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【書籍化】『精霊の花嫁』の兄は、騎士を諦めて悔いなく生きることにしました【BL・番外編更新中】  作者: 池家乃あひる
第八章 『精霊の花嫁』の兄は

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215.王宮での数日

いつも閲覧いただきありがとうございます。

アルファポリスのWeb大賞期間が落ち着きましたので、書き溜めができるまで一週間前後更新停止致します。

以後、二日に一回の更新ペースに戻りますので、よろしくお願いいたします。

 ディアンが王宮に訪れてから数日が過ぎた。

 初日に真実を明かされ、次の日には正式な洗礼を終え、ようやく落ち着いて過ごせるようになったのは三日目のこと。

 まだ慣れたとは言い難く、考えることも多く。

 されど片付けなければならない問題に対しては現状では進展が望めないと、自由に過ごすよう伝えられてから丸一日。

 まともに飲まず食わずのまま徹夜した挙げ句に洗礼を受けて休むよう言いつけられてから一日とも言えるが……身も心も安まったなら、今度は何をすればいいのかという問題にかられている。

 家にいた頃は休日も鍛錬と勉強に暮れ、エルドとの旅で休んだことはあっても観光を兼ねていたので過ごし方を悩むことはなく。

 いざ自由に、と言われると途端にどうすればいいかわからない。

 散策するには広すぎる敷地。魔術負荷が抜けきっていないので、剣の訓練をすることもできず。魔法も、まだ腕輪を外す許可を得ていないので同様に。

 いや、実際にこれはディアンの魔術を妨害するのではなく、他の魔力や術に影響を受けないためだとは説明されているが、気分的に憚られる。

 十分に眠ったし、何もせずにいれば延々と考え込んで逆に疲れてしまうし、忙しい彼女たちに話し相手になってもらうのも気が進まない。

 故に、捻った頭で考えついたのが、勉学に落ち着いてしまうのは当然の流れだろう。


「書庫、ですか」


 家にいた頃も唯一の息抜きといえば本であったと。名案と思って案内を頼んだトゥメラ隊の表情は芳しくはない。

 行ってはならない場所はないとロディリアには伝えられたが、それでも都合が悪い場所なのか。


「ダメでしょうか……?」

「いえ、そのようなことは決して。ですが、この宮にあるのは精霊に関しての書籍ばかりで、娯楽として読めるようなものは……ご希望であれば、適当なものを仕入れてまいりますが」


 好みの内容はと、続けて問われて合点がいく。

 たしかに暇つぶしで読むとすれば情報誌か小説の類だが、知りたいことはそれこそ分かり次第伝えてくれるだろうし、最近は小説も読んでいないので興味がないといえば嘘にはなる。

 だが、今一番知りたいのは……というよりも、調べたいものはそれこそ、この王宮の書庫にしか存在しない。


「いえ、精霊についての本が読みたいので、むしろありがたいです」

「勉学なら、ディアン様の体調が良くなってからでいいと女王陛下から仰せつかっております。焦る必要はないのですよ」

「その……他にしたいことが思いつかなくて」


 ダメでしょうか、と再度聞けば慌てて否定する様に安堵する。これでダメだと言われれば、本当に数時間かけて宮殿内を歩き尽くすしかなかった。

 いや、むしろ数時間で足りるだろうか。知識として知りたいところだが、案内されたところで道を覚えられる自信はない。


「そういうことであれば……少々お待ちを」


 告げるや否や、静観していたもう一人が目配せと共に背を向ける。そうして何も無い壁に手を触れ、数秒とせず再びディアンの元へ。


「お待たせ致しました、ご案内致します」

「お、お願いします。……あの、今のは?」


 一人は横へ、一人は後ろに。まだ慣れない配置に戸惑いながら問うのは、先ほどの一連だ。

 去る前に再び目をやったそこには、やはり目立った物はない。強いていうなら壁の装飾ぐらいだろうか。


「この王宮内に聖水が巡回していることはご存知でしょうか」

「はい、それで魔術を保っていると……」


 床を踏む足に与えられた靴は、履き心地こそ素足と変わらないが、晒されている肌の面積は多い。

 ブーツほど頑丈ではないが、サンダルほど無防備でもなく。快適ではあるが、極寒の山頂で履くようなものでもないだろう。

 そんな靴でも、もちろん上下共に薄着でいられるのも、この宮殿が快適な環境に整えられているからこそ。

 それこそ、一歩でも外に出れば容赦なく寒さが襲いかかってくるだろう。実際、昨日の洗礼で一瞬だけ外に出たときも相当であった。

 それを維持するために、そしてこの宮殿自体を守るために、ほとんどの領域で聖水が張り巡らされている。


「一部の壁には伝達石が埋め込まれており、聖水を通じて宮殿の離れた位置に連絡することが可能です。先ほども、書庫の管理者へ伺う旨を伝えておりました。ディアン様の教育を担当する者です」


