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【書籍化】『精霊の花嫁』の兄は、騎士を諦めて悔いなく生きることにしました【BL・番外編更新中】  作者: 池家乃あひる
第七章 聖国

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181.到着はもう一人

 襲い来る不調に目を閉じるべきだったことを思い出しても既に遅く。直接脳を掻き回されているような目眩に慌てて対処しようと、襲い来る不快感からは逃れられない。

 精神と肉体が無理矢理剥がされるような、どこまでも深い底に沈んでしまうような。そんな形容しがたい感覚が、永遠に続いているような。

 実際は一瞬。それでも、グラナートにとっては十分にも一時間にも感じる。身体の節々が無理矢理ねじ曲げられている錯覚すら抱き、されど首を振ることもできず。

 この耐えがたい、おぞましい感覚に襲われるのは三度目だ。

 一度目は若かりし頃、精霊界へ向かうために。二度目は十数年前、女王陛下からの招集がかかった際に。

 ……そして、三度目の今。本来なら一ヶ月前にディアンと共にくぐるはずだった門。そこから出てきたのは、グラナート一人だけ。

 高い耳鳴りがようやく収まり、不快感に耐えながら目を開く。

 門を通る前とは違う景色。同じ教会でも場所が違えば配置も変わる。国が異なるのならば当然のことだ。

 礼拝堂の中央。本来なら開かれている扉は閉ざしたまま、開放されるはずの時間でも人影はない。

 臨時であろうと開けた門に一般人が影響を受けないため、人払いがされているのだ。

 可能であれば、ノースディアから神殿まで直接通っていきたかったが、距離が長ければ長いほどに影響を受けてしまう。

 通る時間は一瞬でも、負荷は比例する。たとえ三度目であろうと、かつて英雄と呼ばれようと、グラナートは人の域を出ない。

 負荷を減らすためにラミーニアまで馬車で渡り、そこから海を越えるまででもこれだけの不調に襲われている。これ以上など、それこそこの身がどうなったか。

 背後からの圧迫感が薄れ、魔力を感じなくなる。門が閉ざされてからもドクドクと打ち付ける心臓は、未だ本能的な恐怖から解放されていない。

 しかし、落ち着けるために息をする間はなく、震える足は待機していた司祭の元へ。


「お待ちしておりました、グラナート司祭。無事のご到着でなにより」


 この町を担当しているのは、どうやら中老の男性のようだ。

 その姿に前任者の面影を重ねているのは疲れのせいか、それとも長年の任務が終わろうとしている故の回忌か。


「……『中立者』様は」

「続報は届いておりません。陛下からはなんと?」

「先に神殿へ向かうよう仰せつかっています。ここからは馬車で」


 そんな幻を振り払うために問うた内容に、想定通りの答え。まだ向かっている途中か、それとも……ここに立ち寄らず、先を急いだか。

 答えはでず、逆に問われて端的に伝えた内容だけでも理解はされたようだ。

 控えていたシスターが馬車の手配に向かうのを見て、勧められるまま椅子へ座る。

 途端、込み上げる倦怠感に息を吐いても開放されることはなく。察した司祭がそばを離れても、なにも楽になることはない。

 馬車で向かっている間は気を逸らすことができたが、落ち着く時間を与えられた途端に様々なことが頭に巡る。

 ディアンがヴァンの元から逃げ、保護をし損ねた後悔。今まで無関心を貫いていた『中立者』への憤り。ヴァンがディアンにしていた仕打ちに対する嫌悪。

 そして、この一連の黒幕について、まだなにも判明していない困惑。

 学園に送られた封書。ディアンへの指名手配。ラミーニアの封鎖未遂。

 どれも王家が関わらなければ到底適わぬはずなのに、ノースディア王……ダヴィードに不穏な動きはなかった。

 それは定期的に伝えられる報告からも判明している。そして、同じく監視を付けているラインハルトとサリアナも同様に。

 万が一を考えてメリアも見張っているが、なにか行動を起こす可能性は低いだろう。その点に関しては、教会も同意見。

 しかし、最も怪しむべき存在に疑わしい行動は見当たらない。

 聖国でも精鋭と呼ばれる者たちが必ず複数人ついている。一人なら誤魔化せたとしても、その全てを欺くことは不可能だ。

 だが、実際にディアンが誘拐されようとした翌朝には封鎖の指示書が届き、それには彼の詳細が綴られていた。指名手配の件も合わせれば同一人物としか考えられない。

 ディアンに尋常ではない執着心を抱く人物。そんなのは一人しかいないというのに、その本人になにも怪しむべき点がない。

 状況証拠だけでは、いくら教会であったとしても裁くことはできず。それなのに、決定打となるものがなに一つ見つからない。

 今は監視しているトゥメラ隊が問いただしているだろうが、それでも証拠は出ないだろう。

 あるいは、本当にサリアナではないのか。仮に彼女であったとして、監視の目を掻い潜りここまで事を起こせたのか。

 未遂に終わったとは言え、アンティルダの協力がなければ誘拐という手段も取れなかっただろう。

 非公式とはいえ婚約者、対価さえ払えば協力したかもしれないが……そもそも、どうやってその打診をしたのか。

 なにもかもが謎に包まれている。彼女しかあり得ないのに。彼女でなければ、それこそ他に誰がするというのか。

 しかし、いくら魔術に優れていても……それこそ、月と魔術の精霊であるフェガリから加護を賜っていようと、サリアナは人間だ。仮に愛し子であったとしても、その存在が人の域を出ることは適わない。

