディアンより少し高い程度か。

 見た目こそトゥメラ隊たちと変わらない若い女性だが、柔らかな笑みはそれ以上の何かを抱かせる。


「ようこそいらっしゃいました、『選定者』様」


 流れるように頭を下げ、胸に手を当てる動作まで完璧に。この人が自分の教育を担当する者だと気付き、同じように頭を下げる。


「申し訳ありません、仕事の邪魔をするつもりはなかったのですが……」


 王宮の書庫だ、管理者がいることは考えついたはず。そして、それにともなう仕事だって。

 自分が突然来たことで予定を狂わせてしまったと謝れば、柔く首を振る動作まで隙はない。


「とんでもございません。皆、ディアン様にお目にかかれることを楽しみにしておりました。……作業に戻るように」


 軽く手を叩く音こそ大きくはないが、彼女たちには十分聞こえただろう。すぐさま仕事に戻った姿に少し安心していれば、再び彼女の頭が下がる。


「申し遅れました。私はアプリストスが娘、イズタムと申します。この度、ディアン様への教育を拝命しました。普段はこの書庫の管理を行っております」

「ディアン・エヴァンズと申します。色々とご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします。……その、イズタム様とお呼びしても?」

「いいえ、私どもに敬称は不要です。現在『選定者』であるディアン様は、女王陛下に次ぐ尊い方。基本、女王陛下以外の者には呼び捨てで対応ください」


 慣れないでしょうが、と眉を寄せながら苦笑する顔は、今までの『選定者』も同じだったことを思い出しているのか。あるいは、あまりにも初々しいディアンの様子に困惑しているのか。

 後者でないことを祈りながら、せめてさん付けだけでもしたいと思ったのは、まだ『選定者』としての自覚がない証拠だろう。


「敬語は大丈夫ですか?」

「問題ありません。もちろん、私たちに対しては喋りやすい口調で大丈夫ですよ」

「敬語の方が喋り慣れていますので……呼び捨てだけ、気を付けます」


 気を抜くと呼称を付けてしまいそうだとか、リヴィ隊長は普通に隊長呼びでいいのだろうかとか。考える間、一瞬だけとはいえイズタムの顔が強張ったのをディアンは見逃さなかった。

 受け答えがマズかったか。これからお世話になるのに心証が悪くなってしまったか不安に思うも、何事もなかったように椅子を勧められては突っ込むことはできない。

 閲覧用の机に椅子が二つ用意され、椅子を引かれてエスコートされるのにもまだ慣れない。


「あの、いくつか質問しても?」

「もちろんです、どうぞ」

「イズタム……も、トゥメラ隊の所属ですか?」


 ディアンの後ろで立つ彼女たちは、エヴァドマで会った時と同じ鎧を纏っている。大して目の前にいるイズタムも、周囲で働く彼女たちも色こそ同じだが皆ローブに似た服を纏っている。

 役割で衣装は違うだろうが、この王宮にいるということはトゥメラ隊には所属しているはず。だが、ディアンの予想とは裏腹に首は横へと振られる。


「私たちは王宮に勤めていますが、トゥメラ隊には所属しておりません。彼女たちと同じく愛し子でも、女王直属部隊に入れるのは文武共に厳しい基準を満たした者のみになります」

「ですが、イズタムはこの王宮随一の有識者です。彼女以上の適任者は、トゥメラ隊にも存在していません」

「私はただ知識を蓄えるのが好きなだけです。ですが、そのおかげでディアン様の教育を担うことができたこと、大変光栄に思います」


 トゥメラ隊は、愛し子のために作られた組織である……が、全員が戦士として戦えるわけではないし、ましてや男は王宮には入れない決まりとは女王陛下から聞いた話だ。

 たとえ隊に所属せずとも優秀であることには変わりない。この部屋にいる他の女性も同様なのだろう。


「ここにある書籍のほとんどが、精霊に関することだと聞きました。……それ以外の本は、実際にはどれほどありますか?」

「少なくとも五千以上は有しております。他国の情勢や歴史に関しては、報告が上がり次第追記するので正確な数までは……」


 場所でいえばあのあたりだと、指をさされたのは比較的端に存在する一角だ。それが地面に置かれた方の棚か、壁に埋まっている方かは差異なこと。

 精霊だけでも数え切れないのに、それ以外に学ばなければならないことも五千以上。もはや、気が遠くなる話だ。

 メリアであれば間違いなく耐えられない。……いいや、そもそも彼女であれば、最初からこうはならなかった。

 この知識を学ばなければならないのは、誰でもないディアン自身。


「そうして情報を纏め直すことと、洗礼を受けた者を名簿化するのが、この書庫での大きな役割となっております。今の優先は、ディアン様の疑問にお答えすることですが」


 だから仕事を邪魔したなんて心配することはないと笑われても、ディアンの心の内は晴れない。

 下手をすれば、家を出るとき以上に重い不安がのしかかっている。

 努力はするし、しなければならない。だが、それこそディアン一人では到底叶わないだろう。


「あの、……っ」


 言わなければならないのに、言葉が詰まる。仕方ないと言い訳すれば許してもらえるだろう。

 実際にそういう環境だったと納得もしてもらえる。だが、それではなんの解決にもならない。

 できなかった理由は説明できても、それは免罪符にはならない。ならば取り返すしかないのだ。そして、そのためには伝えておかなければならない。

 どれだけ惨めで情けなくとも、遅かれ早かれ露見すること。ならば、腹を括るしか。


「……正直に言えば、私は精霊に対する知識はあまり有していません。一般の人より調べてましたが、それでも名簿士の基準にも達していないでしょう」


 視線が落ちてしまう。目を見て話さなければならないのに、その表情が見えてしまうのを恐れてしまう。

 間違いなく、歴代の『選定者』の中でも一番知識が不足している。これからの時間で、どれだけそれを埋められるかもわからない。


「他国についても、学園で習う範囲しか……嫁ぐまでに身に付けなければならない知識も教養も、私にはありません」


 仕方のないことだ。そして、わかっていたって当時のディアンにはあれが限界だった。

 勉学よりも剣術を優先するように叱られ、それでも妹を加護する精霊の手がかりを探そうと教会へ通い。仕入れられる知識は、教本とグラナートからのみ。

 まだ十を超えぬ子どもの時から強いられてきた生活だ。教会でさえ寄り道と認識され、本来なら行くなと叱られていたのを無理矢理通っていたほどだ。そんな状況で本屋や図書館など行けるはずもない。


「今のままでは、自分はその役目を果たせないでしょう。嫁ぎ、判断を迫られた際。なにが本当に人の為になるのか。そして、どうすれば精霊との和を保てるのか。……今の僕には、なにもかもが足りていません」


 それでも、ディアンは学ばなければならない。『選定者』となり、精霊の判断から人を守るためには。その抑止となるためには、今までの知識だけでは不十分だ。

 その土地にしかない文化、そこに留まる精霊。どのように人々が生き、どのようにしてその歴史を紡いできたのか。知らなければ守ることはできない。知らなければ、正しく人のためにはならない。

 だからこそ、ディアンは詰め込まなければならない。精霊のために、人のために。……なによりも、自分自身のために。

 エルドが守り続けたこの世界を、同じく守るために。

 

「残された日も長くはありません。たくさん迷惑もおかけすると思います。ですが……どうか、ご教授願います」

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