落日
『みなさま、本日は合同新車発表会にお越しいただきまして、ありがとうございます』
「なっちゃん」
「……はい」
「大丈夫だから。とりあえず仕事、ねっ?」
「そう、だね」
あなたの表情は焦燥しきっていたよ
(想像すらしてない事態だったもの)
「春斗?」
「どうしたの秋穂ちゃん」
「いえ、姉と《《幼馴染》》に似た人がいるんですよ」
「へぇ〜、それは偶然って、とりあえず仕事終わるまでは忘れようか」
「あ、すみません。集中します」
観客席にいた冬馬も春斗、夏希そして秋穂の姿を確認していた。
「おいおい、マジかよ。勢揃いじゃねぇか。できれば関わりたくねぇんだけどな。しかも秋穂のやつなんでモデルのそばにいやがるんだ。なんのためにきたのかわからねぇだろ」
秋穂がステージ側にいるということはモデルのメイクを担当していると考えた冬馬は、今日の計画が破綻したことを悟った。
「こうなったらやつらに見つかる前にバックレるしかねぇな」
会社連中の輪から抜け出し会場を後にしようと席を立った冬馬だったが、隣の同僚に行手を遮られた。
「おいおい、どこ行くんだよ。人事部長もいるんだから途中で動くのはヤバいぞ」
「いや、ちょっとトイレに」
「少しぐらい我慢しろよ」
「小林部長、こういうイベントとかに参加する社員の態度にうるさいらしいぜ」
「まじかよ」
さすがに人事部長の心象を悪くするのは冬馬であっても悪手らしい。
「まあまあ、イベント終わってからじっくり行こうぜ。なんなら共同戦線はってやるぞ?」
「いや、ちょっと事情が変わった。俺はイベント終わったらすぐに帰らせもらう」
「は? モデルはいいのか?」
「お前が繋いどいてくれよ」
「……高いぞ?」
♢♢♢♢♢
「minamiさん、お疲れ様でした」
「あ、お疲れ様。えっと」
「新見です。新見秋穂って言います」
「新見秋穂さんね。また一緒に仕事できるの楽しみにしてるわね」
「こちらこそ今日はありがとうございました」
「みどりさん、こっちは片付け終わりました」
「は〜い。こっちもOKよ。秋穂ちゃん、まだ時間あるからお姉さんたち探してきたら?」
「……そう、ですね。ちょっと行ってきますね」
♢♢♢♢♢
「こっちは?」
「見た目は女の子向けって感じだったけどトランクルーム小さいし、背の低い人だと荷物入れにくそうだったことない?」
「あ〜、確かに。じゃあこれはマイナスだね」
「やっぱり軽の方が良いんじゃない?」
「自分が運転するならね。でも助手席に座るなら車のステータス求めてもいいんじゃない?」
「なるほど、やっぱり一緒にきてもらって正解だったね」
(来るべきじゃなかったのよ)
仕方ないさ
「お姉ちゃん、春斗」
「……秋穂」
「2人とも久しぶり。この前ね、うちの店に桜がきてくれたんだよ」
「……私が紹介したのよ」
「ふふ。らしいね。店長に聞いた。お姉ちゃんのことかなり気に入ったみたいだよ」
「秋穂」
「なに?」
「なんか雰囲気変わったね」
「最近よく言われる」
「落ち着いてるって言うのかな?」
「大人になったもん。なぁ〜んて。いまの職場が私に合ってるみたい。安心して仕事できてるの」
「そう」
「春斗」
「どうした?」
「えっと、ね。いまさらなんだけど、いろいろごめんなさい。最近、すっごく謝らなきゃって思ってたから今日会えて良かった」
「そうか」
「うん。それと———冬馬くん?」
「えっ?」
「冬馬くんがいる。私、彼だけは許せないの」
「秋穂? どうする気?」
「さあ?」
「大丈夫?」
「たぶんね。なっちゃんは座って待っててよ。顔色悪いよ」
「うん、ごめんね」
(私も一緒にいるべきだった)
危険だったかもしれないよ
(それでも! 一緒にいたかったの)
「みんな、今日はお疲れ様。非公式できてもらって申し訳ないね」
「うおっ、社長直々のお礼かよ」
「後ろにいるのマスコミじゃね? いまの聞かれて良かったのかよ」
「奴らもわかってるんだろ。さすがにうちの社長には簡単に手出ししねぇよ」
「まあな、それよりも俺はさっさと———」
「久しぶりね冬馬くん」
「手遅れか。なんだよ秋穂。俺に用か?」
「天下の挙母自動車の社員さんともなると態度も大きいのね」
「いやいや、君。みんながみんなそんな態度ではないよ」
「あら、社長さん?」
「うちの社員はちゃんとした教育を受けてるからね。プライベートでも自覚を持った行動をしているはずだ」
「じゃあ、面接官が人を見る目がないんですね」
「……どういうことだね?」
「私、そこにいる御社の社員さんに性的暴行を受けた上に写真を撮られて脅されました。まだ時効は成立してないから訴えてもいいんですよ? たぶん、証拠写真は彼のスマホとパソコンにまだあると思いますよ」
「挙母自動車の社員が性的暴行? ちょっとお嬢さん、小日スポーツだけどその話詳しく教えてもらえませんか?」
「ははは。お嬢さん、何を言ってるんだい? うちの社員にそんか犯罪者はいないよ? なあ君。私は残念ながら全社員の顔と名前を覚えてないんだけど、君はうちの社員なのか?」
「い、いや。俺は違うぜ。全くの無関係だ」
黙っていれば見過ごしてやる。
冬馬は社長がそう言っていると判断して違うと答えた。
「そうか。おい小林。彼は《《もう》》うちの社員ではないらしい。速やかに処理してくれ」
「はい、わかりました。まあ、無関係な人間ならば私の出番はありませんけどね」
「なっ!」
当ての外れた冬馬はアッサリと切り捨てられて怒りを露わにした。その矛先は秋穂に向いた。
「秋穂てめぇ!」
「なに? クビになったのを人のせいにするつもり?」
「お前《《も》》調子に乗りやがって! 俺が築き上げてきたものをよくも壊してくれたな!」
「自業自得だろ」
「んだよ、春斗。お前には用はねぇんだよ」
「お前になくてもマスコミの皆さんは話を聞きたいみたいだぞ。この前の音声データを皆さんに聞いてもらうか」
「ざけんな!」
春斗に身体ごと体当たりをして行手を阻んだ冬馬だったが、そこは手すりがあるだけの崖の上。勢い余った2人は突如浮遊感に襲われた。
「春斗!」
秋穂の悲痛な叫び声が崖に響いた。
「大変だ! 人が崖から落ちたぞ! 救急車だ! 警察にも連絡しろ!」
突如に喧騒に包まれた会場の空気は、休憩していた夏希にも届いた。
「どうしたんだろ?」
周りを見渡すと慌ただしくしている人達が何やら騒いでいる。
「あっ! いた! 秋穂ちゃんのお姉さん」
「はい?」
「彼氏さんが! 彼氏さんが崖から転落しました!」




