第18話 ボツになった話
序章 ラグナロク
カランカラン。綺麗な鐘の音が鳴る。お客さんだ。
「いらっしゃいませ!」
可愛い少女の明るい声が、お客さんの顔をほころばせる。入ってきたのは初老の痩せた男性だ。慢性的な腰痛を抱えていて、この薬屋の薬を定期的に買いにきている。
「ニニちゃん。いつものお願いできるかな」
「はい! グランさんがそろそろいらっしゃると思って調合してあります。すぐに持ってきますね」
この可愛い少女の名前はニニ。俺の持ち主だ。
ニニは奥から紙袋を持ってきた。
紙袋には、木の棒に跨って空を飛ぶ少女のマークが入っている。
この薬屋のシンボルマーク。モデルはもちろんニニである。
「ありがとう。いつも助かるよ。ニニちゃんが調合する薬は本当に良く効くからね」
「そう言って頂けると本当に嬉しいです。もっと勉強してグランさんの腰痛が治っちゃうような薬を作りますね!」
「ははは。ニニちゃんは本当に頼もしい。こんなお店にはもったいない。早く宮廷薬士になればいいのに。声はかかっているんだろ?」
「こんな店で悪かったな~グランじいさんよ」
奥からこのお店の店主ホルンが仏頂面でやってきた。
「おっと、言葉を間違えたな。ニニちゃんがいる間はこんなお店なんて言ったらだめだもんな」
「ニーがいなくなったら、結局こんな店扱いかよ」
「もう、グランさんもホルンさんもやめてください」
ニニの言葉に2人は肩をすくめて笑う。
グランじいさんは懐からカードを出すと、お店の水晶にかざす。魔力が一瞬流れてこれで精算完了である。
「そういえば、酒場で噂になっている悪魔の話、聞いたか?」
「ああ、化物ゴブリンと、闇の女王サキュバスの話だろ。聞いたよ。聖騎士団が討伐に動くってな。最近何かと物騒だな。氷の魔女も味方なのか敵なのか分かっていないってのに」
「まったくだ。ニニちゃんも夜道は気をつけて帰るんだよ。」
「はい。気をつけて帰ります。グランさんも気をつけてお帰りくださいね」
グランじいさんは薬の入った紙袋を持つと、笑顔で帰っていった。
カランカラン。綺麗な鐘の音が鳴ると、お店には再び静寂が訪れた。
すでに日は傾き始めている。夕焼けの空には真っ赤に染まった雲が流れている。
まるで血を吸ったような色だな。そんな風に考えてしまうのは、この世界で戦いに慣れてしまったからか。毎日のように血を見て感覚がおかしくなったのか。
いや、この世界で生き抜き、俺の目的を果たすためには正常な感覚だ。
この世界に遊びにきたんじゃない。残された時間は僅かだ。我が主神のためにも、そしてこの世界のためにも、俺は目的を果たさなければならない。
「ニー。今日はもう上がっていいぞ。後は俺がやっておくから」
「はい! ここだけ拭いたら上がりますね」
掃除を終えると、ニニは帰り仕度を終える。持つのは小さなバック1つと、俺だけだ。
「お疲れ様でした! 明日からお休み頂いて本当に申し訳ありません」
「いいんだよ。ずっと頑張って働いてくれていたし、何よりニーのおかげでお店の評判は上がる一方だからな。ゆっくり休みを楽しんでおいで」
「はい! 失礼します」
明るく元気な声で別れの挨拶。ホルンに背を向けたニニの顔は寂しさで溢れている。
向かうは我が家、といってもマンションだ。母親のクリスティーナが待っている。
この世界の街並みを一言で表現すると「中世ヨーロッパ」……ではない。
「近代ヨーロッパ」になる。
建物は鉄筋コンクリートではないが、魔法で作られた特殊な強化レンガで丈夫だ。
道も綺麗に整備されている。これまた土を魔法で特殊に固めたものだ。残念ながら俺は歩くという感触を得ることはできないので、どんな踏み心地なのか分からない。
ニニは適度に柔らかく、そして適度に硬いというけど、いまいち想像つかない。
ニニだって道を歩くことは滅多にないからな。なぜなら……。
「ニニ姉ちゃんだよ!」
道行く子供達が空飛ぶニニを指さして叫ぶ。ニニは俺に跨って飛んでいるのだ。
「やっほ~。気をつけて帰るんだよ~」
子供達に笑顔で手を振りながら、ニニは空を飛び、あっという間にマンションに着く。
玄関を開けると、独特な匂いが鼻を刺激する。ふむ……今夜はカレーか!
