交わらない季節
「桜」
その時は突然やってきた。
学校帰り、いつもより帰宅が遅くなってしまった桜は自宅へと急いでいた。
駅の改札でて商店街を通り抜けると自宅が見えてくるのだが、その手前に人影があった。
『まさか?』
「久しぶりだね。私達の後輩になってたんだ」
久しぶりに見た秋穂は大人びた雰囲気を纏い、妖艶さを醸していた。
「桜?」
「……こんにちは」
顔を直視できずに俯いてしまっているのは高ぶる感情を抑えるため。
「相変わらず真面目ちゃんね。どうせ部活とかじゃなくて生徒会とかで遅くなったんでしょ?」
「何か用ですか?」
トゲのある言い方になってしまったようで、秋穂が苦笑いをしているようだ。
「随分嫌われちゃったみたいね。まあ、ブラコンの桜にはいまさらか」
「わかっているなら話しかけないでもらえますか?」
自分の気持ちがわかっているならもう隠す必要もない。そう思い顔を上げて秋穂を睨みつけた。
「あはははは、正直ね。桜のそういうところ嫌いじゃないよ」
「その人をばかにしたような態度、私は嫌いです」
そう言い捨てて通り過ぎようとしたが手を掴まれてしまった。
「離して!」
とっさに手を払い距離を取った。
「私も桜自体には用ないのよ。まあ、いいわ。春斗の連絡先を教えて」
「はっ? あなたになんて教えるわけないでしょ」
二度と春斗に関わらせない。
やっと幸せを掴んだ兄を再び不幸に陥れることなんてできるわけがない。
「桜はまだ子供だから何もわかってないのよ。春斗だって私と会いたいと思ってるはずよ? それを邪魔するの?」
その表情に迷いは見受けられない。
それが当たり前であるかのように話す秋穂に不気味さを感じた。
「……お兄ちゃんはやっと幸せになった。もう二度と兄に近づかないで!」
「どうした?」
いまにも掴みかかりそうな勢いの桜の背後から声をかける人物がいた。
「おじさん」
桜が振り返ると秋穂の父が立っていた。
「……なんでも。じゃあ桜またね」
フイッと顔を背けて秋穂は自宅に入って行った。
「桜ちゃん……」
「こんばんは」
桜は軽く会釈をし、自宅に入ろうとしたが「待ってくれ」と引き止められた。
「秋穂が何か失礼なこと言ったかい?」
桜の態度から2人の間にいざこざがあったことはわかったのだろう。娘の態度から桜に聞いた方がいいと判断して呼び止めたのであった。
「……特には」
ないとは言えないがおじさんがどんな立場なのかわからない桜は言葉を濁すことを選択した。
「もし、秋穂に何か言われても気にしないでくれないかな?」
心の病だとは言いたくなかったのだろう。娘を色眼鏡で見られたくはなかった。
迷惑をかけてしまった春斗の妹。
この兄妹が仲がよかったことも知っている。
それでも父親というのは娘を守らなければならない。
桜はその問いかけに対しては軽く会釈をするのみで自宅に入って行った。
♢♢♢♢♢
「……そう、はるくんの連絡先を」
『うん、お兄ちゃんも会いたいと思ってるって言ってた』
(この子にはもっと早くに伝えるべきだったね)
近くにいたからね
「で、お父さんは何か言ってた?」
『おじさん? 何か言われても気にしないでくれって』
「それだけ?」
『……うん。それだけ』
「肝心なことは言ってないのね」
『何?』
「うちでもね、おかしなことを言うようになったらしいの」
『ひょっとして今日みたいなこと?』
「うん。はるくんに会いたい。はるくんが待ってるってね」
『そんな! よくもそんな自分勝手なことを! 自分がどれだけお兄ちゃんを苦しめたのかわかってないって言うの⁈』
「お父さんもね。いまの私達の関係を知っているからおかしいってことにはすぐに気づいたみたい。それで病院に連れて行こうとしたんだけど本人が拒否したみたいで、相談だけしに行ったらしいの」
「妄想性障害」
『妄想?』
「あの子もいろいろあったみたい。精神的にやられちゃったのね。だからってはるくんに会わせる気はないけどね」
『うん。私も同じ気持ち』
「それでもね。桜ちゃんに何かあるといけないから、いざとなったら私の連絡先を教えて。基本的には無視してていいから」
『お姉ちゃん』
「ん?」
『私はお兄ちゃんもお姉ちゃんも大好きだからね』
「……だからって無理はだめよ。桜ちゃんに何かあったら私達は悲しむってこと、忘れないでね」
『はい』
「うん、じゃあ何かあったら、じゃなくて何もなくても連絡してね」
♢♢♢♢♢
「ねぇ、はるくん」
「何、なっちゃん」
(無理しないでって言ったのに)
無理してないよね
「いつの間にワンボックスに買い換えたのかな?」
「プジョーじゃみんな乗れないでしょ。荷物も多いんだし」
「だからいいよって言ったのに」
「なっちゃんと離れるのが寂しいから少しでも長く一緒にいたかったんだよ。……って理由でいいでしょ?」
「最後の一言いらないよ?」
(照れ屋さんなんだから)
あなたがストレート過ぎるんだよ
「由季、おはよう」
「なつ、おはよう。春斗くん、車換えたの?」
「あ〜、レンタルしてきてくれたの」
「きゃ〜! さすが夏希の彼氏。優しいな〜」
「涼子、うるさい」
「ちょっと聡美、辛辣すぎじゃない?」
「おはようございます。先輩方、朝から元気ですね」
「春斗くん、おはよう。うるさいのは涼子だけだから。そこのところ間違えないでね」
「あははは。とりあえず荷物載せるので、先輩方は車乗ってください」
「やだ! ポーターまでこなしてくれるの? ちょっと夏希、あんただけこんな素敵な彼氏でズルいじゃない」
「そんなこと言っていいの? 松田くんにチクっちゃうわよ? まあ、はるくんが素敵ってところは否定しないけどね」
「なつ! ちょっとなつ!」
「何よ由季、ちょっと手引っ張らないでよ」
「この左薬指の指輪!」
「えっ? 指輪?」
「えへへへへ、いいでしょ〜。卒業式にもらいました。俺のものって牽制しとかないとって」
「ちょっと、なっちゃん? そこは言わなくてもいいよね?」
「きゃ〜! さすが夏希の婚約者!」
「だから涼子はちょっと黙ってて」
「聡美まで辛辣」
「ちょっと春斗くん、このニヤケ顔がムカつくんだけど」
「いや、俺に言われてもですね」
(仕方ないじゃない)
まあ、ねぇ
♢♢♢♢♢
「忘れ物ないですか?」
「うん、大丈夫。春斗くんありがとうね。なつが行ってきますのチューしたそうな顔してるから先に行ってるね」
「ふふふ。さすが由季は察しがいいね」
「あまり遅くならないようにね」
「はるくん、ありがとうね。お土産買ってくるから楽しみにしててね」
「うん。土産話楽しみにしてるからね」
「お土産は?」
「無事ななっちゃん」
「んっ。……続きは帰ってきてからしようね」
「……楽しみにしてます」




