186.彼女の誤算
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本日から、某所にてBL小説大賞が開催中の関係で、11月の更新頻度を多めにする予定でいます。
なるべく毎日と考えておりますが、更新が止まりそうであればまたツイッター等含めて告知する予定です。
――それは、あまりにも異様な光景だった。
氷漬けにされた兵士の山。そこに巻き込まれた少女の顔が青白いのは、体温の低下のせいか、視線の先で起きている光景のせいか。
床に這いつくばる影は三つ。洗礼者のベールを被った一人は微動もせず、その傍らにいる獣も無事とは呼べぬ有様。
唯一立っているのは、王都で監視されここに居るはずのない少女。この騒動を引き起こした本人だと理解したところで、グラナートになにができただろうか。
彼の視線はそこに。這いつくばる三つ目の影――吐血する己の息子に向けられていたのだから。
「――ペルデ!」
反応したのは名を呼ばれた相手ではなく、全ての犯人だ。駆けよったはずの身体がなにかに阻まれ、障壁を張られたと気付いても為す術はない。
拳で叩きつけても割れるわけがなく、視線の先で地面を赤く染める大切な存在に近づくことすら許されない。
何故、どうして。彼は安全な場所に避難させたはずだ。
共にいたミヒェルダは。どうしてサリアナがここにいる。見張りは一体、なにをしていた!
「ああ……ほらペルデ、あなたのせいでみんな来てしまったわ」
困ったわと、呟く声に深刻さはない。どこまでも軽く、それこそ他人事のように。
その調子に反比例するように、びちゃりと不快な音を立てて赤が落ちる。花弁が広がる様にたまらず名を呼んでも、その腕は届きはしない。
視線は絡まず、吐き出しながら睨み付ける先は冷たい青。それは、後ろから続いてサリアナたちを囲むトゥメラ隊を見ても変わることはない。
こうなることは予想していた。否、むしろそれを望んでいたかのように。
「でも、もう関係ないわね」
「サリアナ・ノースディア! これは重大な協定違反と知っての狼藉か!」
包囲され、逃げ場はない。それでもサリアナは焦る様子もなく、どこまでも淡々と応える。
「だとしたら? 私を捕まえて罰するのかしら」
「貴様っ……! 総員確保せよ!」
「できるものならどうぞ?」
幾人もの騎士が障壁に向かい、魔術を放つ。貫通しても誤って『候補者』を傷つけることのないように。それでも全力で、彼女を捕らえるために。
だが、魔術は全て弾かれ、障壁はより強固になる。武術でも魔術でも選りすぐりばかりの者たちが破れぬほどの障壁。それを、まだ成人を迎えていないはずの少女が操れる事実。
サリアナは愛し子ではない。それはすでに教会にて証明されている。だというのに、なぜ太刀打ちできないのか。
だが、攻撃が通じなくとも逃げる方法はない。根比べなら有利でも、それだけの猶予がさける状況とは言えない。
こうしている間もペルデの顔色は白く、ディアンは動かず。呼吸をしているかすら、定かではない。
一刻も早く助け出さなければ、最悪は……!
「もういいかしら? これ以上無駄にできる時間はないの」
そんな焦りを嗤うように。否、何事もないように足が進む。ヒールの音は吐血し続けるペルデの横を通り、動かぬディアンの元へ。
その途中、立ちはだかる獣が障壁の外側に弾け飛ばされる。
聖獣と呼ばれるほどの存在が、あんなにも軽々と。まるで虫が指先で飛ばされるかのように、あまりにも呆気なく。
それは、かの存在が弱すぎるからではない。それほどの負荷を与えられているのだ。
精霊に連なる存在すら影響のある負荷を、疾患を持った人間相手にかけている。少しでも知識があれば、それがいかに危険な行為か分かっているはずだ。
わかっていないはずがない。もはや手段を選べる段階ではないだけ。
「やっとこの日が来たの。随分と回り道をしてしまったけど、これでやっと夢が叶うのよ」
ディアンの身体が持ち上がり、宙に浮く。重力に従うまま折れる首に息を呑んだのも一瞬だった。
強い光が網膜を焼く。同時に襲いかかった息苦しさに呻き、細めた瞳で捉えたものに目を疑う。
神々しい光を放つそれは、十数分前に見たばかりだ。
ここにあってはならないもの。存在してはならないもの。精霊と、それに準ずる者しか展開できないはずの門。
「それじゃあ皆様!」
ディアンを抱き寄せ、満面の笑みを浮かべる彼女の顔が見えない。見えないまま光が強まる。連れて行かれてしまう。なにもできぬまま、なにひとつ、許されぬまま。
死んでしまう。あんな状態で門を通るなど耐えられるわけがない。ダメだ、それは、そんな、ああ、ああ!
こんな、こんな終わりなど、どうして!
