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【書籍化】『精霊の花嫁』の兄は、騎士を諦めて悔いなく生きることにしました【BL・番外編更新中】  作者: 池家乃あひる
第五章 一ヶ月後

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163.別れはまだ先 ★

「本当に娶らないつもりですか」


 その声が聞こえたのは、いつものように突然のことだった。

 ディアンの眠るベッドの横。その姿を眺める主人が顔を向けないことも、同じく。

 あれからしばらく抱き合っていた二人がどちらともなく離れ、夜明けが遠いことを言い訳に眠りにつかせてからどれだけ経ったか。

 赤くなっていた目蓋も今は落ち着き、あるのは穏やかな寝顔だけ。

 いつだって彼らが明確に言葉を交わすのは、ディアンが眠りに落ちてからだ。

 それは互いの正体を知られないようにというのが前提であったが、もはやここまで来ると習慣とも言える。

 ゼニスの正体だけではない。エルドに対しても、この聡明な子どもは目星をつけているだろう。

 きっと目の前で話しても動揺は少なく。むしろ、精霊と同じ存在であるなら言葉だって交わせて当然と納得するかもしれない。

 音にはならない言葉で日中も会話はしていたのだ。それが耳に捕らえられる形になっただけだと。

 それでも、まだディアンの前で言葉を発さないのは……まだその時ではないと、ゼニス自身も理解しているからこそ。

 もしも聖国に向かうのが遅れ、再び日を跨いだとしても、ディアンの前で声を発することはないだろう。

 そう、これはあくまでも彼らの問題。これまで共に旅をしてきたからといって、それをどうにかする権利はゼニスにはないのだ。

 これまでもそうだったように、これからも。そして、最後まで。彼は二人を……エルドの選択を見届けるだけ。


「ただの愛し子に、ここまでする精霊はいませんよ」


 ……が、口を出さないとは言っていない。

 実際、愛し子への対応としては度が過ぎている。いくら人に扮しているとはいえ、共に過ごし、助言を行い、有事の時には手を貸し。さらには魔力の譲与まで。

 まだ人間界と別れる前ならそこらかしこで見られた光景だ。故に過ちを犯し、最後には世界を分かつことになった。

 今はもう愛し子に接する機会はなく、間接的にでも関われるのは洗礼と宣言の時だけ。

 それだって、洗礼は人生のうちに二度。宣言も、ただの口約束となった今ではあってないようなもの。

 だからこそ、その限られた回数で精霊たちは加護を与えるのだ。その先の生を謳歌できるように、苦なく生きていけるように。

 その力が人の身に余っていたとしても気付かぬまま。それで苦しむ者がいることも知らぬまま。

 だからこそ、エルドは。ずっと人を見守ってきた彼は理解しているはずだ。その力が人にどう影響を及ぼすのか。だからこそ、距離を取らなければならないことも。

 理解していて、それでも離れられないというのであれば……それこそ、本当に愛し子ではないかと。

 特別な加護を授かる者と協会が定義したものでもなく、人と精霊の間に生まれたという名称でもなく。愛しいと思っている者としてではないかと。

 人と精霊が番うことに対して彼がどう考えているか、それこそずっとそばにいたゼニスだからこそ分かっている。

 分かったうえで、忠実なる従者は言うのだ。本当に……本当に、これでいいのかと。


「あのローブはどうなった」


 薄紫は青に向けられない。ただ淡々と、声を落とすだけだ。

 禁忌と呼んだあの異物を。ディアンを助ける際に、辛うじて引きちぎった、あの忌々しい物が、今どうなったのかと。


「明日になれば、もう聖国に着いてしまいます。もう今しか、」

「ゼニス」


 それでも食い下がろうとする男の名を、僅かに強まった声が呼ぶ。その視線はベッドの上、彼の愛おしい者に向けられたまま。

 一瞬たりとも目を離したくないと、そう訴えるように。


「あのローブは、どうなった」

「……まだ続報は届いていません。ですが、真偽を確かめるために、アケディアの元に送られるかと」


 溜め息は聞こえない。それは、互いに想定している通りだ。

 アケディア。前回、人間を伴侶として迎えた……一応は、功績者だ。

 ディアンは怠惰の精霊と称し、エルドもそれを否定することはなかった。

 実際に、今の人間たちにはそれ以外の情報が伝わっていないのだ。本来の役目を覚えているのは、それこそ同じ存在だけ。