「ただいま~! お腹空いちゃった!」
「おかえりなさい。手を洗ってね。ご飯の準備はできているから」
母親のクリスティーナが笑顔でニニを迎えてくれる。手を洗うと、2人はぎゅっと抱きしめ合い、すぐにリビングのテーブルに並べられていた晩御飯を一緒に食べる。
予想通り、今夜はニニの大好きなカレーだった。サラダとスープ付きだ。
今日のお店での出来事を母親に伝えながら、ニニはもぐもぐと食べる。
出会った時からニニの食べ方は変わらない。下品とは言わないが、上品でもない。
綺麗にぺろりと晩御飯を食べ終え、デザートのアイスを堪能中だ。
「ニニ。お風呂入ってから行くの?」「うん!」
アイスを食べ終えると、ニニはお風呂に向かう。
ニニ達の部屋は、2LDKの作りになっている。2つの部屋はニニの部屋と、母親の部屋だ。
脱衣所で着ていた黒のワンピースを脱ぐ。そしてブラジャーとパンティーも当然脱ぐ。
うむ、素晴らしい。16歳の少女特有のピチピチのお肌にDの膨らみ。
艶々の黒髪はショートカット。ぱっちり黒目に桃色の唇。よくぞここまで成長した。
出会った時はガリガリの栄養失調のような状態だったもんな。
お風呂には丸い玉のようなものが壁についている。魔力を流すとここから水が出る。
浴槽にも同じ丸い玉がついていて、魔力を流すとお湯が溜まる。
これらは簡単な生活魔法しか使えない者達のための魔道具みたいなもんだ。
ニニは自らの魔力でお湯を作り出して降らせる。そして雨のシャワーの中、俺のことも洗ってくれる。直接手でね。それはそれは丁寧にじっくりと洗ってくれるのさ。
いつもならここでニニとお楽しみタイムなのだが、今日は訳ありなので、さっと洗うとお風呂から出る。身体をよく拭いて、黒のワンピースを着る。
「お母さん、行ってきます」
「気をつけてね。3日もかかるなんて初めてのことだから、私心配で。無理しちゃだめよ?」
「大丈夫だよ! 心配しないで」
母親と抱き合い、頬にキスをすると少女は窓から飛び立つ。
母親に背を向けたニニの顔には再び寂しさが溢れる。
特別な薬草採集のために、今夜から3日間留守にすると母親には伝えてある。
遥か上空へと……月にも届きそうなほど上空へ一気に飛ぶと、そこから西に向かって飛び立つ。俺から魔力供給を受けることで、少女は最高速度を維持したまま、1時間ほど飛んだ。
やがて目的地が見えてきたので、少女は大地へと降りる。大樹の根元へ。
大樹なんて言葉で簡単に表現してよい樹ではないのだが、今は大樹と呼ぼう。
ニニはバックに入っていた蒼いワンピースに着替える。
そして白いマントを被る。フード付きのマントだ。
俺は姿を氷の杖へと変える。ニニの背中からは氷の翼が生えてくる。
遠くから見れば天使のように見えるだろう。しかしニニは天使ではない。氷の魔女なのだ。
強力な存在を感じ、空気が一瞬でピリッとする。
姿を見せたのは、屈強な肉体のゴブリン。そして闇に溶け込みそうなサキュバス。
酒場で噂の悪魔だ。
「時間ですね」
ニニが悪魔に向かって話す。悪魔の2人は頷く。
「地獄の門は開かれました。どちらが生き残るか……最後の戦いです」
そこには、さきほどまでの明るく可愛い少女の顔はない。
ここにいるのは戦士である。死を覚悟した。
3人は口と耳に魔力を宿している。こうすることで異種族間でも会話が可能なのだ。
「行きましょう」
3人は夜の闇に紛れて駆け抜ける。目標はルーン王国王都テラ。
ニニは氷の翼で、サキュバスは黒紫色の羽で飛びながら、トールの街上空を飛び過ぎていく。