 なぜ、どうやって。繰り返された疑問と仮説に答えはなく、思考を打ち切っても胸の内は晴れない。

 一ヶ月。たった三十日。その間に事態はなにも善処せず、悪化の一途を辿ってばかり。

 ……いや、ペルデの安全を確保できたことだけが、グラナートの心を落ち着かせている。


 ディアンを保護できる隙があれば、成人を待たず彼を聖国に同行する。それが、グラナートが女王陛下から賜った任務だ。

 そのためにディアンの行動を見守る必要があり、あの国に留まる必要があった。

 本来なら入る必要の無い学園にペルデを入学させたのも、監視以外の目を増やすという思惑があったことは否定しない。

 だが、それはあくまでも学友として。英雄の子という共通点だけのこと。

 命じられた任務にペルデを介入させるつもりはなく、誰よりグラナート自身がそうしたくなかった。

 この任務――否、贖罪にペルデは関係ない。関係ないまま巻き込んでしまっている。

 もしグラナートがあのまま聖国に向かっていたなら、ペルデの身は危険に晒されていただろう。

 実際、サリアナはなにかしらの手段でペルデに接触し、魔術をかけた可能性がある。

 これまでの行為が全てサリアナの影響でないとは言いきれないが、グラナートが去った後に彼一人を置いていくことはできず。

 全てではなくとも説明し、今までのことを……なにより前日に責めてしまったことを謝罪し、そうして彼にどうするか聞くつもりだった。

 共に聖国へ向かうか、それとも隣国にほど近い辺境に避難するか。

 どちらにせよ、ペルデをあの場所に残すつもりはなかったのだ。……なんの説明もできぬまま、送り出すつもりもなかったが。

 あんな別れの後だ、渡した手紙も読まれていないだろう。いや、読んだところで納得されるわけがない。

 任務のためなど、体のいい言い訳。全ては己の過ちを正当化させたいための方便だ。

 己が苦しみから解放されたいためにペルデを蔑ろにした。そう言われたとしても、なにも反論できない。

 恨んでいるだろう。いや、いっそ恨んでくれたほうがいい。そう考える時点で、やはり保身にしか走っていないと、己の浅ましさを笑う力すらない。


 ……あと少しだったのだ。

 あの時保護できていれば。『中立者』が関与しなければ。この長年の後悔を全て終わらせることができた。

 ディアンが長年苦しむことになった切っ掛けは『中立者』のせい。されど、それを悪化させたのはグラナートだ。

 当時、助祭であった彼にできたことは確かに少なく、命令に背ける立場ではなかった。

 それでも、あの時に決断していれば、ディアンはあんなにも苦しむ必要はなかった。ペルデにあんな思いをさせることだってなかった。

 元凶は『中立者』であるのは変わらない。されど、己の迷いが。己の未熟さが、事態を悪化させてしまったのだ。

 この十数年、グラナートの人生はその任務にのみ捧げられた。それが彼のできる全てだったからだ。

 ディアンが聖国に保護され、真実を明かされるまで。その日まで彼を守り、保護することだけが、グラナートにできる唯一。

 本当なら一ヶ月前に終わっていたこと。『中立者』のせいで長引き、悪化したとはいえ、もうその日はそこに。

 そうすれば、ディアンにも、ペルデにも全てを謝ることができる。もはやペルデとの関係が修復できなくとも、許されないとしても。やっと、グラナートはそれを許されるのだ。

 あと少し。もう、あと数日の内に。待ち望んでいた日は、そこに。

 ここから神殿までは馬車で数日。その間にディアンたちも到着し、先に門にて神殿へ向かうだろう。

 休めるのは今だけ。しかし、どうしても気を落ち着けることはできず、もう一度吐いたはずの息が扉の音に消える。

 これほどまでに静かなら、いくら広い空間といえど聴こえるのは不思議ではない。問題は、その扉が開いたこと自体に対して。

 部外者が入らないよう鍵をかけていたはずだ。開けられるのは教会関係者、オリハルコンで作られた身分証を持つ者だけ。

 この教会に勤めていないのなら、考えられるのは……一人だけ。

 振り向き、確かめたグラナートの瞳が見開かれる。

 賜った加護と同じ、炎を宿す瞳で捉えた薄紫に。そこにいる、男の姿に。

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