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木の棒の裏話  作者: 木の棒
第2章 伝説の木の棒 後編
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第5話 たまには哲学を

後編は神話に乗っかると共に、ちょっと哲学っぽい考えを書いていきました。



自分とは何か? 神とは何か? 世界とは何か?




常日頃からこんなことばかり考えるのは疲れます。

それは哲学者と呼ばれるような人達がすることなのでしょうか、よくわかりませんが。



でも、たまには哲学的な考えをしてみるのも面白いです。


特に自分とは何か?をたまに考えるのは大切なことだと思っています。



自分とは何か?を考えて、自分とはこういう者だ!こうやって生きていこう!とかいろいろ考えても、考えた自分になれる人間なんてほとんどいないと思います。


人に優しくしよう!と思っても、人に優しく出来る自分とは何か?という次の疑問が出てきて、それに答えや定義をつけても、じゃ~そのためには……と永遠に続いていきます。


それでも、答えのない答えを考えてみる時間をたまに持つと、自分は確かに構成されていくと思いますよ。




後編は神様が出てきちゃいました。


さて、神様をどのような定義にするのか。


神様や天使をメインにした物語を書くとしたら、低位な天使ほどロボットのような存在で、高位な天使ほど人間臭くなって、神は人間になる……という設定しか思い浮かびませんでした。



結局、神様は不完全な人間という設定で、主人公とのやり取りで、子供達を祝福してくれるというオチになったのです。



神とは人間で自分である。

自分の中のいろんな自分を受け入れて、祝福されることが大事。


そう!祝福です!



自分の中の魂が祝福を受けるとは何でしょう?

もちろん、自分自身が自分を祝福することも大事です。



でも本当の祝福は“他人”から受けるものだと思っています。



他人のために、自分が何かをする。


自分のために、他人に何かをする。



どっちの考えでもいいと思います。

その先に、お互いを祝福し合えるなら。




答えのない問いを追い求めて……私はこれからあっちの世界の話を書いてきます!

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