空から生まれ育った街並みを見るニニ。何を想っているのだろうか。
トールの街を過ぎ、王都テラの住宅街の上空で待機。
約束の時間だ。ゴブリンが単騎で王都の南門に現れているだろう。
「ゴブゥオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
ここまで聞こえてくるゴブリンの咆哮……始まった。
ゴブリンの咆哮を合図に、サキュバスが闇魔法を唱える。ニニとサキュバスの身体は闇に包まれ隠蔽される。気休め程度のものだけどな。実力ある騎士や魔法士達の目は誤魔化せない。
空から一直線にその家を目指す。どの部屋で寝ているかまで調査済みだ。
部屋の窓を氷矢で割ると、強引に中に入る。
部屋の中には、ベットの上に1人の痩せた老人。突然窓が割れて、氷の翼が生えた少女が入ってきたら目が点になるわな。フードを被っているから少女とは分かっていないだろうけど。
ニニは老人に近づく。老人の顔に恐怖の色が浮かんでくる。
「これに触れてちょうだい。言うことを聞いてくれれば、悪いようにしないわ」
ニニが魔力で声色を変えて老人に話す。そして氷の杖から木の棒に戻った俺を突き出す。
老人は声も出せないようだ。ニニが促すように木の棒をもう1度突き出すと、恐る恐る木の棒に触れた。俺は老人のスキル一覧から目的のスキルを探す。
(ニニあった。こいつで間違いない)(はい。聖樹様。計画通りに進めます)
本当に会話できているわけじゃない。心で感じ合っているんだ。
「一緒に来てもらうわ。言う通りにしてくれれば、すぐにまた家に帰れますから」
老人の身体を闇が包み込むと、一瞬で意識を失う。姿を隠していたサキュバスが現れると、老人を抱えて頷く。そして窓から再び空に飛び立つ。
ゴブリンはまだ戦っているだろう。サキュバスが合図の火魔法を打ち上げる。
全速力で大樹に向かうニニとサキュバス。このまま上手くいけば……と思っていたら、やっぱり来たか。後ろから高速で追いかけてくる者達がいる。
空飛ぶバイクで駆け抜ける、ルーン王国聖騎士団の騎士達だ。魔法士もいるかな。
先頭でバイクに乗るのは、黒い大剣を持つあの黒騎士だ。こいつは強い。やっかいだ。
「私がやるわ。老人を連れて先に行って」
ニニがサキュバスに指示を出すと、サキュバスは頷き大樹を目指す。
ニニは再び氷の杖となった俺を空に向けて振り、光り輝く氷の結晶を空に撒いていく。
まるで夜空に輝く星のようだ。キラキラと美しい。
しかし、この氷の結晶に触れたものは、瞬く間に凍ってしまう。
後方で氷の結晶に触れた騎士やバイクが凍って落ちていく音が聞こえる。
貴重な空飛ぶバイクに乗ることを許された騎士達だ。この程度で死ぬことはないだろう。
そしてこいつには、まったくもって意味がないな。
ニニの氷の結晶を、身に纏う炎の熱で溶かしながら黒騎士が突っ込んでくる。
「はあああ!」
黒騎士の大剣に炎が宿り、ニニを襲う。氷の盾で大剣を防ぐが、一撃で砕かれてしまう。
空飛ぶバイクもだいぶ小回りがきくが、そこは翼で飛ぶニニほどではない。
黒騎士から上手く距離を取りながら、攻防が続いた。
「なぜ氷の魔女が、闇の女王と一緒にいる! やはりあの化物ゴブリンとも仲間だったのか!」
黒騎士の怒号が響く。氷の魔女はトールの街を何度も悪魔から救ってきた。
それが悪魔と一緒に王都を攻めたとなれば一大事だ。
ニニは何も言わない。再び氷の結晶を空に撒くと、下に向かって一直線に飛ぶ。