 彼女もまた、忘れられた精霊と言える。普段眠っているのは面倒くさがっていることもそうだが、そもそも信仰が失われたせいで力を失っているのもある。

 そこに至る切っ掛けがあったことは、それこそ関係者しか覚えていない。

 常に眠り続け、起きたとしても怠慢で、言葉を発することすら少なく。……だが、決して無力ではない。

 今回手に入れたローブの切れ端。その素材に気付いたとき、エルドでさえ怒りを抑えられなかったのだ。

 もし、考えている通りの素材で作られているなら……直接関係のある彼女が知れば、いくら教会でも抑えることはできないだろう。

 いいや、それこそオルフェン王でさえも止めることはできないし、その裁きを止めるべきではない。

 あの異物はその境界を越えてしまった。決して、この世界に存在していいものではない。


「問題は、アケディアが無差別に人を裁かないかですが……」

「さすがに女王も対策するはずだが……そうなる前に、犯人を突き止めないとな」

「……アンティルダの技術と思いますか」


 まだ他国……それも、魔法大国と呼ばれている近隣国であれば理解できる。

 規模こそ小さいが技術は随一。魔術師を目指す者ならば、誰もが憧れると謳われるほどの場所。

 国を挙げて研究しているあの国なら、探求の果てに禁忌に触れてもおかしくはない。

 だが、アンティルダに関しては特殊だ。遙か昔に定められた協定により、教会は一切関与できないし、彼らもまた他国への干渉を行っていない。

 海に閉ざされ、貿易以外での行き来はほとんどなく。国民が他国に行くことだってない。否、許されていないというべきか。

 本来は平等に与えられるべき加護も、得ているのは一部の貴族と王族のみ。

 そんな特殊な環境がまかり通るかの国……そして、あの王であれば、できないとは断言できない。


「だとしても、間違いなく他国の干渉がある。それこそ大国か……この国か。技術だけあっても、アレ(・・)が手に入らなければ作ることもできないだろ」


 もはや名称を呼ぶことさえ忌々しい。

 禁忌と称したその素材。否、素材などと呼びたくはないアレ(・・)を集める数を仮定すれば、到底あの国だけでは足りない。

 間違いなく提供者がいる。提供できるということは、視認できるということだ。そして、その存在を確認できるのは……それこそ、数が絞られる。


「関与しすぎるのも、関与しないのも、どちらも問題だな」

「……少なくとも、あなたのこれは度が過ぎています」


 呟いたそれに自嘲を感じ取っても、出た言葉は慰めではない。

 関与しなかったことで、ここまでの協定違反が隠されていたことに気付けなかったのも事実。だが、関与しすぎることで……ディアンの人生を狂わせていることも、事実。

 人間と精霊。完全に関係を断ち切ることはできず、されど親密になることもできない。


「……そうだな」


 もはや、改めて聞く必要もないことは、ディアンの髪を撫でる手つきで示される。

 分かっていても止められないのだと。今までの自分の信念を揺るがすほどに、離れがたい存在なのだと。

 それでも認められないのは……それがディアンの幸せだと、信じているからこそ。


「後悔しますよ」


 エルドの司る力を理解し、その上で断言するなど。知っている者からすれば愚か者と罵られても当然の発言。

 だが、別れを悲しみ、己が憎まれるように仕向け。

 それでも憎まれず、突き放しきることもできず。結局こうなってしまった男が、この先にあるだろう未来を悔やまず生きていくなど想像できない。

 何十、何百。いつかこの記憶が薄れても、その面影を探すほどには……深く、深く。その心に、ディアンの存在は刻み込まれている。

 その痛みを知るのは、それこそ全てが終わってから。なにも取り返しが付かなくなってからだろう。


「……俺ができるのは、こいつの選択を見届け、受け入れることだ。その答えに、他者の思念が入ってはならない」


 それでもと、エルドは主張する。選ぶのはディアンであり、そこに己の意思は関係ないと。関係してはいけないと。

 その選択は。そして、その答えは……ディアン自身の思いで、導かれなければならないのだと。


「番うだけが、答えではないだろう」


 だが、それも間違いではないのだと、呟いた言葉は音にならず。あとに聞こえたのは安らかな寝息と……夜が、開けていく音だった。

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