121.後悔は未だ
ブクマ登録、評価、誤字報告、いいね いつもありがとうございます!
――エヴァドマの件から一週間。ディアンがあの屋敷から逃げ出してからだと、二週間が経過した。
調査の進展は芳しくない。
国側も調べてはいるが収穫はなく、ヴァンへの取り調べも同様に。
ディアンの死亡を伝えた翌日にあんな指名書を手配したぐらいだ。何者かが手を引いているのは明らか。
それも最重要案件ともなれば、国王とギルド長の署名が必要。すぐさま回収した書類にも二人の直筆があったのは確認が取れている。
問題は、その書類に署名していないと証言したことだ。
本来、発令にはいくつかの手順を踏む必要がある。その過程で複数人の目にさらされ、偽りがないことを厳重に確認した上で、ようやく国王たちの元に届くのだ。
今回は正規の手続きを踏んでいないとはいえ、二日という短期間で成せることではない。
それも、両者とも教会の監視の目があったはずだ。この間、ギルドの職員はおろか臣下も限られたものだけしか接触を許されていない。
ヴァンに至っては誰とも会っていないし会わせていない。だが、見た記憶があると言ったのも唯一ヴァンのみ。
最後にサリアナと接触した際に隠し渡されたが破いて捨てた。そうヴァンは証言したが、それらしい破片はなく、信憑性は欠ける。
だが、筆記用具もなければ、書類を取りに来た者もいない。そもそも監視がいたのならすぐに回収したはずだ。
代筆とは思えぬ精巧さ。しかし、全くあり得ないと言いきれないのも事実。
とはいえ、国王の署名はそうはいかない。真似できるとすれば、相当長い期間その名を見てきたか、あるいは……魔術にて模範したか。
教会も馬鹿ではない。あらゆる手を尽くして調べたが痕跡は見つからず、ならば本当に国王のサインなのか、相当に似せられたのか。
ラインハルトは教会に対して不満を抱いているが、表だって反抗するほど愚かではない。
最も可能性が高いのはサリアナだ。書類を渡したのも、用意したのも彼女。しかし、同じように彼女も自室にて、誰よりも厳重に見張られていた。
『疑わしくは罰せよ』されど、それだけでは罪とは呼べず。結局真相は明らかにならぬまま、時間ばかりが過ぎていった。
不十分な証拠、不完全な状況。それでも踏み切ると判断したのは、最も守るべき存在を聖国に迎えられる確信があったからだ。
ディアンを蔑み、嗤い、そうであれと強要し。最後には命まで奪おうとしたにも関わらず、なおも彼を引き戻そうとしている。
それだけの執着を目の当たりにし、そして実際に被害は発生している。
エヴドマに関しては完全に想定外だが……いずれは王国側から仕掛けてくるのは想定していた通り。
本来なら強いるべきではない旅を、それでも続けさせる理由はないと。ようやくディアンを安全な場所に連れて行けると。そう思っていたからこそ。
それは女王陛下も同じく、だからこそ強引に事を進めた。逃げられぬ程度には揃え、しかし黙らせるには些か弱い。
その欠点を補えるのがディアンだった。
もちろん、彼の安全を確保するというのが前提の上で。彼が今まで受けてきた仕打ちの贖罪として、教会はそうしなければならなかった。
そこに思惑がなかったかといえば嘘にはなるが……それでも、彼を守りたかったことは変わりない。
ようやく報われるのだと。ようやく、全ての疑問が晴らされるのだと。ようやく彼に謝ることができるのだと、そう信じていた。
……それなのに、どうして。
暖炉に火を灯すほどではなくとも、肌寒さと覚える程度に冷たい空気の中、込み上げた溜め息が壁の中にとけていく。
机の上に散らばる書類を整える気になれず、ソファーに沈む身体は重々しい。まるで手足が鉛に化したような錯覚は、この連日の疲れもあるのだろう。
だが、一番の理由は言うまでもなく。痛む頭を押さえても、原因がどうにかならなければ意味が無い。
報告では、ディアンは順調に旅を続けている。この調子でいけば、月を跨ぐ前に港へ辿り着くだろう。
本音を言えば船にだって乗せたくはないが、あの調子では避けられそうにない。迎えられるのはこちらに着いてからとしても、それを待つ時間はあまりにも長く感じる。
全てではなくとも、エヴドマで事情は話されたはずだ。『候補者』であることも、『中立者』が何であるかも。そして、自分が聖国に行かねばならぬことも。
報告だけでは、ディアンがどう思ったかを理解することはできない。だが、もし彼だけなら……彼だけならば、間違いなくそこで来てくれたはずだ。
聖国にとって重要であり、自分の存在が求められている。そう理解してまで自分の欲を優先できる子ではない。
物分かりの良さを利用していることはいわれずとも。それでも……それでも、あのまま旅を続けるよりは良かったはずだ。
己の隣に居る男の正体も、それが全ての元凶と知らされぬまま。そして、最後まで自分の口で明かされることはないのだろう。
今のディアンに頼れるのはあの男だけだ。自然と信頼し、期待を寄せ、そして……またあの子は悲しむ事になる。
そうなると分かって、それでもディアンに黙したグラナート。そうだと分かっていて、旅を強行している『中立者』。
どちらもディアンにとっては毒であり、その残酷さは変わらない。だが、より質が悪いのは……欲を優先させている、あの男の方だ。
そもそも、彼がディアンを選んでいればこうはならなかった。
今の今まで傍観し、ようやく全てが報われるというところで……なぜ!
どこまであの子を翻弄すれば気が済む。いつまであの子は苦しまなければならない!
許されるのであれば今すぐにでも追いかけ、その面を張り倒したい。全ての真実をぶちまけ、あるべき形に引き戻したい。これ以上ディアンが傷付く前に、これ以上、彼が苦しむその前に。
……だが、そうできないことは誰よりもグラナート自身が理解している。
命令に背くことは、女王陛下に対しての不敬だ。かつて過ちを犯した彼がここにいられるのは、彼女の慈悲があってのこと。
己の無力さゆえに傷付けてしまったあの子に、全てを話す時が来るまで。その日まで彼を見守り続けることが、女王からグラナートに下された勅命。
ディアンが聖国に迎えられたその日こそ、グラナートはようやく、ディアンに謝ることが許される。
全てを知りながら助けられなかったことを。彼があんな目に遭わなければならなかった要因に、グラナート自身が関与していたことも。
それを……グラナートから伝えることも含めて、全て。ようやく、伝えられるはずだった。
もっとも悔いなければならない存在が。あの御方が、彼を連れて行かなければ。
「グラナート司祭」
閲覧ありがとうございます。
少しでも面白いと思っていただけたら、評価欄クリックしてくださると大変励みになります。





