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ソフトクリームと焼き肉定食

 あちゃ~ぁ、なんてこと言っちゃっうんだよ。余計話がややこしくなるぞ。全部、俺のせいにしとけばいいのに。

 それに抱きついたって、腕組んだだけだろ。


 俺はもう愛美とのデートは諦めていた。ただこの子たちには、できればまた仲良くサーキットに写真撮りに来て欲しい。


 囃し立ててた亜理沙ちゃんまで、驚きで瞳をまん丸に見開いて固まっている。


「どういうこと……?」

 愛美がぎこちなく、俺の後ろにいる絵理ちゃんを睨みつけている。


「ごめんなさい」

「なんで絵理が謝るのよ!?」

 愛美が絡むように絵理ちゃんに詰め寄る。

「謝る事ないよ、絵理ちゃん」

 余計に愛美の疑惑を深めてしまうと思いつつ、絵理ちゃんを擁護した。


「へえぇ、そういうこと。二人はできちゃったんだ」

 愛美が薄笑いを浮かべながら俺と絵理ちゃんをジロジロ眺める。

「そういう言い方やめろよ」

「なによ!二人して私のこと、笑ってたんでしょ?笑えばいいわ」

 愛美は自分を笑いながらも、瞳が潤んでいる。


「だから違うって!俺たちは謝るようなことなんてしてないんだって」

「絵理に抱きつかれて、さぞ嬉しかったでしょうね。絵理も見かけによらず、やるわね」

 俺もついに、自分のことより絵理ちゃんに対する態度に我慢できなくなってきた。

「だから、人の話聞けよ!俺はおまえと楽しくデートしたかっただけだ。それなのにおまえは亜理沙ちゃんとばかり遊んで……、俺のことは、まあ、どうだっていい。嫌われてるなら仕方ないさ。だけど、絵理ちゃんは仲間だろ?この子だけ俺に押し付けといて、なに勝手に切れてるんだよ?まるでイジメじゃないか!」


 愛美はなにか言いたそうに口をワナワナさせたが、言葉でなく大きな瞳から涙を溢れさせた。


 もう最悪だ。俺も泣きたい気分になる。


「私たちのこと、なにも知らないくせに偉そうに言わないで!でも、そうね、私も知らなかったわ、絵理がそんなやり手だったなんて。そういえば、観覧車のところからなんか怪しかったわね。絵理、もう私に気を使わなくていいわよ。お似合いね、お二人さん。亜理沙、行こっ!」

 愛美は俺と絵理ちゃんに背中を向け、歩きだした。亜理沙ちゃんはしばらく、愛美と絵理ちゃんを交互に見比べていたが、絵理ちゃんに一度頷いて、結局愛美の後を追っていってしまった。


 最悪だった。レースでいうなら、どん尻走ってて、その上最終ラップで転倒だ。それも絵理ちゃんまで巻き込んで。


 だいたい、どっきりハウスから出てきた女の子が照れてたからって、普通だろ?ちょっと冷やかすぐらいならわかるけど、あそこまで膨らませるか?嫉妬も大概にしろよ、誇大妄想女め。





 俺は絵理ちゃんを連れてピットに戻った。元々おとなしい子だったけど、彼女も相当ショックだったのだろう、ずっと俯いている。一人で放っておくことも出来ない。

 四時からの走行枠はキャンセルした。こんな気持ちじゃ走れない。


 絵理ちゃんから離れたところへ、先輩ライダーに呼び出された。

「おまえの彼女って、いつものショートカットの子じゃないのかよ?まったく、いい気なもんだな」

「そんなんじゃないんです……」

 俺はデートが完全に失敗に終わった事を掻い摘んで話した。それから、絵理ちゃんを鈴鹿から一人で帰らせられないから、俺のバイクをショップまで運んで欲しい事、出来れば、二人を近くの駅まででいいから、乗せて行って欲しい事をお願いした。


「おまえも大変だな、羨ましいけど。狭くても構わねぇなら、名古屋まで乗せて行ってやるよ」

 ありがとうございます。さすが先輩は大物です。

「おまえの方が大物だよ、まったく。女と喧嘩して、別の女連れてくるとは。どっちも可愛いから余計に腹が立つ。おやっさんに報告だな」

「それだけは勘弁して下さい」

「めし、奢れよ」

 高校生からたかるんですか?

「おまけに走行キャンセルとはねぇ」

 奢ります、奢ります。まったく、なんて人だ。そんなんだから、いつまでもB級なんだ。

「なんか言ったか?」

「いえ、先輩のレースに取り組む姿勢を見習いたいと」

「才能あるからって、女にうつつぬかしてると潰れるぞ。天狗にならず、いつも努力を忘れるなよ」


 まったく返す言葉もありません。

 

 

 先輩が走っている間、ピットで俺と絵理ちゃんは二人っきりになった。もちろん、ロマンチックな雰囲気など一欠片もない。


 俺も痛いが、絵理ちゃんはもっと心が痛んでいるだろう。学校でも愛美と亜理沙ちゃん以外、ほとんど友だちがいないと聞いた事がある。

 少しでも明るくなるかと、アホなことでも言ってみるが、効果はなかった。


 先輩の走行終了までぼけーっと待っているのもなんなんで、俺は自分のバイクを先にトランポに積み込み、先輩の工具とかも片付けていると誰かが肩を叩いた。

 振り返るとそこに、亜理沙ちゃんがいた。ちょっと驚きだ。絵理ちゃんを見ると無表情でこちらを見ていた。


「どうして走らないんですか?」

「どうしてって、ちょっとそんな気分じゃないから。わかるだろ?」

「先輩がS字でカメラ構えて待ってたのに、『どうして浩が走って来ないの!』って怒ってましたよ」

「えっ……?」

「世界をめざすなんて、デカいこと言ってるそうですけど、ちょっと叱られたぐらいで、落ちこむようじゃ不甲斐ないです。そんなんじゃあ、ありさの敵じゃありませんね。ありさなんか、いつも先輩に叱られてますけど、凹んだりなんてしませんから」


 この子は、俺を励まそうとしているのだろうか?

