表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

夕立の風鈴

作者: 幕田卓馬

『なろうラジオ大賞7』参加作品!

キーワードは『風鈴』です。

『風鈴の音はなぜ響くのか』


 子供の無垢な問いに、じいちゃんは笑う。


『それはきっと、自由だから』


 縁側にやわらかい風が吹いた。


 風鈴は自由気ままに踊り出す。



   *   *   *



 プロジェクトリーダーを任された。

 

 しかしそれは、遅すぎる選出だろう。

 同期は既に成果を収め、順調に先へと進んでいる。中には管理職の椅子に座る者もいる中、俺の歩みは周回遅れもいいとこだ。


 これはきっと、最後のチャンス。

 失敗は絶対に許されない。


 上司は俺を叱咤激励した。マンパワー頼りの時代遅れの成功体験を、俺の背中に叩きつけてくる。


 メンバーは俺に不満を漏らした。定まらない方針と、遅々として進まないスケジュールへの苛立ちを、俺の顔面に吐きかける。


 俺は疲れていた。身体の隅から隅まで、重くどろどろの粘液が注ぎ込まれているようだった。

 それらはシナプスや筋繊維にまとわりつき、俺の自由を根こそぎ奪っていく。


 そんな中でも、顔の真ん中に空いたスピーカーからは、心にもない建前が勝手に垂れ流される。

 

 チームメンバーの一人が大袈裟な溜め息を吐いた。

 そして、はみ出て啄まれたゴミ袋を見る目で、俺を見た。


「主任の言葉、まったく響いてこないんすよね」


 ――俺は疲れていた。



   *   *   *



 営業回りの帰り。

 夕立を避けて逃げ込んだ喫茶店のテラス席で、俺は味の薄いアイスコーヒーを飲んでいた。


 店の軒下には、風鈴が一つ吊られている。

 赤い金魚の絵が描かれた、ガラス製の風鈴だ。


 そよ風が汗ばんだ肌を乾かすたび、風鈴は大袈裟に踊り、透き通る音色を響かせる。


 風鈴の音が、なぜこんなにも響くのか。

 夕立の雑音に邪魔されながら、なぜこんなにも心に染み入るのか。


 俺はその答えを、忘れてしまった――


 老年の店員がやってきて、俺にコーヒーのお代わりを勧める。ブレンドを注文した俺は、何の気無しにその店員に尋ねる。


「風鈴の音って、なんでこんなに響くんですかね……?」


 店員は突然の質問に目を丸くする。

 しかしすぐに穏やかな細目に戻り、熟慮の末に言った。


「それは、自由だからじゃないですかね?」


「自由?」


「不自由であれば、音は響きませんから……」


 俺は曖昧に頷き、自由に踊り歌う風鈴を眺めた。

 



 雑音が、少しずつ弱まっていく――




 やがて夕立が止んだ時、俺の世界は少しだけクリアになっていた。


 会計を済ませ歩道に躍り出る。

 雲の切れ間から西日が差し、雨上がりの涼しい風が吹いた。


 自由な言葉は、誰かの心に響くかもな――


 俺は夕日に目を細めた。


 


お読みいただきありがとうございます(*´Д`*)


仕事をしていく中で、いろんな事に配慮すればするほど、自分の言葉が薄っぺらくなってくなって思ったことがあります。

本当に人を動かせるのって、心から放った質量のある言葉だけなんじゃないか? そんなふうに思ったことがあります。


自分の気持ちを捻じ曲げてくる何かからの脱却を『自由』とさせてもらいました。


風鈴の音は、少し触れただけでも響かなくなります。

なにものにも囚われず、自由であってほしいものです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