161.精霊門と憶測
「……その、門についてそもそもよく知らないのですが……短時間に何度も展開できるものなんでしょうか」
「これは俺の憶測だが、門を作るにも閉じるにも膨大な魔力が必要となるし、人間の許容量を考えても数人程度じゃ到底賄いきれない。可能だとすれば、なにかに魔力を蓄積しておいて、それを媒体にってところだな。で、それだけの物を何個も用意しておけるとは考えにくい」
「魔力を溜めておいて、後から術を付与するのなら可能では……?」
どれほどの力が必要か、それこそディアンには未知数だ。数十、数百……いや、本来は精霊のために用意されたものと考えれば数では表せられないかもしれない。
それだけの魔力を一日で用意するのは困難でも、ストックとして事前に用意しておけば、頻繁には使えずとも実用には至れるはず。
「まず前提として、それだけの魔力を溜めておける媒体というのが自然物に存在しない。加工したって魔術無しではたかが知れている。単純に魔力を溜め込むだけに特化させたとしても、適切に扱わないととんでもないことになるな」
「とんでもない……?」
「簡単に言うと、エヴァドマに置かれていた交信石よりひどいことになる」
蘇るのは、屋根が吹っ飛ぶほどの大爆発だ。複雑な魔術をいくつも組み合わせて作られたものが、衝動によって……というのが理由だったはず。
あれよりも大きい規模の爆発となると、我が事ではないのに血の気が引く。しかも、このニュアンスだと一つでもそうなるらしい。
「小さいのをいくつも組み合わせるにしても、大きいのに纏めて込めるにしても、それぞれにリスクがある。で、魔力を溜めるのに特化させたところで、それ単体で使えないからまた違う装置やら魔術やらと組み合わせて……って考えりゃ、どれだけ小さく纏めたところで威力が減るわけじゃない」
あの状況を考えて、少なくとも懐に入る程度の大きさではあったはずだ。だが、そんな危険物を何個も持ち歩けるとは考えられないし、人数分持たせるには希少な物のはず。
展開された時は気付かなかったが、おそらくあの男はリーダー格だったのだろう。
ダガンが暴れているのを見て制圧できないと判断し、自分だけでも任務を遂行させようとして……そして、結果は一人で逃げ帰ったというところ。
「まぁ、奴らの国にストックがあると考えても、手の内がバレてすぐには来ないという判断だ。あれも常用しているのではなく、緊急事態に備えての物だったはずだしな」
「だとしても、生身で門を通ったならあの男だって……」
「そこはあのローブが絡んでくるが……ともかく、門を介して不意打ちって線はないから安心しろ。ちなみに、あの窓にも障壁を張ってるから心配するな」
言われてから注意深く見れば、確かにそれらしい壁が張られているような気がする。風だけを通すなんて地味に高等技術だが、エルドなら容易なことなのだろう。
エルドが助けに来た時とは、また門の仕組みが違うのかと。それを聞くことはできず、迷いを誤魔化すように息を吐く。
自分の身に関してはもう心配していない。それよりも、気になるのは他の安否。
「ララーシュと、他の子どもたちは?」
「トゥメラ隊に任せてあるが、今は親御さんと一緒だ。他の子どもたちも身元が分かり次第、家に送り届ける手はずになっている。孤児ならそのまま本国で保護という形だな」
もう彼女は家で休んでいることだろう。彼女の加護のことについて聞きたいことがあったが、彼らの再会を邪魔してまで明かしたいことではない。
子どもたちも概ね予想通り。彼らに関しては、もうなんの心配もいらないだろう。
「ついでに、ダガンも他の犯罪奴隷も然るべき場所へと送られた。もう会うことはないな」
「……あの輸送船は乗っ取られていたのですか? それとも……」
「それに関しては調査中だが、違反事項が一つ増えたのは間違いないな」
濁されたが、実質それは答えだ。どこまで上位の者が関わっていたかはともかく、罪には変わらない。
今回だけか、今までもそうであったかは、これからの調査で分かるのだろう。
なぜアンディルダが愛し子ばかりを誘拐しようとしていたのか。単に価値が高かったからなのか、それとも他に思惑があったのか。
それをディアンが知ることはなくとも……少なくとも、ディアン自身が狙われた理由は、また違うもののはずだ。
確信に近くとも、憶測の域は出ない。それも『候補者』ではなく、ディアン・エヴァンズとして狙われたなど。
『候補者』としてなら、エルドにも可能性として説明できる。だが……こんなこと、とても言えるわけがない。
うっかり口にすれば、己惚れていると呆れられるだろう。それほど突拍子もないことだ。
アンティルダ側の立場として考えても、ここまでして攫う理由になるとは思えない。
それがたとえ、ノースディアの……あの人からの、要請だったとしても。
「ほら、そろそろお喋りはおしまいだ。まだ疲れてるだろ」
宥めるように頭を撫でられ、手に感じる温かさが増す。トロリと心地良いだるさが巡ってきて、吐いた息は自然と深いものに。
このまま身を委ねてしまいたい優しさに抗うのは、まだ言わなければならないことがあるから。
微睡みも邪念も振り払う。ああ、そうだ。今はこんな妄想なんかどうでもいい。
彼に伝えなければならない。まだ、彼が『エルド』である今。まだ、隣に並べられる今しか、伝えられないことを。
「……ああ、喉が渇いたか? ちょっと待ってろ、すぐ、」
「エルド」
いつまでも眠ろうとせず抗うのは、不快さを感じているからかと。そう立ち上がろうとしたエルドを引き留めたのは、繋いだままの手。
逸れた瞳が再び合わさる。その光に少しでも近づきたいと、起き上がる身体はやはり重く、怠く。
背中に添えられる温度が温かい。寝かしつけるのではなく、支えるための腕も。近づいた彼の瞳も。優しさの奥に、不安で僅かに揺れるその薄紫だって。全部。
「――ごめんなさい」
誤魔化されないように、誤魔化さないように。繋ぐ手を、強く、強く握り返す。
実際にはほとんど力が入らず、僅かな圧力だったとしても。振り払われることのないように、離れることが、ないように。
「あなたとの約束を、破ってしまった」
旅の作法を学ぶこと。自分の安全を守ること。……彼から、離れないこと。
わかっていたのに、なんてやはり言い訳だ。むしろ分かっていてやったのだから余計に質が悪い。
そうするのが最善だと思っていても、そうしなければならない衝動にかられたのだとしても、それが彼を傷つけていい理由にはならなかったのに。
『候補者』としても、彼の同行者としても、してはならないことばかり。
でも、一番は彼を……エルドを、不安にさせてしまった。そうだと気付かなかったことが、なにより、
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