王都の南門から離れること1キロ。ゴブリンが騎士や魔法士達から逃げるように走っているのが見えた。ものすごいスピードだ。人間が追いつくのは不可能だろう。
それでもニニはゴブリンの後方の大地を、巨大な泥に変えておく。そして方向を変えて、トールの街に向かう。
追手は黒騎士1人だ。他の空飛ぶバイクを駆る騎士は全員離脱したようだな。
こいつなら全力でも死なないだろう。俺の心を感じたニニが頷く。
「絶対零度」
ニニの言霊が発動する。ニニの魔力そのものが、命の存在を許さない冷気となる。
触れるもの全てを凍らせ固まらせる。ニニの魔力が黒騎士を襲う。
「うおおおおお!」
黒騎士も全力で炎を宿して対抗してくるが……もって数秒だったな。
危険を一瞬で察知して退く。良い判断だ。そしてニニの絶対零度に数秒でも耐えられるとは、化物だな。あいつ本当に人間か?
トール街の上空を飛びながら、大樹に向かう。氷の翼で飛ぶニニを見れば、みんな氷の魔女だと騒ぐだろう。今日も街を守るために戦ってくれていると。
明日にでも氷の魔女が悪魔の仲間だったと、この街にも伝ってしまうかな。
仕方ない。これも全てこの街、国、そして世界のためだ。
少しゆっくりと飛ぶニニ。これがこの街を見る最後の時になるかもしれないと思っているな。
(大丈夫だ。きっと俺達は勝つ。またこの街に戻ってこよう。氷の魔女ではなく、ニニとして)
(はい……きっと、きっと戻ります! 聖樹様と共に!)
大樹の根元に着くと、サキュバスが待っていた。遅れること数分、ゴブリンもやってきた。
お前どんだけ走るの早いんだよ!
大樹の根の上で意識を失っている老人。すぐに起こして計画を進めないといけない。
時間はない。地獄の門はすでに開いているのだから……。
それにしても、ここまで本当にいろいろなことがあったな。
天使として天界に召喚されたことから、俺の物語は始まった。
俺は天界のぼろアパートの部屋でその時を待っていた。
♦
始まる。最後の戦い……ラグナロク。この戦い、絶対に勝ち抜かなければならない。
「うぉぉぉぉぉぉ! 燃えるぜ!」
俺は天界の片隅で1人暮らしをしている最下級天使ルシラ。
人間界で生きていた頃の名前は木野樹聖。
天使歴1ヶ月の新人天使だ。
天使や悪魔は、死んだ人間の魂の中から神に選ばれた者がなれる。
昔は人間界で大きな功績を残した者が選ばれていたらしい。
しかし、ここ数年は事情が違った。
人間界において「ネットゲーム」で優れた才能を発揮した者が多く選ばれている。
理由は1つ。最高神ゼウス様の戯れ。
「人間界で流行しているネットゲームを真似て、わしもゲームを創ってみるのじゃ」
最高神ゼウス様が創るゲーム「ラグナロク」。詳細は誰にも分からない。
ジャンルすら分からないのだ。ただ1つ公表されていることがある。
「ラグナロク内で「神力」を得たり失ったりするぞ。本当の神力じゃ」
最高神ゼウス様のこの言葉に天使、悪魔、さらに神まで驚愕した。
これはもうゲームではない。本当の神力を得る戦争である。
まず「あの世」について少々語ろう。神界、天界、魔界の3つの世界がある。
それぞれ、神が住む神界、天使が住む天界、悪魔が住む魔界。
神に仕える者として、天使と悪魔がいる。
神にも階級があるし、天使にも悪魔にも階級がある。
天使歴1ヶ月の新人天使である俺は最下級天使、つまり一番下っ端だ。
「神力」
その名の通り、神の力。天使と悪魔にとっても重要だ。神力が高いほど階級が高くなる。
神も最下級神から下級神、そして中級神、上級神になるために神力を高める必要がある。
