仮想探偵アルモ
少々広めの、書斎のような部屋。
三人の男性と、二人の女性。
いずれも、ファンタジーのような恰好だ。
その六人に対して、トレンチコートの少年が、口を開く。
「さて今回の、『盃の風』が手に入れたクエストリワードが、いつの間にか消失していたということだけど、その真相が分かったよ」
少年『アルモ』は、そう言って話し始めた。
だが、それに対して、男性のうちの一人、盾持ち前衛である『ガンマ』が、いらついた口調で返答する。
「だから、外部のプレイヤーの仕業だって言ってるだろ!」
「いいえ、そうではなく、犯人はあなた達の中にいるんですよ」
ガンマの怒声に、アルモは平然と答える。
全く怒りに対して反応しておらず、なれている感じだった。
「今回の状況を整理しましょう。まず、昨日の昼頃、あなた達は、素材収集クエスト『コイルストーン十五個の納品』というクエストを発注した。コイルストーンは、中級草原エリア『ブルーカーペット』という、青草の草原で、探索魔法『ストーンサーチ』を使うことで、地面の中に埋まっていることを発見することが出来る。ただし、この魔法を使った場合、ストーンサーチよりもレア度が低く、さらに個数の多い『テンペルストーン』まで探知してしまうと言うものだね」
「そうですけど……」
女性である、土属性魔法使いである『テルル』が、小さな声で答える。なお、このパーティーに入ったばかりのプレイヤーだ。
「昨日の夕方、あなた達は、コイルストーンを十五個集めて、民家に行ってそれを渡した。その時のクエストリワードは、まず中級ポーションが、二種類あって計五本。これは、その民家に住む老人が、調合師であるという設定から来るオマケであり、あなた達の本命は、『コイルストーン』よりもレア度の高い『デュークストーン』二個を手に入れること。ウィークリークエストにしては破格報酬だから、中級に上がったばかりの人はもちろん。上級プレイヤーでも、小遣い稼ぎで行く人はいるね。上級プレイヤーなら、職業やスキルにもよるけど、このクエストは一人で行っても10分もあれば集められるから」
「へぇ……そうなのか」
片手剣装備の男性である『リベロ』が頷いた。ちなみに、彼がパーティーのリーダーだ。
なお、ウィークリークエストと言うのは、一週間に一度しか受けることが出来ないということだ。
「そして、君たちは、確かに受け取ったはずのクエストリワードを、一度、宿屋のパーティーボックスに入れた。これが、午後五時ごろ、その後、近くのNPC運営の喫茶店に入って、三十分ほど滞在。宿屋に戻ってきてボックスを見ると、クエストリワードがなくなっていた。他にもアイテムはあったが、それらはなくなっていない。だよね」
「確かにな。あの時、全員のアイテムストレージも確認したんだ。間違いないぜ」
弓を背負った青年である『フブキ』が言った。なお、最初にパーティーボックスを確認したのは彼だ。
「そして、今日、このままだと空気が悪いからって感じで、僕のところに依頼が来た。そして、僕が来た。この間まで、一晩あったが、宿のログを見ても、誰かが部屋を出たという記録は残っていない。ということだね」
「そういうことになります。ぎくしゃくしたままなのは、やっぱり嫌ですから……」
槍使いの女性プレイヤー、『ミラナ』が言った。なお、依頼をインスタントメールと言う、名前さえ分かっていれば届けることができるメールを出してきたのは彼女である。
「さて、まあ、穴があるとすれば、君たちがクエスト終了後、喫茶店に行って、三十分ほど滞在していたことだね」
「そうだ。だから、その間の三十分の間に、誰かが部屋に進入して、クエストリワードを持ち去ったんだろうが」
ガンマがまだ叫んでいる。
「まず、まあ個人的な意見を言わせてもらうなら、それは割に合わない」
「どういうことなんだ?」
リベロが首をかしげる。
「先に言ったが、まず、上級プレイヤーなら10分で集めることが出来る素材たちだ。普通に自分で取りに行く方がいいと思わないかい?」
「だが、現実に盗まれてんだってーの。初心者が盗んだんじゃねえのか?」
ガンマ……まだ言うのか。まあいいけどね。
「まず、この世界で、宿屋に進入してパーティーボックスからアイテムを入手するということ自体、生半可なことではないんだよ」
「でも、初心者でも、たまに盗まれるって話は聞いたことはあるよね」
ミラナが言うが、その情報の掲示板によるのだがな。
「ミラナさんが言っているのは、プレイヤーホームの話だよ。家を買うときに外部プログラムでセキュリティーシステムを買わないと、鍵なしの家と変わらないんだよ」
「そ……そうだったんだ……」
テルルが唖然とした。
ちなみに、悪質な不動産プレイヤーは、これで儲けている。
「その点、宿の場合は、毎日払う必要はあるけど、セキュリティーはしっかりしている。それとね。パーティーボックスのセキュリティーも、かなり保証されている部分がある。初心者プレイヤーに手が出せるものじゃないんだよ。そもそも、初心者プレイヤーがこの町に来るのは生半可なセンスでは無理だし、盗んでいる暇があったらフィールドに行った方が稼げる。『テンペルストーン』を手に入れてしまうことは多いけど、需要はそれなりにあるからね」
まあ、本当に侵入してきた可能性も、最初は否定できなかったが、話を聞いているうちに分かった。
「とにかく、外部から盗まれた可能性は限りなく低いということを認識したうえで、話を戻そう。君たちが喫茶店に入っていた三十分間に何があったのか、という話になる」
「おい、犯人は分かっているんだろ!さっさと言ったらどうだ!」
