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【書籍化】『精霊の花嫁』の兄は、騎士を諦めて悔いなく生きることにしました【BL・番外編更新中】  作者: 池家乃あひる
第五章 一ヶ月後

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133.3人目

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「……わかったわかった。そう唸るな」


 観念したと声をあげ、吐き出した息は重々しい。だが、知識欲が勝る今、その姿を見ても申し訳なさは抱かず。ゼニスの視線はまだ厳しいまま。

 降参しても向けられ続ける視線に頭を掻き、溜め息はもう一つ。


「あーそうだな……ひとまず、一番有名な精霊は誰か言うまでもないよな?」

「オルフェン王のことですか?」

「で、その子ども……正確には違うが、そう呼ばれている精霊は?」


 どう説明していくか図りかねているのか。あまりにも当たり前すぎることから聞かれ、困惑しないかと言われれば嘘にはなる。

 だが、自分の認識が違っていたことは今までもあったこと。こんな大前提が覆されることはないだろうが、確認と思えばしかたない。


「炎の精霊デヴァスと、愛の精霊フィアナ……ですよね」


 彼らは、オルフェン王が最初に作った分身と言われている。厳密に言えば自分から作り出したのだから、子どもとは呼べない。

 だが、各々の意思がある以上同一でもなく……わかりやすい概念として、そう自分たちが呼んでいるだけのこと。


「精霊王オルフェンは最初に火をつくり、それを慈しむ心を授けた。そうして形作られ、世界が創造された……ですよね?」

「あー……そうか、そうだったな」


 他の国ではともかく、精霊記の基礎なら学園の初等科の範囲だ。

 精霊王がどのようにして世界を創造し、大精霊が生まれ、そうして今に至るのか。絵本でも語られているし、古代語を翻訳してより詳しく解釈されたものだってある。

 さすがに間違えていないはず。と思っていたが、エルドの表情はあまりいいとは言えない。


「間違えてますか……?」

「いや、今はそれが一般的だし、そう考えれば間違っちゃいない。だが……」


 否定はされるも歯切れは悪く、次が紡がれなければディアンも催促はできない。

 もはや溜め息は数えきれぬほど。だが、今までと違うのは……その薄紫が険しく、強い光になったこと。


「……精霊王オルフェンが創造した分身は、本当は三体だと言われている」

「えっ」


 思わず声が漏れる。いや、説としてなかったわけではない。それこそ三人と言わず五人や十人……大精霊全員がそうだという説だって。

 教会はそう言っているが実は、なんて盛り上がるのは噂話も一部の学者も変わらないところ。

 しかし、エルドはハッキリと今までの前提を打ち砕いたのだ。

 一人増えただけと言えば身も蓋もない。だが、精霊王に匹敵するだけの分身がもう一人となれば、取り乱すのも仕方のないこと。

 そして……それだけ重大な事実を教会が公表していないということは、秘めておかなければならないということでもある。


「そ、れは……」

「あぁ、別に箝口令が敷かれているわけじゃない。単に資料が少なすぎて、教会でも資料がほとんど残ってないから公表できないだけだ」


 公表しても、根拠となるものがなければ納得もされない。だから、今の情報を訂正することもできない。

 下手に伝えればより拗れてしまうから、このまま黙認している……ということだろう。


「そいつは、精霊王から言わせれば一番の功績者らしい。で、デヴァスはネロと婚姻を結び、フィアナは好き放題して区切りがついた。決まってないのは、そいつだけ」

「で、でも……評価されたのは、随分前ではないのですか? そうでなくとも、前回とか……」


 デヴァスやフィアナに並ぶ精霊ならば、相応の力を持っているのだろう。そして、精霊王からも功績者と認められている。

 そんな精霊が、今まで伴侶の打診をされていなかったとは考えにくい。それこそ、前回の候補にも挙がっていたはずだ。


「前回のは特別だが、あの仕組みが作られてからずっと最初はその三人目に打診しているらしい。で、その度にそいつは断って、だったら俺が私がって他の精霊が名乗りをあげるってのが通例だな」

