第3章 「数十年越しの最終回」
それから数日後の土曜日、私は再び堺医大付属病院を訪れたの。
こないだの約束を果たすためにね。
「来てくれたんだね、京花お姉ちゃん!」
約束していた通り、中庭のベンチには緑と白のパジャマを纏った少年が腰掛けていたんだ。
小柄な痩身に、青白いけど利発そうに整った顔。
初めて会った時と全く変わらない出で立ちだし、何なら、小学生時代の父と一緒に撮った写真とも、寸分変わらぬ装いだよ。
−やっぱり欽也君、幽霊だったんだ…
突き付けられた厳然たる事実に、胸が締め付けられてしまうよ。
頭の中では、ちゃんと理解していたはずなのに。
「あれ、京花お姉ちゃん?そのオジサン、誰?」
私の隣に立つ人影を一瞥した欽也君が、怪訝そうな表情を浮かべている。
それも無理も無いだろうな。
「連れてきたよ、欽也君!ほら、分かる?クラスメートのノブ君だよ。」
私を信頼してくれる幽霊の少年を不安にさせないため。
そして私自身の躊躇いを振り切るため。
私は普段以上に快活な口調を努めて、隣に立つ中年男性を欽也君に紹介したの。
私の父である枚方修久−欽也君にとってのノブ君をね。
正直言って、不安で一杯だったの。
私のお父さんがノブ君の成長した姿であると、欽也君は理解出来るのか。
そして何より、私のお父さんは幽霊である欽也を見る事が出来るのか。
だけど、そんなのは杞憂だったね。
「驚いたな、キン坊…最後に御見舞いに来た時と変わらないじゃないか。」
「変わらないのは、ノブ君もだよ。目元の辺りなんかそのままだし。だけど僕、驚いちゃったなぁ。京花お姉ちゃんがノブ君の子供だなんて。」
至って当然のように、お父さんと欽也君はベンチに腰を下ろして、仲良くお喋りを始めたんだ。
親子程に歳の離れた二人だけど、その遠慮なしに親しげな様子は、仲の良い友達同士にしか見えなかったよ。
だけど欽也君は、私達父娘が想像していた以上に、自分の置かれている状況を冷静に理解していたんだ。
「そっか…僕が病気で死んじゃってから、そんなに長い時間が経っていたんだね。ノブ君が大人になって結婚して、京花お姉ちゃんを産んでいるんだから。妹の宮乃も、もう結婚したんだ…」
自分が既に亡くなっている事も、自分の病死が誰のせいでも無いって事も。
「心残りがあって、ついグズグズしちゃってたけど…やっぱり、成仏しなくちゃいけないよね…?」
そして、最終的な身の振り方もね。
それら諸々を正しく理解出来ていたから、欽也君は誰かを呪う悪霊にはならなかったの。
だからこそ、お父さんも私も、欽也君のために一肌脱ぐ事に決めたんだ。
「心残りって、これの事でしょ?」
私はカバンからノート型のDVDプレイヤーを取り出し、勿体付けた口調と手付きで電源を入れた。
「あっ、マシンオーだ!」
液晶画面へ映し出された映像に、欽也君の目は釘付けだったの。
それも無理はないよね。
だって私が家から持って来たディスクは、お父さんの書斎から借りて来た「鋼鉄武神マシンオー・コンプリートDVDボックス」の最終巻なのだから。
「ねえ、これって…」
「一緒に見ようよ、キン坊。京花お姉ちゃんが用意してくれた、マシンオーの最終回だぜ。」
歓喜と驚きの入り混じった顔で私達親子を見比べる欽也君に、お父さんは明るく笑いかけるんだ。
いや、「ノブ君」と呼んだ方が良いのかな。
だって今の屈託の無い笑顔ったら、古いアルバムに貼ってあった少年時代の写真にソックリだもの。
世界征服を企むサターン博士率いるメタル獣軍団と、地球防衛研究所が誇るスーパーロボット・マシンオーとの攻防戦を描いた、一年半に渡るテレビシリーズ。
