第51話 気に入らないだけ?
「ふっ、ふっふっふ……」
「アルフォンス様?」
「いや、昼間の事を思い出してしまって」
高級宿の一室で本を読んでいたアルフォンスは、何かを思い出し、小さく笑った。
昼間の事。
その言葉を聞き、ゴルドは一応耳に入っていた内容が頭に浮かんだ。
「昼間の事と言いますと、バトムス君が……ルチア様を助ける為に、危険な行動を取ったという内容でしょうか」
「はい。あの時の光景を思い出すと……ふふ、つい笑いが零れてしまって」
つい笑いが零れてしまう。
そんなアルフォンスの気持ちを……従者候補である男女二人は、なんとなく理解していた。
バトムスがバカ三人の真似を一人三役で行う際、芝居がかっており……どこか小バカにする様なトーン、声訳で行っていた。
アルフォンスや超先輩従者であるゴルドの前ということもあり、なんとか笑いを堪えているが、アルフォンスと同じく脳内で再生すれば簡単に笑いが零れてしまう。
「ルチアさんに対して嫌味を口にしていた三人の真似を一人で行ったんだ。彼らの近くで」
「それはなんとも危険な真似をしたものですね」
「うん、それはそうだと思う。でも、バトムスはルチアさんの元に戻って来てから、カッコいいから彼らはあぁいった行動を取っていたと思って真似したのですが、どうも自分はそうは思えませんでした、といった内容を口にしたんだ」
「っ、それは……なんとも、上手く……周囲の方々の心を利用できる活躍ですね」
影でこそこそ自分を負かした人物への嫌味や暴言を呟くことなど、どう考えてもカッコ良くない。
そんな事は解り切っているが、本人が語った通りバトムスは平民。
貴族の屋敷で暮らしているとはいえ、貴族の感性が解らない……という言葉には、確かに同意できる部分がある。
だが、そんな事は口にしなくても解っている事……それを、バトムスはわざわざハッキリと会場に通る声で口にした。
「彼も、危険な行動だと理解していただろう。それでも、ルチアさんはひとまず味方になってくれると思ってたんだろうね」
「そうですね。そうなるべき流れで……尚且つ、アルフォンス様が味方をすることも計算の上だったと」
「その通り。いやぁ~~~~……うん……びっくりするほど、息の合ったやり取りだったね」
以前アブルシオ辺境伯家に訪れたことがあり、その際にバトムスとルチアと一緒に会話をした事があるため、本当に仲がよろしくない事を知っていた。
だからこそ、今回のバトムスの行動に……ルチアとの息の合った連携に驚かされた。
「しかし、私の記憶が正しければ、バトムス君はルチア様の事を嫌っていたと思いますが」
「僕もそこに驚いた。だから、パーティーが終わってからずっと考えてた」
友人は何故、気に入らない令嬢の事を助けたのか。
アルフォンスは七歳児には不釣り合いな思考力をフル回転させ、考えて考えて考えた結果……バトムスの、ある事を思い出した。
「そしたら、バトムスは凄い努力をする奴だと思い出した」
「えぇ、そういう方ですね」
ゴルドの頭には、まだバトムスがルチアとの模擬戦の光景が深く刻み込まれていた。
全くもって七歳の子供とは思えない技術に試合運び。
これまで長い人生を歩んできた中で、トップクラスの驚きを感じた。
ただ才能だけでそれらを行える訳ではなく、ゴルドはバトムスの動きに確かな修練の後を感じ取った。
「同じ屋敷に暮らしていたら、バトムスがルチアさんが強くなる為に、どれだけ鍛錬を重ねているのか、知っていてもおかしくない」
「ルチア様の努力を知っているからこそ、彼女の努力をバカにする様な発言が許せなかったと………………なんとも、理解の深い方ですね」
既に初老に差し掛かる年齢のゴルドは、強くなる為に……本当の意味で強くなる為の訓練を続けることが、どれだけ過酷な事か良く解っている。
ルチアの戦績などを小耳に挟んでいることもあり、彼女が真剣に戦闘訓練に取り組んでいることも解る。
バトムスは……彼女はそこまで本気で、必死で鍛錬を積み重ねてるのに、陰口しか叩けない奴が彼女をバカにするなと伝えた。
少々大袈裟な部分はあるが、ゴルドはアルフォンスの気持ちをそう捉えた。
「……それで思ったんだけど、バトムスは本当に彼女の事が嫌いなのかな」
「…………恐れながら、簡単に説明いたしますと、それはそれ……これはこれと、バトムス君は語るかと」
バトムスなら本当にそう言いそうだと思い、アルフォンスは小さく吹き出し、笑みを零す。
「もう少し深く説明いたしますと、嫌いと気に入らないという感情は似ている様で、少し違います」
「ふむ? それだと……バトムスはルチアさんの事が嫌いではなく、気に入らないと」
「私の個人的な見解ではありますが」
基本的に嫌い、仲良く出来ない
それでも、心の何処かで認めている部分がある。
ただ、仲良く出来ないなどの感情が大きいため、気に入らないといった形に落ち着く。
(ん~~~……それでも、バトムスがこのままルチアさんの執事になる、という事はなさそうだね)
友人の新しい一面を知れて嬉しい。
しかし、それこそアルフォンスはバトムスにとって今回の件はそれはそれ、これはこれである事は解っており……再度、小さな笑みを零すのだった。