神の神力は己の力以外にも、仕える天使悪魔の神力が高いほど高くなる。
ジャンルは公表されていないが、ラグナロクは人間界のネットゲームを真似て創られている。
神はネットゲームに優れた才能を持つ人間の魂を選び、天使や悪魔にしていった。
俺もそうした中で選ばれた魂の1つってわけだ。
さて、俺は人間界ではごくごく普通の人間だった。趣味はライトノベルとネットゲーム。
ネットゲームはいろんなものに手を出したけど、MMORPGが一番好きだったな。
好きだっただけで、上手いわけじゃない。つまり、俺は廃ネットゲーマーではないのだ。
それなのに、なぜ俺が選ばれたのかというと……。
「ルシラ。準備はできましたか?」
俺の頭に直接語りかけてくる、わが主神。
「はい。「ラグナロク玉」の前で準備万端です」
ラグナロク玉とは、ラグナロクにログインするための玉だ。
パソコンでゲームするわけじゃない。
プレイ開始時間になると、この玉が光ってゲームの案内をするらしい。
「ルシラ。私の願いを受け入れてくれて、本当にありがとう。感謝します」
「アルテミス様、そのようなお言葉はやめて下さい。私は自分の意思でアルテミス様の天使になりました。そして必ずラグナロクで神力を集めてみせます!」
俺の主神アルテミス様。純潔の女神。かつては高位の神であった。
しかし、今は消滅寸前の最下級神である。天使も俺1人だけだ。
なぜアルテミス様が消滅寸前にまでなってしまったのか、詳しい理由は分からない。
一言「私が馬鹿だからよ」としか教えて下さらないのだ。
俺がアルテミス様の天使になるまでの話を簡潔に語ろう。
気が付くと俺は真っ白な世界にいた。
目の前には神々しい真っ白な法衣を着た、しわくちゃなお婆ちゃんが車椅子に座っていた。
「初めまして、木野樹聖。私は女神アルテミスと申します。まずは私の話を聞いてください」
お婆ちゃんは語り始めた。
俺が死んだこと、本当なら俺の魂は輪廻転生の輪に戻るはずだったこと。
それを自分が強引に召喚したこと。
俺がどうして死んだのか記憶になかった。後で聞いたら死ぬ直前の記憶は消されるらしい。
「勝手に貴方の魂を召喚してごめんなさい」
「えっと、アルテミス様はどうして私を召喚したのですか?」
「本当に勝手な願いなのですが……」
アルテミス様は、俺に天使となってもらい、最高神ゼウスが創るゲーム「ラグナロク」に参加して欲しいと言った。そこで神力を集めて欲しいと。
自分は消滅寸前であり、神力をほとんど持っていない。俺を天使にしても、最下級天使にしかしてあげられない。しかも、与えられる神力はたった1しか与えられない。
神力1。最下級天使の中でも最も弱い存在になるということだ。
さらに、ラグナロクが始まるまでの1ヶ月の間に、天使としての研修も無料で受けられる「一般研修」しか受けられない。神の世界にお金があるわけではない。有料の「特別研修」や「特殊研修」などを受けるためには神力が必要だ。
あの世は何をするにも神力が必要だったのだ。世の中は金だけど、あの世は神力。
そもそも、人間の魂を召喚して天使にするにも神力が必要だ。
最高神ゼウス様がラグナロクを創り始めてから、廃ネットゲーマーの魂は高い神力を消費しないと召喚できなくなった。人気が出たためだ。
アルテミス様は残された神力から、ぎりぎり召喚できるネットゲームの才能がある魂として俺を選んだわけだ。廃ネットゲーマーに比べて、俺の魂は安かったのだろう。
