[34話] X-DH02-X 前篇
〈GRRRrrrrrrrrrrrrrYyyyyyyyy!!!〉
インカムからの妨害雑音すら上書きする絶叫。
巨大な爪で人を斬り裂き、人肉を喰い散らかす殺戮機械が放つ殺気が、砂嵐しか映さなくなったモニターの向こう側で膨れ上がっていく。
一層激しさを増す心臓の鼓動。
ソレに釣られる様に精神までが浮き足立ち、脳と四肢との間に膜が張ったような違和感が呼吸を荒立てる。
“焦るな! 先ずは落ち着け!”
俺は否応なく、掌に汗ばむ手で動甲冑を跳ね上げた。
ヘルメット内の与圧が解かれたことで、廃墟の埃黴に加えて硝煙等の臭いが鼻腔へと殺到。吐き気を催す複雑な臭気の中、闇に同化しかけた禍々しい輪郭が薄ボンヤリと浮かび上がる。
“肉眼頼りの暗所戦闘……相手は初顔合わせの《大哥布林》かよ……”
構えた愛銃のズシリとした重量が、恐ろしいほど心許ない。
《F.C.U》を直接覗き込んでも砂嵐状態。IRレーザーは肉眼では捉えることが出来ないため、レーザーサイトも使用不可。
しかも、試作品である愛銃はバックアップの照門・照星を元より備えていない。
つまりは……全くの勘頼りに、残弾少ない愛銃を撃たざるを得ない状況。
“とにかく光源だ”
動甲冑に内蔵されたフラッシュライトに手を伸ばす――が点灯しない。
外気に晒した顔が盛大に引き攣るのを自覚する。
“畜生! 畜生! 日頃の行いが悪いってレベルじゃねぇだろ!”
被弾したヘルメット周りの故障だとしても、心中の悪態は止まらない。
“何か代わりになる装備は?”
右大腿装甲のホルスターに視線を落とすが、州軍払い下げ品の旧式自動拳銃は如何にも頼りなげだ。
再び、膨れ上がった殺気に視線を戻す――
次の瞬間、暗闇から鈍い金属光沢が凄まじい勢いで迫るのに気づいた。
“マズい! 反応が遅れた!”
直感が躱しきれない事を告げる。
Crunch!
凄まじい衝撃と共に、破片が顔面へと降り注いだ。
瞑った瞼を見開くと、顔先には粉々に砕け散った左腕の増加装甲。
“拳銃弾を阻止する炭素強化樹脂が一撃で!?”
被害はソレだけでなく、飛翔体へと差し入れた左腕全体が痺れたように自由が利かなくなっていた。
ほとんど反射的に愛銃を放り出した俺は動ける右腕をホルスターへと伸ばす――旧式拳銃と一体化されたウェポンライトが自動照射。
1000ルーメンの強力な光源が闇を切り裂いた先には、弾痕等のダメージ部から乳白色の泡を噴き出す怪物の姿が露わになる。
“あの泡はヤツらの化学血液? それに一体何を投げた?”
俺の疑問は払拭されないまま、怪物がユラリと動き出した。
たちまち《X-DH02》系列特有の凄まじい敏捷性で、手脚を操り出し距離を詰めて来る。
――相対距離は目測で7m!
脳内で渦を巻くのは「《怪物》との近接格闘は文字通り“死”を意味する」といった言葉。センサースーツに包まれた全身が粟立ち、口腔によく分からない苦味が溢れだす。
“狙うはヤツの目のみ!”
恐怖心を振り払い、片手だけで握り込んだ旧式拳銃の安全装置を解除。
レーザーサイトを作動させ、両脚を踏ん張り腰を落とす。
緋色の可視レーザーが闇に映えるのと同時に、トリガーを連続で引き絞った。
Dang! 暗闇にマズルフラッシュの華が咲く。
Dang! 拳銃のスライドが鋭く前後し、排莢された空薬莢が跳ぶ。
Dang!Dang!Dang! Dang!Dang! Dang!Dang!Dang! Dang!Dang! Dang!Dang! Dang!Dang!Dang! Dang!
装填されていた9mmパラの強装徹甲弾18発を速射で集弾させて、スライドが後退した状態で停止。弾切れだ。
!! ――相対距離3m! 近い!
突進してくる怪物と距離を取るため、闇に紛れた《相棒》を背に大きく跳躍。
回廊側へと転がり二転三転する間に、ようやく感覚の戻った左手をマガジンポーチに伸ばし、右指でマガジンリリースボタンを押し込む。
回転から立ち上がるのに合わせて、空弾倉が重力に従い落下。
替わりに左手の予備弾倉を叩き込み、スライドリリースレバーを押し下げる――リコイルスプリングによってスライドが小気味よく前進、初弾装填が完了する。
使い捨ての拳銃に相応しい手荒さで弾倉交換を終えた俺は、緩慢な半回転を終えようとする怪物の背中にレーザーサイトを重ねる。
「 残弾17発 」
凝固しかけた血で喋りにくい口から、ボソリと言葉が衝いて出た。
多数の命中弾により、怪物上面の複合シーカーは完全に破壊。
残るアイボールセンサー6基を潰して、尻に帆をかけ相棒と一目散に逃げ切る。怪物が内包する対人センサーの精度が懸念材料ではあったが、この状況に至って他に選択の余地はなかった。
階下で燃える炎の揺らめきが時折漏れ出て、暗闇に沈む回廊を静かに照らす。
瞬き一つ許されない様な緊張感が、この場を支配していた。




