第22話 ゲーム的小説
以下、木の棒の勝手な考えとしてお読みください。
ゲーム的小説
初めて『なろう』を知った時、私はとても興奮していました。
自分が求めていたものがここにある! と。
それから自分でも小説を書くようになると、『小説』とは何なのか考えるようになりました。
私は小説にゲーム的な要素を求めていることに気付きました。
そして、それを楽しんでいたのです。
小説を書く作者は神です。
どのような世界でも、どのような設定でも、どのような結末でも用意出来ます。
ゲームも作る人が神です。
私達は神が作ったゲームシステムの中で、神が許したルールに従ってゲームを遊びました。
でも、本来神が許すつもりではなかったシステムの穴があったとしたら?
それを見つけることで、本来なら成し得ないことが出来るとしたら?
そのことに、異常な興奮を感じたことを覚えています。
ぼんやりとした記憶を探れば、いくつか思い出すことがあります。
その中でも、思い出すのが『ロマンシングサガ』ですね。
このゲームにはいろんな『穴』があったはずです。
とある主人公が2人になるなんて穴まで存在していたはずです。
そして、その穴の中でも私が特に覚えているのが、本来1つしかいけないはずの場所に複数行けるというものでした。
もう記憶があやふやで、いまネットで調べてみたのですが「巨人の里」「冥府」「最終試練」という3つの場所があります。
これは普通にプレイしていたら、1つしか行けません。
確かそれぞれ強力な武器を得られるところだったはずです(記憶曖昧)。
それを3つ全て行く。
その穴はあったはずですし、私はそれを達成したはずです。
しかも攻略本を読まずに!
いや、友人とかからアドバイスをもらったことはあったし、その友人が攻略本見てたら同じじゃん! なんですけどね。
ちょっと脱線します。
私はゲーム大好きでした。
でも、ある時からゲームが徐々につまらなくなりました。
それはゲームが「攻略本」ありきな作りだと感じるようになったからです。
攻略本見ながらゲームするって、いったい何が面白いんだ? が私の考えでした。
さらに脱線するのですが、むかし「ケルナグール」というゲームがありました。
私はこれにはまりました。
そしてある日、私の親戚が「ケルナグールの神がいる」といってある人を紹介してくれました(親戚の先輩だったような気がします)
その人は確かにケルナグールの全てを知っていました。
だって攻略本見てるんだもん。
私は一気に冷めました。
そうじゃない……そうじゃないんだよ! と心の中で私は叫び泣きました。
……話を戻しましょう。
神が定めたルールの穴をついて、本来ならあり得ないことを起こす。
これが、なろうの小説にはあったのです。
神が定めたルールの穴を描いた物語。
それが『チート』という言葉で表現されていたんだと思います。
小説は作者が神です。
どのような設定で、どのようなチートを用意するか、全て作者が決めます。
小説のチートは、ゲームで見つかる穴よりも、ずっと高い自由度と柔軟性を持ち、様々な広がりを見せてくれました。
それは私の想像力から妄想をかき立ててくれました。
でもゲームとは違い、小説は『未完成』の作品として存在していました。
中には自分の期待通りの展開にならないものや、不運にも作者のパソコンが壊れてその後が読めなくなってしまう小説もありました。
さて、このゲーム的小説。
実はかなり難易度高いです。書くことが。
その負荷に多くの作者のパソコンがやられてきたことからも、いかに難易度が高いか分かります。
ゲーム的小説は『ルールの穴』といった『チート』によって話が動きます。
その世界がどんな世界で、どんなシステムで、どのような穴があるのか。
それはまるで、『このゲームにはこんなシステム上の穴があるので、上手く活用して下さいね』と書かれた攻略本のようです。
そうなんです! 私が嫌った攻略本!
あくまで例えとして受け止めて欲しいのですが、チート設定の小説は『攻略本』に似ていると思うのです!
こうすることが最適、こうすることが最良、こうすることが最強。
その過程を書いていくことは、攻略本を書いていくことに似ているのではないでしょうか。
私は『都合の良い場面』の妄想からゲーム的な小説を考えたりします。
それは時になぐり書きの設定メモとなり、そして5万文字前後の物語になったりします。
でも、大抵そこでエタります。
なぜか?
私自身が書いている小説に対して『面白くない』と感じてしまうからです。
いわば『賢者タイム』です。
自分で考えた世界観を、自分で考えたキャラが、攻略本を見ながら歩いていく。
その物語はすぐに絶頂を味わうことになり、そして終わります。
絶頂を味わってしまうと、その小説は面白くなくなります。
私は思うのです。
ゲーム的小説こそ『世界観』をしっかり作るべきなのだと。
神である作者ですら、最初に決められた世界観を壊すことは許されず、それに縛られて、そして穴を見出していけるような世界観が必要なのです!
私はゲーム的小説が大好きです。
安易な絶頂で終らないゲーム的小説を書きたいと思っています。
読むと面白くて楽しい攻略本。
それにはもちろん『物語』も必要ですが、まずは自分自身が飽きないシステム世界を作り出すことが必要でしょう。
自分の書いた物語が『説得力』を持ち、読者を『納得』させる。
どんなに自分の中で楽しくて面白い小説でも、読者に納得してもらえないなら、自分の書いた物語は読者に伝わりません。
どうして? なぜ? どうして? なぜ? どうして? なぜ? どうして? なぜ?
この問いを自分に、そして小説の中の登場人物に、さらには話そのものに、問い続け答えを求めていきたいです。
『漫画的小説』はまた別です。
こちらもいずれ、私の勝手な考えをここに書いちゃうかもしれません。