 既に離れてしまったので確かめることはできないが、関係者にしかわからない印があったのだろう。

 主要な位置にしか付けていない可能性もあるが、それよりも気になるのは後者の言葉。

 王宮に限らず、書庫ともなれば管理する者もいるだろう。

 だが、教育係となれば……今からディアンが向かうということは、予定を狂わせるということにもなる。


「急に伺っても大丈夫でしょうか……?」

「ご安心ください。『選定者』がこの王宮で過ごされている間、全ての優先事項は『選定者』に関わることとなります。歴代の『選定者』も同様に過ごされていましたので、ディアン様が心配することはありません」


 頷く気配は後ろからも。嘘ではないだろうが、それでも気にするなというのはディアンにとっては少々厳しい。

 だが、寄せた眉は視界に入り込んだ光によってすぐに戻ることになる。

 漂うそれは、少なくとも五つ……いや、五人以上はいるだろう。

 一度目につけばそれ以上に。漂い、笑い、気ままに過ごす妖精たちはディアンに近づいたり近づかなかったりと、どこまでも自由だ。

 こうして意識せずとも姿が見えるようになったのは、それこそ昨日の洗礼を終えてからか。あの時はまだ洗礼の影響かと思っていたが、丸一日経った後もこうなら聖水の影響か、それとも『候補者』ではなく『選定者』になったからなのか。

 今後、見える頻度は多くなるのだろう。肩に乗ってきた彼女たちと視線を合わせれば、鈴のような音が鼓膜をくすぐる。やがて、声だってよく聞こえるようになるはずだ。

 そうなると他の人との会話が聞き取りにくくなる可能性もあるが、これも他の事象同様慣れてくるものなのか……。


「あまり構わずとも大丈夫ですよ」


 声に出していたか、それとも顔に表れていたか。疑問に答えられ、見やった顔の近くにも光がちらつく。

 あんなに近くて眩しくないのかと不思議に思うも数秒。彼女には、正しくその姿が映っているのだろう。

 逆に言えば、光が収まればディアンの身体も精霊に近い存在になっているということ。


「聖水の関係で妖精たちの数は多いですが、無視さえしなければこちらに害を与えることはありません。もちろん、どうされるかはディアン様の自由ですが」

「あの……皆さんはあまり気にしていないようですが、それは慣れているからでしょうか……? それとも、意図的に意識しないように?」

「慣れているというより、慣れてしまったという方が正しいですね。雑踏の中にいると考えていただければ分かりやすいかと」


 思い浮かべるのはラミーニアの街だ。手を繋がなければはぐれてしまいそうな人混みの中、他者の言動を気にかける余裕はない。

 無意識に情報を切り捨て、必要なものだけ取り入れている。つまりは、そういうことなのだろう。

 あまりに数が多く、そして頻度が多いと居て当たり前だと認識する。

 そこにいるとはわかるが、だからといっていちいち目を向けたりはしない。

 今はディアンが見慣れず、そして慣れていないから意識してしまうが……いつかは、そうなってしまうのか。

 少し寂しいような、複雑なような。それは、人間という概念から離れるという僅かな畏れも含んでいたのか。


 一つ瞬き、息を吸う。感情の底を浚い……そして、そこに悔いがないのを改めて自覚する。

 そう、これはディアンの決断。ディアン自身が選び取った道。

 人でなくなるよりも、彼の傍にいられないことのほうが耐えがたい。

 あの夜に通じ合ったことを。抱きしめられた温もりを得られたことの方が、何より嬉しい。

 ……と、そこまで思い出して身体に熱が灯る。

 あの時は夢中だったが、抱きしめただけでなく、き……キスまで、してしまった。それも昨日は人前で、皆が見ている前だというのに。

 結婚するのだからそれぐらいは普通だろうが、それでも、どうしてあんな平然としていられたのかディアンにはわからない。

 今はキスどころか、手を繋ぐのも……いや、まともに顔を見られる自信さえもない。

 ロディリアと話があるというのであれから顔を合わせていないが、できればもう少し時間を置きたいところ。

 会いたくはあるが、会いたくないというか。会うにしてももう少し落ち着いてからがいいというか。でもずっと会わないままもそれはそれで嫌だというか、寂しいというか。


「……いかがなさいましたか?」

「だ、大丈夫ですっ!」

「顔が赤いようですが、やはり具合が……」


 黙り込んだディアンを不審に思ったのか、顔を覗き込まれて慌てて否定するも、逆に不安に思わせたらしい。

 首を振り、そこで顔が赤くなっていると自覚しても冷ますことはできず。手まで振って、懸命に否定する。


「ちょ、ちょっと思い出しただけでっ……だから、本当になんでもないです……!」


 思い出して恥ずかしくなったなんて、さすがに彼女たちには言えない。言えないが、その態度で全てを伝えてしまっているようなものだ。

 ディアンが前を向いていたなら、互いに目を合わせて微笑む姿も見えただろうが……その紫は地に落ちたまま上がる様子はなく。

 それならよいのですが、とかけられる声に頷くのがディアンにとって精一杯だった。

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