「私の天使となることは、貴方にとって不利でしかありません。遠慮なく断って頂いて構いません。その時は貴方の魂を、私が輪廻転生の輪に導きますので」
アルテミス様は、「もう1人ぐらい召喚する神力はありますから」と弱弱しく微笑みながらおっしゃったけど、嘘だってすぐに分かった。
消滅寸前といっても、あと10年ぐらいは大丈夫らしい。神にとっては一瞬の時なのだろう。
俺は特に信仰深い人間ではなかった。だから神様のために! とか思えなかった。
それでも目の前にいる、しわくちゃなお婆ちゃんの優しい顔。こんな優しい顔の女神様が消滅してしまうなんて嫌だなって思えた。アルテミス様のために自分の力を役立てることができるなら、それはもうやるしかないだろ! と思えたんだ。
「私はアルテミス様の天使になります! ラグナロクでアルテミス様のために神力をいっぱい集めてみせます!」
アルテミス様のしわくちゃな顔は、さらにしわくちゃになった。
泣いているように見えた。
「ありがとう。木野樹聖。貴方を、私の天使として迎えます。天使としての真名は「ルシラ」。ルシラに光り輝く道があらんことを」
身体を光りが包み込んだ。その光りはとっても優しくて温かかった。
光りがなくなると、新たな身体を得ていた。背中からは白い翼が生えている。
こうして俺はアルテミス様の天使となったのだ。
新人天使の最下級天使となった俺は「一般新人天使研修」をこの1ヶ月受けてきた。
これは、天使となった者全てが受ける無料研修だ。研修では主に、神力の使い方を学ぶ。
神力とは、神の奇跡を起こす力である! つまりラノベやゲームでいうところの「魔力」だ。
無料研修では本当に基礎しか教われない。有料研修では高度なことを教えてもらえるらしい。
ちなみに、無料研修しか受けていない天使は俺1人だ。みんな有料研修を受けている。
俺は同時期に天使となった者達から、「文無し天使」とからかわれた。
そんな周りの声は無視した。空いた時間は無料解放されている図書館で勉強して、自分の神力を少しでも上手に使えるように特訓していった。
しかし無視できない言葉もあった。我が主神アルテミス様に対する侮辱の言葉だった。
その言葉を吐いた奴らに俺は突っ掛かった。「お前いま何て言った?」と。
次の瞬間、真っ白な大地の上に俺は転がっていた。
同じ時期に天使になった奴らに、何をされたのかも分からなかった。
神力も奴らの方が高いだろう。そして神力の使い方も、奴らの方が上手いのだ。
「何をしている!」
転がる俺の耳に、美しい女性の声が聞こえた。俺のすぐ後ろにその人は立っていた。
逆さまに見える世界。見上げると、美しい模様が施された真っ白な鎧を着た女性が、馬鹿共を睨みつけていた。女性の鎧はミニスカートのような形状だった。
つまり見上げる俺から見えているものは……黒か、意外にセクシー系が好き?
「各々の主神より授かりし神力を、愚かなことに使えと習ったのですか?」
「も、申し訳ありません。」
美しい金髪、綺麗に整った顔、蒼い瞳、雪のような真っ白な肌。
そしてスラリとしたスタイルなのに実ってしまった2つの星。
む? 真下から見上げる星もまた格別だな。素晴らしい膨らみだ。
「まったく。ゼウス様の戯れのせいで、下品な天使ばかり増えて……」
ごめんなさい。俺も下品ですね。下からの素晴らしいアングルを堪能しています。
「貴方、大丈夫? いつまで倒れているの? どこか痛むの?」
「あ、いえ! 大丈夫です!」
俺は悟られる前に起き上がる。あ、やばい、ちょっと前屈みにならないとやばいか?
