109.夕食はまだ
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「聞きたいことは、それで終わりか?」
最後の確認だと念を押されるのはディアンの意思を確かめたいからだろう。まだ納得がいっていないのか、それとも理解したのか。
満足かと聞かれれば、素直に首を縦に振るのは難しい。明かされていないことも、知りたいことも、まだ両手に余るほど。
「……よし」
だが、今はこれでいい。これで十分だと頷けば、呟かれた声はこの会話が終わることへの喜びか。
上手く凌ぎきった、なんて方向でないことを祈りたいが……その真意だってディアンにはわかるわけもなく。
「なら、次はこっちの番だな」
「……えっ?」
しばらく煮える鍋を見ながら休もうと、力を抜いたところで思わずそんな声が漏れたのは仕方のないこと。
これで話は終わり。そう思っていたのに、目の前にいる男はそうではないようで。
「なんだお前。俺に聞くだけ聞いといて、自分は答えないつもりだったのか?」
「い、いえ、そういうわけじゃ……」
それは不公平だろうと、半目で睨む瞳に怯む。本当にそんなつもりではなく、単に予想していなかったのだ。
今の流れは話を終えた時のものと思っていたのに、まだ続くなんて。
「てっきり、聖国についてからだと……」
「おいおい、鍋が煮えるまでのお話だろ? そんな大層なもんじゃねえよ」
やれやれ全く。なんて声に出さずとも態度が全てを語っている。蓋を開け、確かめた中は先ほどより煮えているようだが、まだらしい。
掻き混ぜられる度に揺れる肉。すぐにでも食べられそうだが、ここで摘むほど飢えてはいないし子どもでもない。
「と言っても、わざわざ聞くことじゃないから黙ってるつもりだったが……どうやら自覚してないようだからな」
「……自覚?」
カン、と鳴らされたレードルから跳ねた滴が、煮え立つ水面に混ざって消える。
再び蓋が閉められれば、視線は赤から薄紫に。そうして吐かれた息は、目が合ったと視認してからのもの。
「お前の妹。今年で何歳だ?」
「え?」
「だから、お前の妹。何歳だ?」
聞こえなかったかと繰り返されても、頭を埋めるのは疑問符ばかりだ。
年齢も覚えているし、言葉の意味も理解している。ただ、なぜそう問われたかだけがわからない。
「それこそ、僕よりあなたの方が……」
『精霊の花嫁』についてなら、兄であるディアン以上に彼らは知っているはずだ。
二度目の洗礼を受けるその日に彼女は嫁ぐのだから、年齢どころか生年月日まで知って当然のはず。わざわざディアンに聞く意味はない。
「お、は、な、し」
「いえ、でも……他にも話題はあるかと……」
「……お前、まさか妹の年齢もわからないのか?」
「っ十六です! 今年で十六!」
さすがに薄情すぎないかと疑う動作は演技だと気付けたはずなのに、咄嗟に答えてしまえばもう話を逸らすことはできない。
本当に話題の選び方が下手すぎないかと見つめた顔はニヤけも呆れもなく、静かに目を細めるのみ。
「十六。……十六、な」
「……それが、なにか」
実は女性の場合はその年から成人だなんて言いださないだろうなと、身構えるディアンに対してエルドの態度は変わらない。
「一応確認だが、お前が出て行く日まで一緒に住んでいたんだな?」
「そうですが……?」
やはり質問の意図がわからず、今度は問われるまま素直に口にする。いや、ただのお話に意味はないだろう。答えても答えなくても、暇つぶし以外の理由はない。
そのはずだったのに、今日一番の溜め息にそうではないと気付かされる。なんなら、昼間に聞いたものより、もっと深くて重々しい。
「……自覚以前の問題か」
「……なん、ですか?」
額を押さえ、首を振り。それからもう一度息を吐いて……再び、絡む視線は半分伏せられたまま。
「ディアン」
「は、はい」
「お前、ほんと馬鹿じゃないのに、なんでこういうのに限って馬鹿なんだ」
「…………は!?」
頭に入るのに一秒。理解するのにもう一秒。それから、感情がわき上がるのに計三秒。
今までも何かしらで呆れられた記憶はあるし、その度にそれとなく言われてきたことはあるが、ここまで正面から言われるなど!
素直に伝えた結果がこれだというのなら理不尽にも程がある。罵声にしてはやや幼稚ではあるが、それでもこの流れで言われたいものではない。
「ば、ばかって……」
「頭もいいし回転も速い。機転も利くうえに自分の実力も分かってる。かといって無謀なことはしないし、経験不足を補うための知力も備わっている。努力も惜しまず、疾患がなければ剣の腕だって並以上はあったはずだ。障壁だってあれだけ張れてたら支障は……」
「褒めたいのか貶したいのか、どっちかにしてください」
罵声よりも褒める言葉の方が多く、バランスが取れていないのに困惑するばかり。
続く言葉だけなら、とても馬鹿にしているようには思えない。だが、本当に心の底からそう思っているのも嘘ではないだろう。
故にそんな文句が出てもエルドの目つきは変わらぬまま。
「褒めてやりたい以上に、なんでお前が気付かなかったかがわからん。……とはいえ、仕方のないところもあったか」
目頭を揉み、しばしの沈黙。本当に彼がなにを言いたいのかを図りきれず、催促の言葉も出ない。
やがて長く息が吐かれ……再び、目が合う。
「なぜ、お前の妹はこの国にいる」
「……え、っと」
「言葉通りの意味だ。なぜ、お前と一緒に暮らしていた」
言い換えられたって言葉自体は理解できている。そのうえで、その意味がわからない。
なぜと言われたって。そんなの……本当に、聞くまでもない話のはず。
「質問の意味が……よく……」
催促は視線だけで促される。誤魔化すつもりもないし、嘘を吐くつもりだってない。
ただ、本当に。わざわざ答えるようなことではないだけで。
「まだ妹は成人していませんし、出る理由だって、」
「――なぜ『精霊の花嫁』が、今も一般人と共に暮らしている」
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