そのラストを締め括る「炎の総力戦!鋼鉄武神よ永遠に…」は、ロボットアニメに興味のある人なら誰もが知っている不朽の名エピソードなの。
主君であるサターン博士に報いるため、最強最後のメタル獣の素体として自分の身を差し出すファントム男爵の忠誠心に、主翼を破壊された愛機を特攻させ、敵の要塞に潜入して内部から破壊する三木村マキコの大活躍。
それらの名シーンは懐かしアニメの特番でよく流れるし、ロボ系のテレビゲームでの再現頻度も多いから、リアルタイム世代じゃない私にも馴染み深い物なんだ。
「良いぞ、マシンオー!武神剣でプラズマ唐竹割りだ!」
だけど本放送の真っ最中に病死した欽也君にとって、マシンオーの最終回を見るのは今日が初めて。
前情報の無い新鮮な気持ちで見られるなんて、ちょっと羨ましいな。
「ここから先がカッコいいんだぜ、キン坊!」
初見である欽也君はともかく、本放送時を含めて何度も見ているはずのお父さんまで、あんなに興奮しちゃってる。
感性の豊かな子供時代に、自分のマスターピースと呼べる名作に出会えるというのは、本当に幸せな事だと思うよ。
だって、お父さんも欽也君も物凄く楽しそうだもの。
巨大ロボット同士の手に汗握る白熱のラストバトルと、悪が挫かれて正義が勝利する大団円。
そんなハッピーエンドの心地良い余韻に浸りながら、バラード調のエンディングテーマを聴くのも風情があるよね。
お父さんや欽也君も、きっと同じように思っているんだろうな。
それで何気なく、数十年振りの再会を果たした男子小学生コンビの方に視線を向けてみたんだけど…
「き、欽也君!身体が…」
私は思わず、素っ頓狂な声を上げてしまったの。
縦縞のパジャマを纏った少年の身体が、みるみる透き通っていくんだから。
「行ってしまうのか、キン坊…?」
「うん、もう思い残す事はないからね。病室のテレビで一人で見るより、ずっと楽しかった。」
かつてのクラスメートの問い掛けに、パジャマ姿の少年は深く頷いた。
私達に向けた欽也君の笑顔は、生きている少年と少しも遜色のない、親愛の情に満ちた快活な物だったの。
「ノブ君、京花お姉ちゃん…本当にありがとう。僕…二人と友達になれた事、忘れないよ…」
だからこそ、向こうの景色が透けて見えるのが、哀しくて仕方なかったよ。
ちょうどDVDの再生が終わった頃、欽也君は完全に消失した。
身体やパジャマといった目に見える物は勿論、声や気配さえもね。
「き、欽也君…!」
最後の名残りとして試みた握手は、不発に終わった。
延ばした私の右手が、ただ空を切るだけだったの。
あの時の虚しい感触が、未だに忘れられないよ。
−でも、あの虚しさもプラスに上書き出来るかも知れない。
そう思えるようになったのは、翌年のお正月だったの。
お父さん宛てに車塚家から届いた年賀状には、欽也君の妹さんに待望の第一子が産まれたという吉報が記されていたんだ。
年賀ハガキの表面には、昨年に生まれたばかりだという男の赤ちゃんの写真が印刷されていたんだけど、その子の顔は欽也君に瓜二つだったの。
それだけなら、「伯父甥の関係で似ている」って考えた方が自然だよね。
だけど写真の中の赤ちゃんは、早世した伯父が大事にしていたロボットの玩具を、満面の笑みで抱えていたんだ。
欽也君の妹さんが記した文面によると、試しに「鋼鉄武神マシンオー」のDVDを見せてみたら、物凄く上機嫌になったらしいし。
もしかしたら、あの赤ちゃんは欽也君の生まれ変わりなのかも知れないね。




