番外編 夏紀
あちこちに散らばっていた番外編が、少し見苦しいので、まとめてみます
「お兄ちゃん!」
「どうした雪葉ぁあ!」
「雪葉は遂にお兄ちゃんを倒さなくてはならない時が来てしまいました!!」
「な、なにぃ!? この兄を倒すと言うのか!」
「……はい。もうこれ以上、お兄ちゃんが悪に染まるのを、雪葉には堪えられない」
「ぬううう! ならば俺を止めてみろ、我が最愛の妹よ! 止められるものならな!!」
「止めます。止めてみせます!!」
「…………」
日曜日の午後。棒アイスを食べながら部屋に戻ろうとした時、バカの部屋からアホな会話が聞こえて来た
「ぐわぁ、やられた〜」
「これで雪葉の八連勝だね、お兄ちゃん♪」
……ゲームでもやっているのかしら? 相変わらず無駄に仲の良い兄妹ね
そういえば最近、雪葉と遊んでないわね。たまにはアタシの部屋にも遊びに来て欲しいけど――
「この部屋じゃねぇ」
部屋に入ると、真っ先に目につくのは床に転がった酒瓶。次に脱ぎ散らかした服や、山積みになった参考書
こうして改めて見てみると、自分の部屋ながら汚いわね……
恭介に掃除してもらおうかしら(強制)
『姉ちゃんは片付けられない女かよ!?』
ムカっ!
前に掃除をしてもらった(強要)時に言われた言葉を思い出す
なにが片付けられない女よ! ちゃんと食べ物は片付けてるし、たまにコロコロしてるし……
『姉ちゃんは豚だよ! 豚小屋に住む猪八戒だよ!!』
……流石にあの言葉は傷付いたわね。注1
「…………よし!」
自分で掃除するか!
思い立ったら吉日。先ずは本棚を片付け、次は酒瓶を処分。そして、クローゼットを整理して、ベッドのシーツを変えて、床を拭いて……
「…………」
止め。無理、明日やろう。やろうと思った。その気持ちが大切なのよ
納得した所で、ビールでも飲みましょう
冷蔵庫まで取りに行くのが面倒よね〜
「ふんふ、ふんふ〜ん」
階段を下りて、キッチンへ……
「あ、だめぇ、お兄ちゃん」
え!?
「良いではないか良いではないか〜」
ま、まさかあの馬鹿……
「……うん。でも優しくしてね?」
「げへへ、目茶苦茶に揉みほぐしてやるぜ!」
階段を駆け降り、恭介の部屋に飛び込む
「アンタ達!!」
「うわ!?」
「きゃ!?」
飛び込ん先の光景は、恭介が雪葉の肩を揉んでいる所だった
「…………」
「な、なんだよ姉ちゃん」
「お、お姉ちゃん?」
「…………おやつ何、食べたい? アタシ買って来るわ」
「はぁ?」
恭介が何言ってんだこの馬鹿は(被害妄想)って目でアタシを見た。後でシメよう。注2
「と、とにかく買って来るから! ほら、さっさと言いなさい!!」
取り敢えず勢いでごまかそう
「え、えっと……プ、プリンでお願いします」
「雪葉もプリンが良いな」
「プリンね。すぐ買って来るから」
「…………プリン」
「ギャー!! って、アキ!? い、いつの間に」
いつから居たのか、アキが後ろに立っていた。我が妹ながら全く気配が無いわね……
「……さっき。はい」
「え? 何よこれ」
アキからコンビニ袋を受け取り、覗いてみる
「あ、プリン?」
「……プッチン。みんなで食べて」
数は四つ。ア、アタシの分まで……
「ありがとうアキ。姉ちゃん、感激よ!」
「……ん」
優しくて、可愛くて、強くてしっかり者な妹
こんな魅力的で完璧な子が、世の中に居ても良いのかしら? 良いに決まってるわ! 何故ならアタシの妹だから!!
「……恭介、雪」
アキが二人を呼ぶ
「なあに、秋お姉ちゃん」
「なんだい秋姉?」
にこにこしちゃって、随分アタシに対してと態度が違うわね、このバカ
「……今日、調理実習あって」
二人の顔が、笑顔のまま固まった。アタシの額からも汗が流れる
「……クッキー」
バッグからチェック柄の紙袋を出した瞬間、アタシの視界がぐらついた
眩暈、吐き気、頭痛。それは二日酔いに近い症状
「……よかったら、これも食べて」
アキは、にこっと微笑んで、アタシその包みを渡す
「ア、アリガトアキ」
「ん。……着替えてくる」
そう言ってアキは、自分の部屋へ戻って行った
「…………どうする、これ?」
「……俺が食う!」
恭介は、こんな時だけ男らしい。恭介の目が死んだのは(注4)アキの料理を食べ始めてからの気がするけど、そこには触れない方が良いわね
「ただいま〜!」
元気な声が玄関に響く。春菜ね
「おかえり、春菜」
「お、夏姉! ただいま!! 兄貴の部屋の前で何してんだ?」
「ん? ちょっとおやつを……プリン、アンタも食べる?」
「食う! 兄貴の部屋で食う〜。ただいま兄貴〜」
廊下にバッグをほうり投げ、春菜は恭介の部屋に入って行く
「うお!? 何で一々抱き着くんだよお前は!」
「兄貴の匂い好き〜」
「シャンプー変えたぞ、この野郎!!」
「むっ! 春お姉ちゃん!! お兄ちゃんに抱き着くのは、五秒までですよ! それ以上は条約に反しています!」
「なら雪も抱き着け〜」
「え? キャー!?」
春菜は強引に雪葉の手を引っ張って、そのまま恭介の胸に飛び込んだ
「ぐは!?」
「兄貴、プリン食べさせて〜」
「自分で食えよ! てかお前、どんだけ甘え上手なんだよ!?」
「お兄ちゃん! 雪葉は一人でプリンを食べれますよ!!」
「あ、ああ。え、偉いぞ雪葉」
「私は兄貴に食べさせてもらう〜」
「む〜!!」
ギャーギャー、ワーワー
「……はぁ」
騒がしい家ね
「……でも、なんだかんだ言って」
コイツの周りに自然と、みんな集まる
「アンタが、この家の主役って事かしらね」
「や、止め、止めてくれ二人とも〜」
情けない主役だけど
注1:傷付いた夏紀の関節技で、恭介さんは全治二週間の軽傷
注2:夕食の後、ソファーでねっころがっていた恭介さんは、夏紀にドシンと座られました。注3
注3:「お、重いよ、猪八戒!」「……あ?」
注4:死んでません




