ゼツヤの隠れている切り札
「……強くなったな。ゼツヤ」
ダムアはとあるトーナメント会場の観客席の一番後ろに立っていた。
会場を埋め尽くすほどのプレイヤーが客席に集まり、行われている決勝戦、ゼツヤとリオの戦いを観戦している。
中には、今見ているものを誰かに伝えたくて、ボソボソと通話しているものもいるが、それでも、この熱狂の渦の中では、そんな些細なことを気にする人間はいない。
普段は試合など目もくれず、祭りを利用して稼ぐことばかりを行っていたダムアは、その試合を見て、すこしだけ、考えることがあった。
「見た瞬間から分かったが、やはり『REPLICA』をプレイしたことがあるのは、俺達、『玉座の騎士団』だけみたいだな。まあ、五百年前のデスゲームなんて、タイプスリップか転生でもしないとできないけど」
ダムアはフッと気を吐く。
寒い季節だ。吐く息は全て白い。
だからと言っては何だが、あの日のことを思い出す。
五人という少数精鋭でチームを組んで、頂点の座をほしいままにしたあの日のことを。
お互いに得意分野が畑違いだからと言い訳して、戦うことはなく、ただ、最強の二文字をリーダーに預けていた。あの日々を。
「あの日も、雪は降っていなかったのに、何故か積もっていたな……。ゲームのシステムが俺達に与えることが出来る強さの限界に達して、次にどうすればいいのかわからなくなって、それでも、『まだ先がある』って言い続けたのはお前だけだった」
ゲームと言うのは数多くのアップデートを繰り返すものだ。
だが、アップデートが行われないゲームもある。
作っただけで放置することが望まれるデスゲームは、そう言うものだ。
ただゴールに向かって歩き続ける。
それはいい。
だが、その奥にあるものに恐怖した。
昔から、演算し、理解し、そして生み出してきたゼツヤは、ダムアたちの中でも大きな存在だった。
「さて……」
「すまないが、それ以上の伏線をばらまくのは止めてほしい」
ダムアが振り向くと、そこには一人の男性プレイヤーがいた。
英語で色々書かれているTシャツのうえに、若干灰色っぽいパーカー。
黒いジーパンに真っ黒の靴下でスニーカーだ。
メガネをかけているが、だからといって知的な印象があるのかというとよくわからない部分がある。
「あんたは?」
「レルクスと言う名がある」
レルクス……。
「レルクスプログラムの作成者か?」
「ご想像に任せよう」
「そうか……」
レルクスは表情を全く変えない。
ばれてもいいと思っているのか、ばれておいた方が都合がいいと思っているのか。
二人はゼツヤとリオの試合を見る。
「なあ、レルクス。お前は、ゼツヤとリオのあの戦い、どう思う?」
「ゼツヤの本気を考えれば、ちゃちな話だ。確かに、リオが持つ運と言うのは、才能も努力も上から叩き潰す理不尽な力だ」
努力や才能が『何かをするために素質』だとするならば、運と言うのは『何が起こるか』を決める。
くじを引くことなら誰にでもできる。一定以上の金銭が必要だというのなら、地道な努力で貯めたり、才能を持って稼げばいい。
だが、運がなければ、良いものを手に入れることはない。
「ゼツヤが持つ、本当の切り札って、なんなんだ?」
「知りたいかい?」
「ああ。おそらく、アンタは知っている。だが、アイツは言いださないだろうし、使ったとしても俺達にはわからない。そもそも、言葉で説明できるのかが分からない」
レルクスの言葉に、ダムアは長々と理由を述べる。
レルクスはそれに対して、いや、その言葉をダムアが口にしたことそのものに対して疑問を持ってい無いかのように、言い始めた。
「ゼツヤの本当の切り札は、そうだね。言ってしまえば『神格演算』だよ」
「……『神格演算』?」
神格というのが、神の位置に匹敵すると言う意味であることは分かる。
だが、それがどういうことなのかが分からない。
「かなり早い段階で、ゼツヤはリオに制御人格を埋め込まれたことで、その力を振るうことはなかった。だけど、もうそろそろ、本体の方も、我慢の限界かもね。はっきり言って、もう本体が持つ力は、リオの限界を超えている」
「どういうことだ?」
努力や才能よりも、圧倒的な運を持つリオがいるからこそ、ゼツヤはその本体を出すことなく生きている。
いや、それは……俺達と一緒にいた時も、当時、すでに封じ込まれていたが、一体なぜなのかはわからない。
「ふむ、ダムア。質問するが、そもそも、ランダムと言うのはどういうものなんだ?」
「人の力で決められない結果のことだ」
「まあ、君の考えられる範囲なら、そう言うものだろう」