「毎回?」

「……毎回だ」


 一度断ってもなお伴侶を与えようとしている。それだけ、精霊界にも人間界にも貢献したのだろう。

 問題は、それだけの精霊の資料が教会にもほとんどないという事実と、そんな相手がメリアの相手である可能性。


「その、仕組みについてはよくわからないのですが……過去に断った精霊というのは、毎回聞かれるものなのでしょうか」

「そもそも断る精霊が少ないが、毎回聞かれてるのはそいつだけだ。精霊王も意地になってるんだろ」


 それだけじゃないだろうがと、呟くそれは低く。だが、妹の伴侶について考えるディアンにその機敏までは感じ取れず。


「……では、今回も?」

「通例ならな。そいつが断り、一悶着し、改めて次の功績者を選定して……ってなると、途端に数が増えて見当もつかん」


 可能性ならどの精霊にも。結局選定に際しての基準は精霊王の中にしかない。前例が参考にならなければ、その時にならなければわからないとエルドの眉は寄せられたまま。


「まぁ、そもそも有名な精霊は既に契りを交わしているのがほとんどだからな。それこそ、精霊名簿士でもなけりゃ知らない精霊しか残ってないんじゃないか?」


 ディアンも数年間学んできたとはいえ、それでも知らない精霊の数はまだまだ多い。

 もしかしたらもう知っているかもしれないし、存在すら認知していない精霊なのかもしれない。

 教会、それこそ聖国でなければ資料が残っていない相手なら、ディアンが知らなくてもしかたない。

 ……ならば、妹が知らないのは当然のこと。


「……妹は、誰が相手であろうとわからないと思います」

「そうだろうな。まぁ、その三人目だろうと他の奴であろうと、お前の妹の好みには合わないだろ」

「なぜ?」


 メリアの好みをエルドに話した記憶はない。というよりも、ディアン自身が彼女の好みを聞いたことがない。

 精霊の王子に嫁ぐ、という偏った間違いを指摘したことは何度もあるが……彼女の中の理想像は、思い返しても記憶になく。


「大精霊なんかは見目麗しい姿が多いが、全員が全員そうってわけじゃない。中には動物の姿だったり、そもそも生き物の姿じゃなかったり……少なくとも、小説に出てくる王子様って風貌は一握りだな」


 妹が読んでいた小説の詳細までは知らなくとも、あらすじはわかっている。典型的な恋愛小説。庶民と王族が出会い、恋に落ち、幸せになるという話だ。

 階級や力関係などは関係なく、愛が全てに打ち勝つという……まさしく、物語だからこそ許される話。

 エルドが読んだことがあるかはともかく、そういった話の王子様は大抵似通った姿だ。金髪碧眼。そう、それこそラインハルトのような……周囲の期待に応える、優秀な男。


「大抵は威厳を示すように厳つい姿をしていることが多いからな。女なら一部を除けば美女が多いが……男で人型だとだいたいおっさんだな」

「……それは、えっと」

「全員がそういうわけじゃないが、単に好きで俺みたいな姿になってる奴もいるってことだ。……な? お前の妹の好みじゃないだろ」


 おっさん、と一括りにしても揺れ幅はあると補足を入れるエルドは、己の失言に気付いているのだろうか。

 追求はできず、明らかにすることを恐れ。同意は声を出さぬまま動作だけで示す。


「お前も気になってるだろうが……聖国についたら、その辺りについても何かしら分かるだろう」


 これ以上は説明できないと区切りを入れられ、それでも終わる気にならないのは答えられる謎が残っているからだ。


「……その三人目の名前は?」


 候補はたくさんいるし、それが誰かもまだわかっていない。だが、それは存在すると言われる三人目が拒否した場合だ。

 今回も拒否したかどうかは、それこそ教会の……それこそ幹部でもなければ知り得ないことだ。エルドも相応の地位は持っているが、『中立者』として知っていい情報かは定かではない。

