蜘蛛の糸も束ねるとすごい
【地下2階】
地下一階がホラーだったので、これからもホラーが続くと思っていたのだが……。
「森だな」
ゼツヤの呟きが響く。
そう、森なのだ。とてもホームの中とは思えないほどに木々が生い茂っている。
「可能なんですか?こんなこと」
「NWOでは、『今目の前で起こっていること』は全て『可能なこと』だと覚えていた方がいいよ」
というか、実質、ゼツヤのホームには森林がある。まあ、もともとがフィールドで、そこから『ホームになるような地下を作った』ので、少々規格外だが。
「というか、天上高すぎませんか?」
レイジが呟く、まあ、傭兵プレイヤーだったのだからいろんなところにも言っているだろう。中に入ったことがあるかどうかは別として、少々規格外に見えているはずだ。
「別に不思議ではない。NWOの世界は、深海12000メートルや、上空15000メートルにだってダンジョンは存在する」
全員が驚愕する。
「ゼツヤさんは言ったことあるんですか?」
「あるよ。ソロで」
「ゼツヤさんも規格外ですね。いろんな意味で」
「知らんな。だが、一ギルドがやれる限界と言うものも当然ある。この規模の森があるということは、かなりの出費だろうな。ホーム内に関して『維持費』があるわけではないが、作るだけでも相当のものだろう」
「ここまでする必要性ってあるんですか?」
「それは俺の専門外だな」
ゼツヤは自分の左腕を見て、そのそでの下にあるであろう腕輪に視線を当てる。
装備されているのは『マスターブレスレット・オブ・ジャッジメント・レイ』と言うもので、光属性魔法。『ジャッジメント・レイ』の『使用権限』を得る腕輪。
このアイテムは、主にホラーダンジョンに潜る際に重宝されるものだ。
簡単に言うなら、『スクロール』の『最上級強化アイテム』と言っていいもので、MPの使用量はそのまま本来の『ジャッジメント・レイ』と同じで、魔法の規模は固定されているが、スクロールと違って何回でも使用可能であり、装備していればいつでも使える。
さらに、このアイテムには、本来の魔法にはないメリットがある。
対魔法最高魔法『スペルバーストフィールド』
楽ではないが、時間をかければ取得可能な魔法であり、強大なメリットを持つ。
その効果は『対象者の魔法の使用、及びスクロールの使用を無効化する』と言うものだ。
発動対象は、個人を対象にではなく、範囲を対象とするもので、敵味方関係なく、すべての魔法が使用不可能になる。
だが、このアイテムは違う。
『使用権限』と言うのは、『いついかなる状況や状況においても発動することが許可される』と言う意味である。
圧倒的な対抗性能を誇る『スペルバーストフィールド』においてもそれは有効であり、発動を可能にする。
だが、このジャンルのアイテムには欠点がある。
『モンスターのもっともダメージを与えられる弱点属性でない場合、このアイテムに装備することによって使うことができる魔法のダメージは1割になる』と言うものだ。
簡単に言えば、先ほどまでの『死霊系』であれば何も問題はないのだが、おそらくこの層から出てくるであろう『獣系』にはほぼ無意味だ。
「変えておくか」
「え、変えておくって、何かあったんですか?」
ミラルド、君って結構耳がいいんだね。
「ああ、まあそれは……」
そのとき、モンスターが出現した。
3メートルくらいはある『熊』だった。だが、目が非常に血走っている。
「少々全体的な装備のポテンシャルが足りないかなって思っただけだ」
まあ、倒せたんだけどね。
だが、少々困るな。アクションスキル。何回使ったかわかったもんじゃないし。
「つ……強かったですね」
「あれが一般的に出てくるのかよ」
君たちちょっと甘すぎないか?