言い換えれば、人の力で決めることができない部分でリオは強者なのだ。
「なら、別の言い方があるのか?」
「そうだ。ランダムと言うのは、厳密に言えば、『人が認識・予測できない領域で発生する現象』のことだよ」
「何が違う?」
言っていることは同じのような気がしなくもない。
「全ての現象には、それを解明する法則が存在する。科学の歴史は進歩するが、逆に言えば、進歩するということは、まだ人類は、自らの先にある法則を発見出来ていないということだ。まあそれはいい。問題なのは、法則が存在しない現象はないということだ」
「……スケールの大きい話だな」
「ゼツヤの神格演算は、そう言ったスケールの大きい話に踏み込むだけの価値があるということだ」
レルクスは一息ついた後、続ける。
「そうだね……サイコロを振った時、1が出る確率は六分の一だ。これは変わらない」
「ああ……」
「コイントスで表が出る確率が二分の一であることも変わりはない」
「そうだな……」
「だけど、ゼツヤの神格演算をもってすれば、その確率すら変更される。使いこなすことが出来ればの話だが」
「は?」
「全ての現象が原則、原理を超えることができないとするならば、最初から最後まで計算することが出来れば、全てが分かる」
要するに……。
「『全ての物理学を総動員して必要な計算が瞬間的に行えるなら』……コイントスをして、表になるのか、裏になるのかは、コインが空中にある時点で把握することが出来る。ということか?」
「そうだ。そして、それに加えてすべての心理学を用意して、見える相手の肉体からすべての運動能力を演算して把握できるのなら、『振る前からコインがどちらに向くのかが分かる』」
「……不可能だろ」
「普通なら不可能だ。もしそれが可能であるなら、人の身でありながら『アカシックレコード』になれるということだからね」
「なら、ゼツヤは『アカシックレコード』になれるって言いたいのか?」
「可能性はある。なぜなら、神格演算をもってすれば、それほどの情報処理ができるからだ」
ダムアは絶句する。
そして、その結果に納得する自分がいることに驚愕する。
「だが、現実的に考えると、逆に無理なんだ」
「え……」
「知る方法が無いからだ」
言われてみれば当然のことだ。
知らないものは知らない。
レルクスが持つ何かみょうな雰囲気にのまれていたが、基本的なことだ。
知らないことは知らない。
「彼が持つのは演算能力のみ。それを発揮できるだけの入力装置が存在しない。神格演算を持つ彼とはいっても、今、目に見えているものだけですべてを判断することは不可能だし、そもそも、その域に達していない」
「達していない?」
ダムアの疑問に対して、レルクスは迷うことなく例を出す。
「レベルを下げて考えるが、108円のものが5個あったら合計で何円だ?」
「540円だろう」
「どうやって計算した?」
「もちろん掛け算だ」
「なら、なぜ掛け算を使った?足し算でもいいだろう。108+108+108+108+108でも別にいいじゃないか」
「掛け算の方が早いだろう」
「何故早いんだ?」
「それは……そういうものとして定義されているものだろう。『繰り返し和をとる』とかそんな感じだったと思うが……」
……いかん。このままでは泥仕合だ。
というかそもそも、レベルを下げて考えると言っていたじゃないか。
「……要するに、ゼツヤの脳は現在、その……難しい計算を簡単にするための式や法則を編み出しているが、まだ、神格演算を使いこなすほどの法則を揃え切れていない。ということか」
「そうだ。そしてその域に達すれば、不確定と言われているすべてが計算可能になる」
「人間に可能なのか?」
「その答えは保留にしておこう。ちなみに、彼は『先天性集中力過剰症』だと自分で言っているが、それしか自分の脳の中で該当する言葉がなかったというだけで、すべては神格演算の副作用だ。周りの声が聞こえないほど集中している時、ゼツヤの脳はその法則や理論を頭の中で構築している」
「計算ではなく、その先、構築だったのか」
どうりで異様に長いわけだ。
「さて、僕の話はこのあたりで終わりにしておこう」
「……と言うことは、まだ言っていないことがあるのか?」
「もちろんだ。君たち五人がそろった時、そのあたりがちょうどいいだろう」
レルクスはダムアに背を向ける。
ダムアは何かを言おうとしたが、その時には、レルクスはいなくなっていた。
「……いきなりスケールの大きい話をしやがって……」
ダムアは溜息を吐いた。