「貴方もラグナロクのために召喚された天使ね?」
「は、はい!」
「そう……見たところ神力があまり感じられないけど、仕える神は誰なの?」
「ア、アルテミス様です」
「え?! 貴方が!」
すごく驚かれた。神に最も近いとされるこのお方が驚くなんて。
大天使ミカエル様。女神ヘラ様に仕える天使。強さ、美貌を兼ね備えた天使だ。
「ミカエル、何をしているの?」
後ろからヘラ様に仕える天使達がやってきた。
みんな強そうだ。そして眩しい。輝き過ぎだろ。普段からそんな輝く必要ないだろ!
「……頑張ってね」
ミカエル様は俺の手をぎゅっと握りしめてくれた。
白くて滑らかな指。俺はミカエル様の手と指の感触を楽しみながら、それ越しに見えるたわわに実った膨らみも脳裏に刻み込むという離れ業をやってのけた。
俺の手を離すと、ミカエル様は仲間達のもとへと戻っていかれたのだった。
という、辛くも嬉しい出来事があった1ヶ月だった。
ミカエル様の柔らかい手と指の感触は覚えているし、セクシーな黒と膨らんだ星も目をつぶればすぐに再現可能なレベルで脳内保存されている。問題ない。
そしていま、ついにラグナロクの開始時間となった!
俺がここで神力を集めることができなければ、アルテミス様は消滅してしまう!
俺はやるぞ! 絶対にやるぞ! 俺を笑った奴らに、何よりアルテミス様を影で嘲笑していた奴らに見せてやる! 俺が神力を集めて、再び高位な神になるアルテミス様を!
「お?」 ラグナロク玉が光り出した。玉から最高神ゼウス様の声が聞こえてくる。
「わしが創ったラグナロクに参加する諸君。まずは参加してくれたこと嬉しく思うぞ。どんなゲームなのか一切公表していないにも関わらず、天使悪魔の99%が参加じゃ。さて、始める前に1つ。ラグナロクに参加する天使悪魔に主神から神力を渡すことをこの瞬間だけできるようになっておる。主神はラグナロク玉に神力を注いでもらえばよい。ただし、これは神力の譲渡になるため、その神力を失うことになる。くれぐれも注意されよ。渡された神力を使えば有利なキャラクターメイキングができるぞ。神力を渡し終えた者から、ラグナロク玉を手で触れてみるがよい。ラグナロク開始となる。ルールなどの説明は、ラグナロク内で行う。以上じゃ」
なんてこった。いきなり不利確定だ。アルテミス様は俺に渡す神力なんてない。
「ルシラ、ごめんなさい」
「大丈夫です。きっとどうにかなります。いえ、してみせます! それではラグナロクに入りますね」
俺はラグナロク玉に触れた。すると俺は玉の中に吸いこまれた。
気が付くと真っ黒な世界にいた。目の前にはラグナロク玉が光り輝き浮いている。
そしてラグナロク玉から声が聞こえてきた。最高神ゼウス様の声だ。
「最下級神アルテミスの最下級天使、ルシラ。ラグナロクへようこそ。始める前に伝えておくことがある。まずラグナロクの舞台となる世界は「ユグドラシル」じゃ」
ユグドラシル。知っているぞ。かつて存在した神の世界の1つだ。
「わしは世界を創った。つまりユグドラシルは本当の世界じゃ。そこには魂を持って生きる人間、亜人、動物、精霊、そしてユグドラシル内だけに存在する天使、悪魔がおる。時間加速を使い、すでにユグドラシルの世界は創造されて2千年の時が経過しておる」
おいおいおい、なんてことだ。ゲームじゃなくて本当の世界を創ったのかよ!
しかも2千年も経過しているだと! 本当に生きている、魂を持った生命がいるのか!