ガンマが叫んだ。
「それなら、犯人を教えよう」
アルモは指さした。
「テルルさん。君だよ」
全員が土魔法使いであるテルルを見た。
「わ、私はやってない!」
「まあ、そう言うのは分かっているよ。あと、僕の推理は終わってない」
とりあえず、と続けた後、アルモは再び口を開いた。
「君がやったのは、まず一つ目、昨日、誰も見ていないときに、あらかじめ、パーティーボックスの設定の内、『ショートカット設定』の部分に『新規アイテム三種類回収』を、『ウィンドウ設定』で『消音』をそれぞれ設定する。今見れば分かるよ。設定時間は、昨日の素材を入れる前の時刻で、設定者は彼女になっているはずだ。それも、消音設定は、彼女が開いた時限定と言うおまけ付きでね」
ガンマがパーティーボックスに飛びついて、設定を確認する。
「……本当だ。昨日の朝。テルルが設定したことになっている」
「……だが、テルルは、部屋を出たのは三人目だ。そんなことをする時間はなかったはずだぞ」
「いや、みんなが部屋から出るときにやったのではない。みんながいれることを確認して、全員が顔を見合わせて喜び合ったタイミングでやったんだよ」
「……そ、そんなに早く出来るものなのか?」
「慣れれば見なくても一秒もかからないし、彼女はローブ姿だ。ローブの上からでもウィンドウを呼び出すことはできるし、それだと周りの人間もわかりにくいだろう。あとは、何食わぬ顔で過ごせばいいだけど話だ」
「で、でも、それから部屋を出るまでに、みんなが確認しないとも限らないじゃない!」
テルルが叫んだ。
「問題はない。君自身のウィンドウ設定として、まず『消音設定』を、さらに、パーティーボックスに対する設定として、『新規アイテム三種転送』をすればいい。パーティーボックスへの転送は、ボックスのある部屋なら可能だからな。逆は近づかなければ無理だがな」
「……テルル。見せてもらってもいいか?」
フブキがテルルに言う。
テルルはしぶしぶと言った感じでウィンドウを開いた。
「よ、よし、そんなものは設定されていないぞ!」
「予測済みだ。じゃあさ。設定ログを見てくれ」
こんどこそ、テルルの顔色が変わった。
「せ……設定されてる」
「お、おい!待てよ、今そのクエストリワードは、一体どこにあるって言うんだ!?俺達は部屋から一歩も出ていない。それはテルルもだ。あの後、お互いの部屋までチェックしたんだぞ!」
「まず聞くが、この宿屋にしようと決めたのは彼女だよね」
「そうだが、だが、それに一体何の意味が……」
「それは彼女の部屋に行ってみれば分かるよ」
「ふざけてるのかお前」
「そうすればわかるよ。何故なら、実物が彼女の部屋にあるんだから」
「な……」
「どうするんだい?」
迷った末、リーダーであるリベロが行くことを決めたため、行くことになった。
まあ、さすがに中級の宿と言うこともあって、アパートレベルだ。
「どこにあるって言うんだ?お互いに、部屋の中は探したはずだが……」
「それはもちろん、ヒントは、彼女が土魔法使いであることだ。あれだよ」
そこにあったのは、ベランダであった。
花はそこまで植えられておらず、何回か掘り返された跡がある。
「じゃあ、あそこに……」
「そういうこと、それじゃあ僕はもう用はないから、あとは好きにしてくれ」
そういって、アルモは彼らに背を向けた。
「は?」
「勘違いしているようだが、もう、君たちの知りたいことは分かったはずだよ。裁判官としての判決を出す必要があるわけでもないし、警察として逮捕するなんて、この世界ではないしね。僕が受けた依頼は、今回のことについて解明することだ。もう、あのベランダに実物があることは、確認しなくとも明白だ。ここからは僕のやることじゃない」
アルモは歩いていたが、ふと足を止めると、彼らの方を見る。
「そして、テルルさんの動機だが、デュークストーンを10個集めて、ある程度の金額……まあこれ、クエストリワードの五回分の報酬のポーション25本をNPCに売った金額と同じなんだけど、NPCの錬金術師に頼めば、レア度が結構上の鉱石『ルナードストーン』と言うものが手に入る。魔法攻撃力を高める杖の素材にぴったりの素材だ。このゲームの黎明期にはなかったものだけどね。彼女の狙いは、今回のことを利用してパーティーを解散させて、今度はまた別のパーティーに入って続けることだったんだとおもうよ。まあ、僕のような存在がいることは、彼女にとって想定外だったはずだ」
再び歩き始める。
「僕の今日の出番は終わり。仲直りするもよし、追い出すもよし、全ては君たち次第だ。これからも、『仮想探偵アルモ』を宜しくね。あと、僕は情報屋もやっているから、レイクさえ持ってきてくれれば、それ相応の情報も教えるよ。中には、三日もあれば、君たちの実力でも『ルナードストーン』を手に入れることが出来る情報も扱っているから、気が向いたら聞きに来てよ。それじゃあ。また会おう」
アルモは振り返らずに、宿屋から出ていった。
さて、今日の依頼も、完遂である。
「さて、明日はどんな依頼が来るかな……ん?メールが来た……ほう、師匠からか。生産の素材の情報でもほしいのかな。情報収集力は僕の方が上だし、行ってみるとしよう。そう言えば、オラシオンの方じゃなくて、『モルモード』の方にあるプレイヤーホームにいるんだな……他の弟子は今はいない感じか。暗号解読でもしているのかな、師匠、苦手だった筈だけど……」
アルモはそのまま、町の転移ゲートを目指した。
「一体どんな内容なのかな。一番弟子にして最強の懐刀の実力、しっかりと出さないとね」