「ブリュゲールはかなり野心的なギルドだけど、運営にかかわっている幹部はかなりの知識人の可能性があるって言われているんだよ。ただの力でどうにかできるほど、このゲームは甘くないからな」
と言うことで、装備を『貸した』……って言うか、もともとこうするつもりだった。
「な……何なんだよこの性能」
「しかも、全部『オラシオンシリーズ』じゃねぇか……」
スレイヤとサベイジが声を漏らすが、ゼツヤとしては普通である。
「普通なら1つ持っているだけでもかなりのものなのに……」
作ったのは俺だもんな……。
「とは言うが、かなり黎明期に作った物だから、最高傑作とはかなりの開きがあるらしいぞ?」
「これ以上の武器がたくさんあるってことか……」
「何か常識が崩れていきますね」
「ゲームバランス崩壊しないかな?これ」
いや、そこにアイテムとして存在する以上、それは崩壊するほどのものではない(たぶんだが)。それに、今でも新しいエリア、新しいモンスターが出現しているので、そう言った部分がかなり緩いのだ。
ちなみに、モンスタードロップから取れる超超レアアイテムには、ゼツヤの武器に匹敵、または超えるものがあってもおかしくはないのだ。なぜなら、生産と言うのは、『プレイヤーの研究によって』生み出されるのであって、そこには限界があるからだ。だが、ゲーム内のドロップアイテム、言い換えるなら、『運営が設定するアイテム』にそんな縛りはない。
「ま、いいってことだ。……この攻略が終わったら返してくれよ?」
「分かってます。それに、もともとタダで受け取れるものではありませんし、レイクで払おうにも足りませんから」
よくわかっているな。
「まあいいさ、進むぞ」
「はい」
その相手に腕輪を変更しておくのも忘れない。
今度は『マスターブレスレット・オブ・ボルケーノ・クインテット』だ。
5本の炎柱(線ではない)が一気に襲うというちょっと考えたくない魔法である。
その後も一気に進んでいたが(戦闘なんてほとんど一撃か、そうじゃなくても数発で終わるので描写するところがない)、かなり順調だった。
「みんな結構レベル上がってきているな」
「ここのモンスターは強いですからね。……私たち基準では」
まあ、そうだろうな。
だが、そうなると、ブリュゲールの本拠地で出現するモンスターは全て、『経験値で出来たモンスター』と言うことになる。
NWOでは、『モンスターをテイムする』と言うシステムがない。召喚獣ならいくらでも(限度アリ)出せるのだが、そもそも、フィールドやダンジョンに出現するモンスターを仲間にするというシステムが存在しない。こういった、ホームに経験値を手に入れることが出来るモンスターが大量にいるということは、『経験値』で作られたモンスターだけなのだ。
だが、12人に振り分けられて(レベルの高い順に優先度とかがあるわけではない。全員均等にもらえる)レベルアップができるとなると、そもそも経験値がかなり必要になる。なぜなら、生み出す際の経験値と、もらえる経験値は同じ数値だからだ。
「あまりにもバランスがおかしいな……モンスターの出現に関して、俺にも知らないアイテムがあるのか?」
あっても不思議ではないし、仮に発見しても、今度は自分で作ろうと思うだけだろう。
普通に正攻法で行くとするなら、『経験値』を使うのが普通なのだが、それだと莫大な量が必要だ。いくら狩場を独占しており、スクロールで効率よく狩れると言っても限度はあるだろう。
可能性があるとすれば……『悪魔像』か。
ゼツヤのホームはフィールドに穴をあけ……ゲフンゲフン、まあそう言った感じで作ったので、何もしなくてもモンスターは出現する。だが、それではホームの意味が無いので、『女神像』と言うものを制作し、モンスターが出現しないようにしているのだ。
補足するが、全ての『女神像』が『モンスター出現禁止』の能力を持っている訳ではない。
これとは逆に、『悪魔像』と言うものがある。
モンスターを出現させる能力があるわけではない。モンスターのみ、そのパラメータが上昇する。と言うものだ。
主な活用方法としては、『弱いが大量に出現するモンスター』が出現する場所において、範囲攻撃を連発すれば経験値が家族度的に増えていく、無論、そもそもレベルアップがしづらいゲームなので簡単ではないが。
