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【書籍化】『精霊の花嫁』の兄は、騎士を諦めて悔いなく生きることにしました【BL・番外編更新中】  作者: 池家乃あひる
第五章 一ヶ月後

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138.突きつけられるもの

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ここから大事なシーンになるので、140話までは毎日投稿します。


 一度瞬き、再び開いた世界は光に包まれていた。

 水面も、空中も。ディアンの周囲だけを照らすそれは月明かりでは説明できず。そもそも、動き続ける光源たちに考えるまでもなく。

 朝に見かけた少女……否、妖精たちの姿を捉え、眉を寄せる。


「っ……ついてくるなって言っただろ」


 川繋がりだが、門が近いと言われた場所からは離れているはずだ。もう見えるはずがない。いるはずのない存在。

 それなのにここにいるのは、それこそエルドが差し向けたのかと、口調も自然と荒くなる。

 問われた彼女たちは首を傾げ、互いに目を合わせる。……そういえば、彼女たちは命令を聞かないと言っていたっけ。

 全ては気まぐれで、だから手伝わせることはできないと。

 それでも、ここにいるのはただの偶然のようには思えず。しかし追い払うこともできず、視認しないように膝に顔を埋める。

 相手にしなければいずれ去って行く。挨拶とは言えないが、存在は視認したのだ。

 エルドやゼニスでなくとも、今は誰の相手もしたくない。それがたとえ言葉の通じない相手だとしても、まだ一人で落ち着きたかった。

 落ち着いて、諦めて。そうして、彼に謝るのだと……。


「――イタイノ?(痛いの?)

「……え、」


 シャラリ、音が響く。否、それは音ではなく声だった。

 可憐で、愛らしい。まるで少女のような……。


ダイジョウブ?(大丈夫?)


 埋めたばかりの顔を戻しても声は止まない。ディアンを覗き込む彼女たちの唇に合わせて音が刻まれる。


「しゃ……べった……?」

ヘンナノ、(変なの、)ズット(ずっと)シャベッテイタワ(喋っていたわ)

ソウヨ、(そうよ、)シャベッテイタワ(喋っていたわ)

イタイ?(痛い?)


 状況からして彼女たちしかいないのに、思わず呟いたそれに一層騒ぎ立てる。

 クスクスと笑い、変だ変だと言い合う横で、眉を寄せた何人かがディアンの涙を拭ってくる。

 小さな手では掬い取るのも一苦労。涙の跡をスカートで拭かれそうになって、服の袖に擦りつける。


「い、たくは、ないけど……」

ジャア、カナシイ?(じゃあ悲しい?) ソレトモ、ツライ?(それとも辛い?)


 続けて問われ、なぜ言葉が分かるのかなんて疑問が追いやられていく。

 痛くはない。痛くはない、けど。


「……わからない」


 悲しいし、辛い。でも、それがなんに対しての感情かがわからない。

 エルドのことがわからないことか、父に抱いていた希望が最初からなかったことか、それをあの人の手で明らかにされたことなのか。

 自分は、本当はなにを恐れていたのか。なにが一番辛いのか。それが、わからない。

 本当に嫌だと思うものも、その理由も。自分のことなのにわからない。……わからない。


アノヒトガ、(あの人が)キライニナッタ?(嫌いになった?)


 首を振る。わからないことだらけでも、それは違うと断言できる。

 嫌いになってない。……なれるわけが、ない。

 あの人がいなければ今の自分はいない。あの人がいたからこそ、自分はこうしてここにいる。

 なにを言われても。もし、今までの言葉が本当は嘘だったとしても……あの人を嫌うことはできない。


「ちがう……違う、けど」

クルシイノネ(苦しいのね)


 断言され、否定できず。首は縦に動く。

 苦しい。……苦しい。

 胸の奥が締め付けられて、痛くて、息がしにくくて。わからないことがわからなくて、どうやっても知ることができなくて。


「……あのひとが、わからないんだ」


 あの人を知りたいのに、わかればきっと楽になれるのに。そうならないとわかっているからこそ、苦しくて、苦しくて。


ナカナイデ、イトシゴ(泣かないで、愛し子)


 溢れる涙をすくわれ、頭を撫でられ、囁かれ。だが、首を振ったのは不快だからではない。


「違う、僕は……」


 愛し子ではないと、続けたかった言葉が喉の奥で潰れる。

 ……今まで、エルドからははぐらかされるばかりだった。

 聖国につけばわかると。教会で調べる以外の方法はそれしかないと。

 エルドが明かしてくれない以上、それは嘘ではなかったのだろう。妖精と話せるようになるなんて、そんなの……エルドもディアンも、想定していなかったこと。

 彼女たちはたしかにディアンをそう呼んだ。愛し子と。特別な加護を賜った者であると。


「っ……じゃあ、加護が……!?」

アナタハ(あなたは)アイサレテイル(愛されている)」「ハジメテノイトシゴ(初めての愛し子)」「トクベツナコ(特別な子)」「ミンナ(みんな)ウワサシテイタ!(噂していた!)

「ま、まって、同時に喋られるとわからない……!」


 確かめたいのに、次々と話しかけられては判別もできない。

 もし本当に愛し子なら。ディアンに加護を授けた精霊がいるなら、知りたい。その名前を。一体誰なのかを。どうして一度目は与えてくれなかったのかを!