「さて、本当の世界ではあるがゲームの要素を取り入れておる。どのようなものなのかは体験しながら各自が確認するのじゃ」
本当の世界だけどゲームの要素がある。そして各自が体験して確認か……説明書なしで始めるゲームみたいなものか。どんな仕様で何が重要なのか見極める必要があるな。
「期間は1年。その間ログアウト不可能となる。主神との交信も不可じゃ。ユグドラシルで得た神力は直ちに主神の神力になるので頑張るのじゃ」
ええ! まじで! アルテミス様に状況を報告できないのかよ。
でも俺がユグドラシルで神力を得れば、すぐにアルテミス様の神力になるのは嬉しい仕様だ。
「キャラが死亡した場合は、その時点でログアウトとなる。再度のログインは不可能じゃぞ。プレイヤー同士で戦うことも可能じゃ。その場合、倒した相手の神力を奪うことができるぞ。あまり目立つと狙われるのでよくよく考えることじゃ」
PKありと。再ログイン不可だから、倒されたらそこで終わりってことね。
「ユグドラシルでの活躍を祈っておる」
最高神ゼウス様の声が止まると、目の前にキャラメイクの画面が表示された。
俺はそれらの項目を1つ1つじっくり見ていった。重要な情報を見落とさないように。
そして絶望した。
「なんだよこれ……無理ゲーだろ」
どう考えても無理だ。俺がラグナロクで神力を得ることは絶望的だ。
なぜなら、キャラメイクは主神から渡された神力を必要とするものばかりだったからだ。
名前、種族、職業、ステータス、スキル、装備などなど。
何をするにも神力を要求された。つまり俺は何もできない。
「笑っちまうな。キャラメイク画面で何もできないなんて。はぁ……仕方ない。無い物ねだりしてもだめだ。やるしかない。始めます!」
ラグナロク玉に向かって、俺は半ばやけくそな感じで伝えた。
ゲーム開始地点すら選べない。ランダムで勝手にどこかに降ろされる。
やばい猛獣に遭遇して一瞬でログアウトとかになったら、アルテミス様になんて言えば……。
しかしどれだけ待ってもユグドラシルに転送されない。あれ? どうした?
「なんじゃお前。神力を持っておらんのか」
ラグナロク玉から最高神ゼウス様の声が聞こえてくる。これは説明用の声じゃない。本当に話しかけてきている!
「は、はい! え、えっと、私の主神はアルテミス様でして……」
「む! そうか……アルテミスの天使か。そうか……。うむ、もう1度キャラクターメイキングの画面を見てみるがよい。特に種族の欄じゃ。よいな」
「は、はい? わ、分かりました!」
俺は言われた通り、種族の欄を見た。
人間以外にも様々な種族が表示される、人間以外を選ぶには神力が必要だ。
神力のない俺には無理……え? なんだこれ? さっきはなかったぞ!
種族の欄の一番下に突如表示されたそれ……その種族は……。
「木の棒」
神力なしで選べる種族だ。いや、種族といえるのか?
木の棒ってどういうことだよ。無機物じゃん。生きているのか?
木の棒でどうやってプレイするんだよ。動けるのか? どんな能力なんだ?
種族の木の棒を選択すれば、どんな能力なのか確認できると思い、選択してみた。
次の瞬間、ラグナロク玉から最高神ゼウス様の声が聞こえた。
「最下級神アルテミスの最下級天使、ルシラのキャラクターメイキング完了。ユグドラシルに転送じゃ」
俺は光り輝くラグナロク玉の中に吸いこまれていった。
こうして俺は「木の棒」として、ユグドラシルの世界に降り立ったのである。
こんな感じで、以前R〇のストレス発散に書いた「神のネットゲーム」の設定を入れ込んでみたわけです。
ですが、違うと思い全部無しにしました。
新しく書いている伝説の木の棒には、そもそも木の棒のレベルを排除して、ステータス画面も排除しています。
この話は、書きたいと思えたらきちんと別の話として書きたいと思います。




