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【書籍化】『精霊の花嫁』の兄は、騎士を諦めて悔いなく生きることにしました【BL・番外編更新中】  作者: 池家乃あひる
第五章 一ヶ月後

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139.エルドの選択 ★

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「……なぜあのようなことを」


 足音が遠ざかり、その背すら見えなくなり。ようやく、その声は男の鼓膜へと届いた。

 唸るような低い声。淡々と告げるそれに、言葉通りの疑問はない。

 あるのは、ただ悪戯に青年を傷付けたことへの非難だ。

 どれだけ目を凝らそうと走り去る姿が映ることはないのに、ゼニスがみやった男は木々の間を見つめたまま微動しない。

 その表情に後悔の一つで浮かんでいれば窘められた。やりすぎたと、その顔に反省が滲んでいたなら、いつものように苦言だけですんだ。

 だが、その表情は変わらない。ディアンに告げ、見つめ、そうして突きつけたときのまま。薄紫は濁らず、憎々しいまでに澄んだまま。


「聖国に着けばあいつの父親は裁かれる。未練は少ない方がいいだろう」

「なぜ自覚させたのかと問うているのです」


 理屈ではない。そうするに至った、その理由を聞いているのだ。

 自覚がなくとも、ディアンが家族に未練を残しているのは察していた。

 妹に関しては長年疑問に思っていたこともあっただろう。だが、ヴァンに対してはそうではない。

 それはあまりに根深く、強く。無意識にヴァンを肯定するほどに。

 英雄なのだから正しいのだと。自分の努力が報われなかったのは当然なのだと。

 ヴァンに対する不信が募る度に否定し、今まで抱いていた印象が間違っていないと思い込もうとした。

 間違っていると認めれば、十数年与えられた痛みに耐えきれないと。あの聡明な子どもは理解していたから。

 だからこそ、無意識に隠していたのだ。決して露見しないように。自分が壊れないように。

 どれだけ肯定しても拭えぬ違和感を摺り合わせながら、ゆっくりと。いつか、全てを受け止めきれるまで。

 時間はかかる。だが、それこそが彼の傷を癒やす唯一だとゼニスは理解していた。そして、それは目の前にいる男も同じであると、そう信じていた。

 ……否、それこそが誤りだったのかもしれない。


「王国もろともヴァンが裁かれた後にあいつが自覚すれば、感情の行き先がなくなるだろ。あのままじゃまた庇いかねなかったし、そうすりゃ逆に苦しんだ可能性だってある」


 あくまでもディアンのためだと言うつもりなのか。

 もし自覚しないまま全てが終わって、その後どうなるかは分からない。苦しんだかもしれないし、受け入れたかもしれない。


「今、彼を苦しめているのはあなたではないのですか」


 ……だが、今こうして突きつける必要などなかったはずだ。

 こんな逃げ場もないところで。距離を置くこともできない場所で。離れたくとも着いていくしかない状況で。

 なにも覚悟ができていない青年に、あんなにも、容赦なく。

 これが断罪の前日であればまだ飲み込めた。今しかないのだと、そう納得できるほどに迫っていたのなら……だが、聖国に辿り着くにはまだ海を越えなければならない。

 決して近いとはいえず、着いても全てを明らかにし、片をつけるのは数日では到底足りない。

 それこそ、彼らの処罰はディアンの選択次第で大きく変わる。彼がそうだと理解しようと、しなかろうと、その決断を迫るために自覚させるのならば。

 ああ、そうだ。必要なかったのだ。少なくとも、そう告げるのは今ではなかったはずなのに。


「そうだな」


 だというのに、男は眉一つ動かすことない。いつものように誤魔化すことも、非難することもない。


「それでも、未練は少ない方がいいだろ」


 肯定し、受け入れ。それでも自分は間違っていないと、主張する瞳は忌々しいほどに強い。

 開き直ったならばまだ責めようがあった。あなたのせいだとなじり、なにを考えているのかと噛み付き、感情のままに怒鳴ることだって。

 それが許されるほどには、ゼニスはこの男と過ごしてきた。最初は監視という命で付き添うことを強要され、互いにそれに納得していなかったが……それが緩和されるほどに、長い長い年月を共に過ごしてきたのだ。

 だからこそ、その言葉の意味を悟る。その矛先が本当はなにに対してであったのか。

 それに気づかないふりができないほどには……長く、長く。


「……娶るのですか」


 返事はない。それこそが、なによりの肯定だった。

 白い足が前に進む。唸り声こそなくとも、毛を逆立たせた姿を見ればどれだけの怒りを抱いているかは明らか。

 断ち切らせたいのは父親ではない。この世界そのものへの未練だと、エルドはそう言っているのだ。

 伴侶に迎え入れれば、もう人間としての生は送れなくなる。本人がどれだけ望んでも、後悔しても、それはもう叶わないのだ。

 だからこそ、精霊に魅入られたものは聖国に保護される。教育という名目は間違っていない。

 だが、少しでもその悲しみを和らげるために、苦しむことがないように。その後悔で自我を壊さないように。絶望させないために。

 迎え入れた人間が全てそうなったとは言わない。だが、その全てが……そもそも、望んで嫁いできたのでもない。

 何百年と繰り返してきた。それを名誉と呼ぶ者もいる。悪しき習慣と呼ぶ者もいる。

 精霊の御許にいけると歓喜する者も、生贄だと嘆いた者だって。

 今はもう強制ではなく、その選択権も与えられている。それでも……外界から離すその理由は、身の安全を守るためだけではないのだ。

 ゼニスよりも昔から、ずっとずっと前から、エルドはそれを見てきた。

 嘆き、悲しみ、怒り、苦しみ。精神がやられ命を絶った者も。命すら絶てずに、物言わぬ存在になり果てた者だって。エルドは、この男はずっと、ずっと。

 娶らないならば自覚させる必要はない。未練を摘み取る必要だってない。

 確かに、日頃どうするのかと問い続けたのはゼニスの方だ。そして、ここまできて娶らないなんて言わないだろうことも想定していた通り。

 だからといって、こんな暴挙が許されていいはずがない。


「ならばなおのこと、もっとやりようが――」

「娶らない」

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