絶対的な風格
当然といえば当然だが、ゲームに出てくるモンスターに感情はない。
あったとしても、『そういう性格の設定』という前提というだけの話なのだ。
結果的にそれ以上のことはないので、モンスターとの戦闘では、駆け引きが必要となってくる。
相手のことを考えるよりも、フェイントやブラフを仕込むだけでいいのだ。
ぜツヤたちがORAKURU・ZEUSUと戦ったとき、人が動かしているのではないかと推測したのはそういう理由もある。
しかし……。
「なるほど、ボスモンスターであろうとも関係はないようですね」
セトナの前にいるモンスターは、明らかに、セトナのことを恐怖している。
感情など設定されているはずのないヤギの巨人は、盾と剣を構えたセトナから遠ざかるような間合いのとり方をしていた。
「『セイント・アーケイオン』」
セトナがそう言うと、盾の紋章が光って、そこから光線が放出された。
そして、巨人を焼く。
倒れたと思ったら、ポリゴンとなって散っていった。
「不思議なもんだ」
「そうでしょうか?」
セトナは首を傾げる。
その仕草も様になっているというか、気品を感じるのだ。
彼女のエッセンス・スキルもそれを後押ししているのだろう。
プレッシャーの出力を調節することで、風格の質がやや変わるのだ。
「感情のないモンスターにも、威圧が通用するなんて話、聞いたとしても眉唾ものだと言われるだろうが。こんなものを見たら、もう本物だと思うしかないからな。俺はできたことはないが」
オーバーライドで設定したことはある。
だが、それでもモンスターには通用しなかった。
「時々、困ることもありますよ。このスキルは」
「まあそれもそうだけどな」
小さい頃は、たしかにある程度の影響しか与えることはなかったし、出力も大きくはなかったため、言ってしまえば『成長しようとしている子供』としか思われないのだ。
だが、成長した今、身長もそこそこ高くなり、顔立ちもそれ相応のものになってきた。
胸だって当然であるかのように大きいしな。それに、王女という立派な肩書もある。
ちょっと出力を間違えると恐ろしいことになるのだ。
寝起きの際はメイドをビビらせ、食事のときはコックが震えて、誰かと話すときは相手が萎縮する。
街に出たら子供が泣き出すのだ。セトナは本来子供好きなのでこれはキツかったようだ。
「まあ、あのときに比べたらいろいろな意味でおさまってるけどな。感情調整でもやったのか?」
大企業の重鎮とかが時々やっている噂を聞く程度のものだが、そういうプログラムが存在する。
プログラムを受けたものが何人か集まったとしても、全員が同じに見えるほど、という話もあるくらい凄まじいらしい。どういうものなのかは知らないが。
「ええ、もちろん。でなければ外も歩けません」
感情調節ができたとしても、彼女のエッセンス・スキルである『絶対的な風格』は彼女の本質として持っているため、オンオフができるというだけでいつでも可能だ。
苦労しているのはわかっているが……まあ、だからといって何かができるわけではないがな。
「しかし、プレイヤースキルの一時的な機能不全って……面倒な効果だよな」
全く使えない分性質がわるい。
「私は役になっていますよ。色々ゲームはありますが、ほとんどの場合でこれが通用しますから」
「でしょうね」
ゼツヤとしては色々と自重してほしい部分ではあるのだが、それを言っても無駄だ。本人もこのスキルからは離れることができないのだから。
「それにしても……まさかあなたに彼女ができるとは思ってもいませんでした」
「君がそれを言うのか?」
「ええ、私も時々、あなたを狙っていますから」
「ちょっと待ったああああああ!」
ミズハは息を切らしながら走ってきた。
……サターナを引きずりながら。
「ゼツヤ君を時々狙っているって言ったね。私は許さないよ!」
「……それはそれとして、何故ここが?」
「勘だよ」
セトナは小さく『理不尽な……』とつぶやいた。
ゼツヤから言わせれば『お前が言うな』と言いたいのだが、まず聞いておくことがあった。
「ミズハ。なんでサターナを引きずっているんだ?」
「え?ああ、近くにいたから巻き込んでおこうかなって」
そんな理由でここまで引きずられていたのか。
サターナは腰をさすりながら立ち上がる。
「ふう、HPが0になるかと思った」
「ポーションいるか?」
「貰おうか」
ポーション投げ渡すと、一気に飲んでいる。
もう全て回復したはずだ。
「ふう……で、どういう状況だ?」
【状況説明中(ゼツヤもそこまでよく分かっていないが)】
「なるほど。わからん」
その程度がちょうどいいと俺も思う。
「で、そちらが噂の王女か」
サターナはセトナを見てそういった。
「ええ、はじめまして。セトナです」
「サターナだ」
「私はミズハだよ。それで、狙っていたってどういうこと?」
「言葉通りの意味ですよ。わたしは色々と強引に通せるくらいの発言力と権限がありますから、相手が私の意見なしに確定することはないのです」
牛耳ってんじゃん。いろんな意味で。
「エッセンス・スキルか何かあるのか」
「ええ、このような感じです」
一瞬だった。
一瞬ではあったが、全出力での威圧だった。
「あ、あれ?」
ミズハはペタリと地面に座り込んでいる。
プレッシャーに当てられたか。
だがまあ……。
「なるほど、理解はした」
サターナには、ほとんど効いていなかった。
「凄いですね。今の私の全力なのですが」
「凄まじいレベルのプレッシャーだが、本気になったこいつより数段マシだ」
サターナはゼツヤを指差して言った。
「おい、そりゃどういう意味だ」
「言葉通りだ」
そっけなく返された。
「しかし……すごい威力だな」
ゼツヤはミズハに手を貸すと引き上げる。
そして、周りを見る。
今までこの場所は草原だったはずだ。
だがしかし……。
「データでしかない植物にすら影響を及ぼすとは……」
理不尽というより、これは……なかなか面倒だ。
あたり一面は、荒野になっていた。