 もし、妹の相手がその三人目であるなら、洗礼の際に名を明かされなかったことも説明がつくかもしれない。そう、たとえば……名乗らなかったのではなく、名乗れなかったのだとか。

 全ては憶測だ。だが、全くない可能性でもない。

 もしもそんな偉大な方が相手であれば、尚のこと今のメリアが嫁ぐのは問題しかない。

 なぜ把握している教会が放置しているのかはわからずとも、ディアンがそれを知ったところでどうにかなるわけではなくとも……長年追い続けてきた答えが得られるのに、必要性は関係ない。

 名前を知ったところでなにを司っているか、ディアンではわからないだろう。

 それでも、なにか一つでも得るものがあるならと、紫は強くエルドを見据え。またエルドもそれを見つめ返す。


「名前は、」


 薄紫は揺らがず、瞬き。ドクドクと高鳴る鼓動で掻き消されぬよう耳を澄ませて、


「――読めなかった」

「……え?」


 思わぬ否定に声を漏らしてしまった。


「言ったろ、資料が少なすぎるって。石版も破損してるわ言伝も信憑性が怪しいわ、文献に至っては虫食いがひどすぎて解読できたのだって今伝えたのがほとんど。名前どころかなにを司ってるやら、そもそも本当に存在しているかも怪しいってわけだ」


 やれやれと肩をすくめ、息を吐き、本当に教えられることはないのだと態度で示され。それでもねだれるほどディアンも強欲にはなれず。

 この調子では追求したって教えてはくれないのだろうと、膨らんでいた期待は早々に萎んでいく。


「その資料って、一般人には……」

「もちろん非公開だな」

「……はぁ」


 最後の希望も砕かれ、溜め息を隠す気にもなれず。そもそも、本当にその精霊が妹の相手かもわからないと気持ちを切り替える。


「残ってるのも創世記時代のもんだからな。しかも穴抜けもあるし、読んだところで解読できるかは別だ」


 言いながら綴られていく魔法文字を目で追いかけても解読できず、空気に溶けていくの惜しむ気にもなれない。

 古代文字もエルドにも教えてもらっているが、創世記ともなれば癖も強いし実用性がないと省略されている。旅を始まる前に比べて知識は増えても、それでもわからないことは多い。


「……まぁ、聖国に着けば、誰かが翻訳した内容をうっかり口にするかもしれないけどな」


 あからさまに落ち込むディアンをどう思ったか、苦笑するエルドにつられてディアンの唇も歪む。


「それ、怒られませんか?」

「さぁな。実際に見せるわけでもなし、うっかり口にしたならしかたないだろ」


 肩をすくめ、視線を逸らし、前を向く。今度こそ区切りを示され、食い下がる理由もなくディアンも倣って前を向く。

 考えたところで今はしかたない。聖国に着けばディアンの抱えている疑問の大半は明かされるだろう。

 妹を加護し、迎えようとする精霊の正体も。なぜ、妹の状況を知りながらも放置しているのかも。王国が反しているという協定のことも、それを証明するためになぜディアンが必要なのかも。

 ……それから、エルドの正体も。

 全ての答えは聖国にある。もはや旅の目的はディアンの個人的な物から離れてしまった。

 もしかしたら、精霊名簿士はもう望めないかもしれない。聖国について、その後の自分がどうなるかだってわからない。

 ハッキリしているのは、全ての謎が明かされること。そして……その時こそが、彼との別れなのだと。

 胸底に滲む、重い感情を振り払うように足を進める。考えないように。考えないことを、考えないように。

 ただ、踏み外すことがないように、進むべき道にだけ意識を集中させる。それが今のディアンにできる唯一だからだ。

 ……故に、その隣でエルドがどんな目でディアンを見つめていたのか。彼が気付かなかったのは、仕方のないことだった。

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