「やめっ――!」
「ご機嫌よう!」
華々しい別れの言葉。その絶望を全てに刻みつけながら光が増す。否、そうなると誰もが疑いもしていなかった。
少女が言い切ると同時に割れる音が響く。それは心の砕けた音ではなく――障壁が打ち破られた音。
理解など追いつかない。追いつくわけもない。そうと気付いた時にはすでに、サリアナは地面に引き摺り倒されていたのだから。
「――え、?」
頭部を掴まれ、強く地に打ち付けられる衝撃。あまりに突然のことで、そうされた本人も、目視していたグラナートさえも反応が遅れる。
崩れ落ちるディアンの下に滑り込んだ白い影があの獣だと認識できるまで。あの男が……『中立者』がそうしたのだと、理解することはできず。
軋むのは地面か、押さえつけられたサリアナの骨か。そのまま殺めてしまう気迫に、向けられているのが己ではないと理解しても足が震える。
これが、『中立者』これが――精霊。
「っ確保! 門の展開先を変えよ、急げ!」
駆け寄ったトゥメラ隊によりディアンが門から離され、『中立者』に代わってサリアナを押さえつける。
幾人の操作によって門の内側の景色が歪み、見知らぬ景色から王宮内へと代わったのまでを目視する。
呆然としていたのはそこまでだ。障壁はなくなり、妨げるものもなくなった。
今この時、グラナートはその任務を忘れていた。否、覚えていたとて、どうして止められただろう。
「ペルデッ……!」
騎士に介抱されている息子の元へ駆け寄り、膝をつく。服が血に濡れようとも構わない。彼の無事を、その姿を確かめたかったからだ。
それなのに、伸ばした手が振り払われる。痛んだのは引っかかれた皮膚ではなく、向けられる視線の鋭さに怯む心臓。
「さ、わるな……っ……!」
「っ……ぺる、で、」
「ちくしょ……ごほっ!」
明らかな拒絶に重ねて名を呼ぶことはできない。咳き込み、血を吐く息子の背を撫でることさえも。
「やむを得ん、彼も連れて行く」
「っ、待て! こんな状態で門を通れば……!」
ディアンほどではなくても影響を受けている。こんなにも吐血しているのに、そのうえ門を通るなど!
これ以上の負担を与えれば、それこそ命の危険が……!
「ここでは治療できない、早く手を打たねば死ぬぞ!」
「だがっ!」
「グラナート!」
引き止めようとする腕を掴まれ、その間にペルデが遠ざかる。視線は合わぬまま、青白い肌が光に照らされ、見えなくなっていく。
「ご子息は必ず助ける、お前は任務を全うせよ……!」
言い聞かせる彼女の後ろ、拘束されたサリアナが門の中に押し込まれるのを見る。それに続いて、抱えられたペルデが消えていく姿も。
脱力したグラナートの返事も聞かず、最後に騎士が飛び込んだところで、門が崩壊する。
……任務、など。
もはや、こうなってまで果たすべき任務など。
「――ディアン!」
放心するグラナートの耳に、その名が聞こえなければそのまま呆けていただろう。
どれだけ絶望しようと、彼もまた教会の人間。女王陛下の忠実なる臣下。
どんな境地に立たされていようと、それを忘れてはならない。
「ディアン、しっかりしろっ……ディアン、ディアンッ!」
『中立者』が抱き上げ、何度名前を呼ぼうと反応しない。薄く開いた目蓋の奥、その紫に染まった瞳に光はなく、零れる息に混ざるのは酸素を吸えていない雑音。
背後で花嫁なのにと騒ぎ、乱暴な扱いに喚く妹の姿など映らない。死にかけている。もはや一刻の猶予も無い。
だが、今この場に聖水はなく、この状態こそ門を通れば死んでしまう。
違う、誰かが。誰か一人でも持っていれば……!
「聖水を!」
「ダメだ、ここまで進んでいれば効き目が……!」
されど、希望は簡単に砕かれる。聖水でも意味がないならば、それこそ打つ手はない。
ここまで来たのに。ようやく助けられたのに。ようやく、ディアンは救われるはずなのに。
こんな終わりなど。こんな最期など……!
「――すまない」
叫びと、喚きと、絶望と。どの音にも掻き消されることのない謝罪が静かに響く。
ディアンを抱き上げ、眉を寄せ。心の底から悔やむ声が。
「すまない、ディアン」
赦すなと。どうか、赦さないでくれと。まるで懇願するように落ちる声が、ディアンの唇に落ちる。
触れ合い、重なり。やがて、その箇所から温かな光がこぼれ落ちる。
直接的な魔力の譲与。その意味を、その行動がなにをもたらすのかを、この場にいる誰もが理解している。理解していても止められない。許してはならない行為なのに、止めることができない。
それは、それしかディアンを助ける方法がないと理解していたのもある。
だが、それだけではない。言葉にはできない。それでも、止められないのだ。
あんなにも辛い顔をした男を。まるで、人のように苦しみ、そう選択した男を止めることなど、どうして。
「――ぁ、」
やがて、影が離れる。瞳に光が戻り、僅かに聞こえた吐息は吹き返した命そのもの。
生気を失っていた肌に赤が戻る。震える指を握り返し、緩む目蓋は、その男にどれだけ信頼を抱いているかを表すもの。
「ディアン」
名を呼ばれ、青年が微笑む。その姿は、その光景は……あまりにも、美しく。
「える、ど」
そうして、グラナートは。確かにそれを捉えたのだ。その耳で、その目で、感じ取れるその全てで。
――ディアンが彼を求めていたという、その事実を。
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