「誰が――」

アナタモ、(あなたも、)アノヒトヲ、(あの人を)アイシテイルデショウ(愛しているでしょう?)


 はたり、瞬く。会話の流れが掴めない。あの人……なんて、彼女たちが指すのは一人しかいないのに。

 アイシテイル。あいして、いる。……誰が、誰を?


ダカラクルシイ(だから苦しい)」「ダカラカナシイ(だから悲しい)」「デモウレシイ(でも嬉しい)

ダカラコソ、(だからこそ)トメラレナイ(止められない)


 考えている間も、妖精たちは好きなように囁く。ディアンの意思など関係なく。そうであると喜び、はしゃぎ、笑い、飛び回る。

 眩しさに翻弄され、思考がまとまらない。愛している。愛している、なんて。


「ち……違う、そんなんじゃ……だって、僕は……」

オトコダカラ?(男だから?)

「そうじゃなくて、僕は……!」


 性別ではない。でも、これは愛ではないのだ。愛ではない、はずなのだ。


アコガレ?(憧れ?)」「シュウチャク?(執着?)」「シット?(嫉妬?)

「ちょっと黙って……!」


 シャラシャラと響き続ける音のせいでわからなくなってくる。憧れはある、でも嫉妬じゃない。執着でもない。この感情に名前をつけることなんてできない。

 

「違う、僕はっ……なんとも思ってない! ただ、助けてもらったから、だからっ……信頼、しているだけで……!」


 刷り込みと同じだ。助けてくれたから、教えてくれたから。他に頼れる人がいなくて、故に懐くのは当然だ。

 勘違いしてはいけない。そうだと思い込んでしまっては、いけない。


アイ()していないのに、どうしてクル()しいの?」

「それ、は、」


 聞き取りにくかったはずの言葉が、鮮明になっていることにも気づかない。その間にも彼女たちはディアンに問いかけ、答えを引き摺り出そうとする。


アイ()していないのに、どうしてカナ()しいの?」「アイ()していないのに、どうしてアキラ()められないの?」「アイ()していないのに、どうしてウレ()しくオモ()うの?」「アイ()していないのに、どうして?」


 変な子。変な子だわ。クスクス。シャラリ、シャラリ。

 捏造された物語のように、森で迷った者を奥地に惑わすように悪質でもあり、助けを求める者へ差しだす救いでもあり。

 されど助言というには足らず、悪戯と呼ぶにはあまりに残酷なもの。

 

「っ……違う、違うんだ。これは……」


 否定を。否定しなければ。だって、これはいけないことだ。

 男同士だからではない。だって、違うのだ。違うはずなのだ。

 優しくされたから。助けてくれたから。だから、そう勘違いしているだけ。愛していない。愛してなんか、いない!


『ディアン』


 自分を撫でてくれる手の温かさを、柔らかな薄紫を、自分を呼ぶあの優しい声を。

 思い出すだけで鼓動が早まる。身体中が熱くて、でも悲しくて、息が苦しい。

 違う、違う。違う。自分は、エルドに父の面影を重ねていただけだ。

 父に認められないから、だから、エルドを代用にしようと。そう思っていなくても、無意識にそうしていたんだ。

 だから愛していない。これは恋慕ではない。違う、違わなければならない。

 離れるのが悲しいのは、恩師として慕っているからだ。初めて自分を、本当に認めてくれた人だったから、だから……だから!


「わかっていてもトめられない」

「カナしくても、ツラくても、クルしくてもアキらめられない」

「だって、アイ()はそういうものでしょう?」

「――違う!」


 振り払えば短い悲鳴があがる。立ち上がり、見下ろし、睨み付け。再び滲む視界を、拭う手はなく。


「違う、違うっ……違う……!」


 繰り返すごとに強くなる。そうではないと、その否定こそが違うのだと。

 でも認めてはいけない。愛しているなんて認めてはいけない。

 認めては、いけない、のに、


「あ……いして、なんか……っ……」


 口にするのがこんなにも苦しい。言い聞かせなければ。違うのだと、思わなければ。

 だって、ディアンは知っている。わかっている。認めてしまえばもっと苦しいのだと。ずっとずっと、苦しいままなのだと。

 この旅が終わればもう二度と会えないのに。自分は……ただの、護衛対象でしかない、のに。

 決して――エルドが自分を好きになることは、ないのに。

 同じでは、ない、のに。


「う……ぁ……」


 溢れる。溢れてしまう。止められない。否定できない。

 ……好きだ。好きなのだ。好きに、なってしまったのだ。

 信頼しているだけでは説明できないことぐらい、わかっていたのに。わかって、いたのに。


イッショ(一緒)だわ」

イッショ(一緒)ね」


 笑いながら、囁きながら、鈴の音が遠ざかっていく。光が消え、戻ってきたはずの静寂は形もなく。打ち付ける鼓動は、皮膚を突き破らんばかりに強く、強く。

 上から押さえつけても、爪を立てても止まらない。苦しい。……苦しい。

 知りたくなかった。こんなにも辛いなんて、こんなにも、苦しいなんて。


「あ……あぁ……!」


 俯き、目を押さえ。それでも、止まらない。

 好きだ。好きだ。

 そう認めたくなかったほどに、ディアンはエルドを――愛して、しまったのだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 私の読解力がないせいかディアンがエルドに惚れてるのがなんだか唐突だなって感じました 今までそれっぽい描写もなかったですし
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