夕立の風鈴
『なろうラジオ大賞7』参加作品!
キーワードは『風鈴』です。
『風鈴の音はなぜ響くのか』
子供の無垢な問いに、じいちゃんは笑う。
『それはきっと、自由だから』
縁側にやわらかい風が吹いた。
風鈴は自由気ままに踊り出す。
* * *
プロジェクトリーダーを任された。
しかしそれは、遅すぎる選出だろう。
同期は既に成果を収め、順調に先へと進んでいる。中には管理職の椅子に座る者もいる中、俺の歩みは周回遅れもいいとこだ。
これはきっと、最後のチャンス。
失敗は絶対に許されない。
上司は俺を叱咤激励した。マンパワー頼りの時代遅れの成功体験を、俺の背中に叩きつけてくる。
メンバーは俺に不満を漏らした。定まらない方針と、遅々として進まないスケジュールへの苛立ちを、俺の顔面に吐きかける。
俺は疲れていた。身体の隅から隅まで、重くどろどろの粘液が注ぎ込まれているようだった。
それらはシナプスや筋繊維にまとわりつき、俺の自由を根こそぎ奪っていく。
そんな中でも、顔の真ん中に空いたスピーカーからは、心にもない建前が勝手に垂れ流される。
チームメンバーの一人が大袈裟な溜め息を吐いた。
そして、はみ出て啄まれたゴミ袋を見る目で、俺を見た。
「主任の言葉、まったく響いてこないんすよね」
――俺は疲れていた。
* * *
営業回りの帰り。
夕立を避けて逃げ込んだ喫茶店のテラス席で、俺は味の薄いアイスコーヒーを飲んでいた。
店の軒下には、風鈴が一つ吊られている。
赤い金魚の絵が描かれた、ガラス製の風鈴だ。
そよ風が汗ばんだ肌を乾かすたび、風鈴は大袈裟に踊り、透き通る音色を響かせる。
風鈴の音が、なぜこんなにも響くのか。
夕立の雑音に邪魔されながら、なぜこんなにも心に染み入るのか。
俺はその答えを、忘れてしまった――
老年の店員がやってきて、俺にコーヒーのお代わりを勧める。ブレンドを注文した俺は、何の気無しにその店員に尋ねる。
「風鈴の音って、なんでこんなに響くんですかね……?」
店員は突然の質問に目を丸くする。
しかしすぐに穏やかな細目に戻り、熟慮の末に言った。
「それは、自由だからじゃないですかね?」
「自由?」
「不自由であれば、音は響きませんから……」
俺は曖昧に頷き、自由に踊り歌う風鈴を眺めた。
雑音が、少しずつ弱まっていく――
やがて夕立が止んだ時、俺の世界は少しだけクリアになっていた。
会計を済ませ歩道に躍り出る。
雲の切れ間から西日が差し、雨上がりの涼しい風が吹いた。
自由な言葉は、誰かの心に響くかもな――
俺は夕日に目を細めた。
お読みいただきありがとうございます(*´Д`*)
仕事をしていく中で、いろんな事に配慮すればするほど、自分の言葉が薄っぺらくなってくなって思ったことがあります。
本当に人を動かせるのって、心から放った質量のある言葉だけなんじゃないか? そんなふうに思ったことがあります。
自分の気持ちを捻じ曲げてくる何かからの脱却を『自由』とさせてもらいました。
風鈴の音は、少し触れただけでも響かなくなります。
なにものにも囚われず、自由であってほしいものです。