そもそもがデメリットアイテムなので、女神像とは違って普通に手に入れることが出来る。
それを使えば可能であり、そのランクが高ければ、出したモンスターであれば問題ない。
だが、この悪魔像は、『サモナーが適正レベルの場所で戦う場合の召喚モンスターの強化』に使われることはない。相手ももちろん強くなっている訳で、そうなるとかなり苦労するからだ。
「まあ、それが妥当か」
地下一階の骨騎士のことも頭に入れると、その方法が有効か。
おもえば、何で今まで分からなかったのだろうか……自分で不思議である。
まあ、いままでつかったことはほとんどないし、ホームで使ったら大パニックになること間違いなしなので、あまり縁のないアイテムだが。
「まあいいか」
このとききがゆるんだゼツヤだが、それはいけない。
ミラルドがいた地面が、パカっと『割れた』のだ。
大胆なトラップだな。と思うゼツヤだった。
全員が驚愕する中、ゼツヤは走り出して、落下中のミラルドを抱き寄せる。
そして、懐にあった直方体(結構小さい)を取り出すと、真上に向かってスイッチを押す。
すぐさま先端部分が飛び出して、穴のふちに直撃して止まる。その2つには糸があった。
「危なかった。おーい。ちょっと引っ張り上げてくれー!これ自動で巻き取る機能ないんだよー!」
ゼツヤが穴の中から叫ぶと、ちょっとずつ糸が巻き上げられていく。まあ、糸なのでちょっと上げづらいかもしれないが。
「あの……ゼツヤさん。これ、切れたりしませんよね」
「ミラルドのアバターの体重が530キロ無い限りは普通に安全だ」
「失礼すぎますよ!で、どういうことですか?これ、ワイヤー何ですか?」
「ワイヤーだと、落下を止めた衝撃で切れるだろうね」
この世界のワイヤーは、思った以上にもろいのだ。
「じゃあ、何なんですか?」
「蜘蛛の糸だよ」
「なおさら切れるんじゃないですか?」
「ただのクモの糸じゃないさ。19万本のクモの糸を、特殊なパターンで編みこんでる。そうだな。計算上は、600キロくらいまでなら問題ない」
素材に使っている蜘蛛の糸を出している蜘蛛は、変わったアルゴリズムをしている。
『マッドネススパイダー』という固有名を持つ超難関ダンジョンに生息する蜘蛛であり、この世界では珍しく、現実にいる蜘蛛とほとんど変わらない大きさである。
その行動は『暗く細い道に入り、進み続けることを優先順位とする』と言うもので、奇襲をするためのものだが、これはうまく利用すると、殺さずに捕獲することが容易である。
ベルトコンベアーのようなものを作り、全てのクモの習性である『糸を出しながら進む』と言うことを利用して、あとは自動的に巻き取る装置を作る。そうすることで、糸を継続して入手することが出来る。
だが、それでも頑丈さが足りるのかどうか、疑問に思う人もいるだろう。だが、もともと蜘蛛の糸と言うのは、ナノ単位の繊維で作られた特殊なものであり、同じ太さなら鋼鉄をもしのぐ。天然のファイバーである。
実際、蜘蛛の糸を利用した防弾ベストの開発も、そこまで優先的にではないがすすめられている。
だが、それを編み上げるというのは異常である。
NWOに『複雑な機械』と言うものは存在しない。ほとんどが手作業で行われる。
蜘蛛の糸を編み上げるというのは一般人からすれば無謀である。だが、ゼツヤはそれを達成した。
見た感じ、細い糸のように見えるが、実際はかなり強靭である。
「そんなものがあるんですね」
「製作期間は1日8時間取り組んで1週間だ」
それもそれで異常だが……。
まあ、何とか引き上げられた。
「ふう、助かったぞ」
「いえ、こちらこそ」
進んで行く。
「あの、ゼツヤさん」
「どうした?」
「ゼツヤさんって、武器や防具、アクセサリーや消費アイテム以外にも、いろんなアイテムを持っているんですね」
「便利だからな。細くて強い糸っているのは、たまに使う場面があるから、ま、甘く見ない方がいいぞ」
空を飛べる魔法は存在しないのだから。
「さ、この森は特に何もなかったな。次の階層だ。行くぞ!」
「「「「「「はい!」」」」」」
PCが使えなくて一日遅れてしまった……。




