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【書籍化】『精霊の花嫁』の兄は、騎士を諦めて悔いなく生きることにしました【BL・番外編更新中】  作者: 池家乃あひる
第五章 一ヶ月後

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132.前回の功績者

ブクマ登録、評価、誤字報告、いいね いつもありがとうございます!


「そういえば、精霊繋がりで聞きたいことがあるんですが……」

「なんだ?」


 あからさまな話題転換。エルドならそれも分かっていただろうが、出たのは追求ではなく促す言葉。

 そして、切り出し方こそ不自然だが、気になっていたことには変わらない。


「前に精霊の婚姻について聞きましたが、基本的に一夫一婦ということでいいんでしょうか」

「一夫……あぁ、複数婚が認められていた時代もあったが、色々あって今は基本的にそうだな」


 色々、というのは精霊同士のいざこざだろう。精霊史から抜粋するだけでも、その辺りの逸話はいくつも浮かぶ。

 特に多いのはやはり愛のフィアナについて。あまりにも婚姻を結びすぎるので、彼女は人間も精霊も関係なく婚姻が禁じられたとかどうとか。

 フィアナの兄でもあり、大精霊の一人でもあるデヴァスは逆に良い夫婦としての話が残っているが……そういった違いもまた、精霊史の面白いところとも言える。

 当時を見てきただろうエルドにとっては、他人事ではないのだろうが。


「他の精霊と契っているのに、人間の伴侶を迎える……ということはあったんでしょうか」

「あー……」


 間延びした声は、ディアンの真意に気付いたからだ。というより、エヴァドマの町を降りたあの夜にほとんど説明はしている。

 妹の伴侶がわからないことも、その相手の手がかりが見つからないか探し続けていたことも。

 契ったと明言されていない精霊ばかり探していたが、もしそうでないのなら探す範囲はもっと広がってしまうだろう。

 もうあの家に戻らず、メリアとも会わないディアンにその必要はないが……これは妹のためではなく、自分の知識欲を満たす方が大きい。

 これまでの方向性は合っていたのか。それとも、見当違いだったのか。それを突き止めたところで、慰みにもなりはしないが……。


「すでに伴侶を迎えていたならそいつらは対象外だ。言ったと思うが、気に入った人間を伴侶にしたい精霊なんて数えてたらキリがない。数百年に一度、もっとも功績を挙げた者が精霊王の許しを得て、そこでやっと選定できるってわけだ」


「評価基準は、その周期ごとで変わるんですか?」

「いや、適当だな」


 この返事では眉が寄るのも当然のこと。周期に対してか、評価自体がそうなのか。報償として扱われているにしては、些か雑すぎる。


「実際、前に人間と結ばれたアケディアはそれまで候補にすら挙がっていなかったし、あいつがしたことは確かに功績と言えば功績だが、どっちかっていうと面倒くさいことすら面倒くさくなって、しかたなく行動した結果最善だったってだけだしな……」


 若干遠い目をしているのは、それこそ当時を思い出しているからだろう。心なしかゼニスの表情も疲れている。

 まだ妖精に絡まれていないのであれば、彼も同じく当時を思い出しているのだろう。


「アケディア、というと……怠惰でしたよね」


 正確に言えば、怠惰というのは正しくない。しかし、本来宿しているはずの力がなにかの記述がどこにも残されていないのだ。

 逸話は全て、眠っているか面倒くさがっているかの二択。それだけの情報でも残っているのが不思議なほどに、アケディアは忘れられかけている。

 精霊名簿士の範囲でないことからも、加護を授かった人間はほとんどいないと推測される。理由はもちろん、面倒くさいからだ。

 人間が嫌いなわけでも、他の生物の方が好きだからでもなく。本当に、面倒くさいから加護もかけたくないなんて。精霊の中でも異例といえる。

 それが、前回伴侶を迎えているのはグラナートからの授業でも聞いた話だが、そこに功績の話が絡むと違和感しかない。


「なにか強い魔物を制したとかですか? 二十年前のような大繁殖がおきるのを、その力で防いだとか……?」

「だったらあいつも苦労しなかったんだろうが……」

「あいつ?」

「あー、いや。理由な。理由……あー……」


 今度はエルドがはぐらかし、しかし次に続く言葉はない。機密事項……にしては、歯切れが悪すぎる。

 悩んでいるのではなく、話したくないという感情の方が勝っているのか。

 いつまでも悩むエルドに対するゼニスの声は催促なのか制止なのかわからず、凝視すること十数秒。


「かのアケディアは、己の持つ強大な力によって長きに亘る争いに終止符を打った、ってことで……」

「がう!」

「嘘は言ってないだろ嘘は!」


 嘘は言っていないが、ゼニスの判定は不可らしい。情報は正確に。出し惜しみをするなと、視線はもう一つ分増える。

 紫と蒼に見据えられ、頭を掻く仕草もこの数週間で比較的見かけるようになった光景だ。

 そうして結局は誤魔化しきれず、折れてしまうのも同じく。


「わかったわかった! ……盾と槍の精霊の言い争いがヒートアップして他の精霊まで巻き込んじまったのを、うるさいししつこいしで無視することすら面倒になっちまったあいつが全員無理矢理眠らせたんだよ」