 俺より絵理ちゃんに声をかけてやってくれ。


「ありさの使命は、最低のエロエロ性獸ヒロゴンから、先輩を守る事ですから」

 バカやろう!俺は最速性獸だ、とか返してる気分じゃない。


 もう一度絵理ちゃんの方を見ると、愛美の姿があった。

「愛美先輩を守るため、ありさは白百合の騎士アリサとなって、絶対にへこたれないのです」

 亜理沙ちゃんが、ぽんと自分の胸を叩いた。

 もしかして、本当に俺を元気づけようとしているのか?


 それにしてもコイツ、愛美より胸ちいせぇ。

「今、ありさの胸を、バカにしました?やはり性獸ヒロゴンが狙うのは、愛美先輩の胸だけのようですね」

 いや、おっぱいにこだわるなら、美香さんの方が……、

「だまれ!愛美先輩の可憐な胸だけを狙う最低エロエロ性獸!やはり騎士アリサの予想通りです」

 ホント最低な性獸だな。性獸って言うんだから、普通おっきなおっぱいとか好きそうじゃないのか?ロリロリ性獸なのか?ヒロゴン。


 それより亜理沙ちゃん、愛美になにか言ってくれたのか?


「べつにエロ性獸ヒロゴンを庇った訳ではありませんから。白百合の騎士アリサは、絵理さんに演技させて先輩の気を惹きつけようとしたヒロゴンの企みを見破ったのです。先輩にそれを伝えただけです」

 なんかこいつ、いいやつかも?愛美よりよっぽど大人だ。


「白百合の騎士アリサ殿。これからも愛美姫を、悪の魔手から守ってくれたまえ!」

「ら・じゃあ!」

 白百合の騎士アリサのキャラ設定が今一わからないが、即興の芝居にビシッと背筋を伸ばして敬礼で応えてくれた。ちょっと可愛い騎士だ。ヒロゴン、ちょっとお仕置きされてもいいかな?


「ところで、ヒロゴン殿、ひとつ教えて頂きたい」

「なんでござるか?」

「絵理さんを、どのような手段で懐柔された?絵理さんにあのような演技をさせるとは、さすが騎士アリサの宿敵。実はアリサも絵理さんには、少々手をやいていて……。(かね)ですか?宝石ですか?それともなにか弱みでも?」

「それはお教え出来ませんな」

 それは俺と絵理ちゃんだけの秘密だ。と言うか、俺も知らん。


「私も知りたいわね」


 声の方を見ると愛美がいた。絵理ちゃんも横にいる。よかった。仲直りしたみたいだ。


「今回は私にも非があったのは認めるわ。別に怒らないから、教えて頂戴。絵理になにしたの?変なことは、されなかったみたいだけど」

 当たり前だ。絵理ちゃんに変な事する訳ないだろ!って言うか誰にもせんわ!

「考えてみれば、絵理が自分から媚び売るはずないもの。そうなると可能性は、浩がなにかしたとしか考えられないじゃない?私の可愛い後輩に手を出したら、ボコボコにしてやるから。するなら私にしなさい」

 えっ?愛美にならしていいの?

「亜理沙、この男を拷問しなさい」

「ら・じゃあ!」

「おい、自分でしろって言ったろ?それにさっき自分の非も認めたろ?なんで拷問なんだ?」

 騎士アリサ!目を覚ませ!このシチュエーション、どう見ても悪者は愛美だろ?おまえは正義の味方じゃないのか!


 絵理ちゃんと目が合った。なぜか売店でソフトクリームを食べてたときのようなしあわせそうな顔をしていた。そういえば「ソフトクリームがおいしかった」って言ってたな。


 “また、食べような”


 心の中でつぶやいた。

「先輩!今、絵理さんになにか合図をしました」

「うん、私も気づいたわ。やっぱりまだなにか隠してるわね」


 なんだ、おまえら?まだ絵理ちゃんを疑っているのか?たまたま目が合っただけだろ!


「そうね?ソフトクリームでも、みんなにおごってくれたら許してあげるわ」


 おまえら、わかったのか……?




 愛美との関係は、まだキスもしていない。だが、すごく近づいた気がする。我ながら純粋すぎると思うのだが、三人の仲間と認められたのだから、今回は良しとしよう。

 それに今日は年上と年下、CカップとBカップ、二つもおっぱい味わえたんだからな。これだけは、俺と絵理ちゃん、二人だけの秘密だ。


 ソフトクリームぐらい奢ってやるよ。今度はみんなで食べようぜ。




 三人は揃って電車で帰えり、俺は先輩とトランポで帰った。が、結局俺は先輩に焼き肉定食を奢らされた。しかも大盛りで。


 このオッサン、絶対A級に昇格できないと確信した。


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