「……うわぁ」


 さて、どこから突っ込めばいいのか。それは確かにあんな顔にもなるだろう。

 盾と槍の精霊が喧嘩し続けているのは有名だ。

 初めは仲が良かったらしいが、人間たちにどちらが強いのか、なんて典型的な質問をされ、互いが自分であると譲らなかった結果犬猿の仲にまで発展したとかしていないとか。

 俺の盾はなんでも防げると主張すれば、俺のはなんだって貫ける! と。

 ちなみに実戦した結果、やり直す度に結果が変わるので今に至るまで決着はついていないというのが、今の通説となっている。

 そもそも武具の精霊はなにかと喧嘩っ早い……というか、互いに研磨するのが好きというか。

 相性もあるし、好まない精霊ももちろんいるだろうが、切っ掛けさえあればしょっちゅうじゃれ合って――いや、武具を交えているらしい。


「あいつらの喧嘩に他の武具連中が参戦したのまではいつもの通りだったんだが、そこにどういうわけかブラキオラスも参戦し、武具派と肉体派へと派生。そのうえ、戦いと聞いてシュラハトが乗り込まないわけがなく……俺の耳に届く頃には、そりゃあもう凄まじかったらしいぞ」


 正直どうにも想像できない。というより、したくない。

 ガラ、と音を立てるのはディアンの内にある精霊像だ。幻覚で、神聖で、厳か。今の話にそんな欠片は一切ない。

 なんというか……言い方のせいもあるんだろうが、ここまで語られると生々しい。

 特にシュラハトは、ヴァンに加護を授けた精霊……戦を司った名だ。

 制止ではなく、喜々として戦いに自ら参加する姿しか思い浮かべられないのは、シュラハト自身が争いごとを大いに好んでいるからだ。それも、自分が参加するものは特に。 


「……さっき長きに渡るって言ってましたが、収束までどれほどかかったんですか」

「各々の伴侶が声を荒げても止まらず、精霊王までも制止をかけたが聞く耳ももたず。いっそ気が済むまでさせるか、って放置し続けてもまっっったく落ち着く様子もなく。とうとう眠れないと、あのアケディアがキレるぐらいには長くかかったな」


 今の説明ではまっっったくわからない。わからないが……この分では、一ヶ月二ヶ月の話ではなさそうだ。

 長すぎて誰も覚えていないのだろう。

 怠惰の精霊という不名誉な名前がつけられるほど、なにもしないはずのアケディアが動いたともなると……それこそ、途方もない時間だったと例える他ないらしい。


「よく眠らせられましたね……?」

「別にあいつも弱いわけじゃなくて、本当に面倒だから動いていないだけだったからな……他の連中もアケディアにやられるとは思わなかったらしく、見事全滅させたのと、本気で奴らに参っていた精霊王の気持ちが合わさっての報酬ってわけだ」


 吐き出された溜め息のなんと深いことだろう。ようするに、身内の喧嘩を止めたご褒美というわけだ。

 いや、そう言うと夢がなくなってしまう。考え方を変えれば、魔物の大群よりも厄介……面倒……いや、強靱な者たちを鎮めたのだ。評価されるに値するだろう。


「とにかく、その状況によって色々と変わる。といっても、前回が色々と異常すぎただけで、普段は正当に評価されて授かることが多い。あくまでも一例として考えておいてくれ。でないとあいつに怒られる」


 だからそのあいつとは誰なのか。もはや突っ込む気もおきず、僅かに痛む頭を押さえる。

 ……もしかすると、精霊とは自分が思っているよりも、あまり厳格な存在ではないのかもしれない。

 言われてみれば、精霊に関する各々の逸話も大概なところがあった。

 大袈裟に言っているものだと深く考えていなかったが、そう大きく外れていないのかもしれない。


「と、とにかく……基本的に今は一夫一婦で、普段は一番の功績者が花嫁を選定する権利を得られるということでいいんですよね?」

「あー……そう、だな」


 返事はやや鈍い。だが、過去の方向性が間違っていないことはこれでハッキリとした。

 結局自分では見つけられなかったが、それだけでも分かれば十分だ。

 ……ならば、あとはその候補を絞るだけ。


「今回の功績者……エルドは、誰だと思いますか?」

「……あー、うん。そうだな……」


 いくらエルドが精霊界に近い存在とはいえ、知らなくても仕方のないことだ。そして、それが見当外れであっても同じく。

 だから、その質問はディアンにとっては気軽なもの。こんなにも眉を寄せ、頭を掻き、悩ませるつもりは毛頭なく。


「功績者っていっても、なにで評価されるかってあたりも……」


 つらつらと並べられる言葉が、ゼニスの一声で掻き消される。それだけではなく、ぐるると唸りはじめたものだから、本当は見当が付いていることも察してしまった。

 そうなれば、ディアンがゼニスを咎める理由はない。本当に黙っていなければならないなら、この賢い獣が口を出すことはないと、ディアンは既に知っているからだ。

 ……そして、エルドが二人がかりの凝視に弱いということも、同じく。

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