第48話 正しくは、ない
(……初めて、感じる、雰囲気だ)
バトムスはアルフォンスと一目視た時、普通の子ではないと……平民の事ではないと感じ取った。
豪商か、貴族の令息だと感じた。
ただ……今、社交界の場にいるアルフォンスが纏う雰囲気は、貴族のそれとはまた異なる。
貴族の令息、令嬢が社交場で醸し出す雰囲気を感じ取ったからこそ、解るものがある。
今自分の目の前にいる人物は……ただの子供ではなく、ましてや貴族の令息でもなく……王の子、王子なのだと。
「バトムス」
「っ、お初目にかかります、アルフォンス様。ルチア様の執事候補、バトムスとも申します」
「ルチアから話は聞いているよ。とても愉快な人だとね」
あくまで……あくまで、バトムスとアルフォンスはここで出会ったのが、初めての出会い。
知人でもなければ、ましてや友人でもない。
さすがのバトムスもうかっり「アル、本当に王子様って感じだな」なんておバカを越えて斬首されたいのかとツッコまれるようなアホ過ぎる真似はせず、これまで通り丁寧な挨拶で対応。
アルフォンスも……今、ここで自分がバトムスの知人や友人であると思われる行動を取ってしまえば、友人に迷惑を掛けてしまうことは解っている。
そのため、これまで通り……王子らしく、バトムスと同じく初めて出会ったという体でほんの少しだけ挨拶を行った。
「ふん。怪物が何を勘違いしてるんだか」
「それな」
(ん?)
パーティーが始まってから、ずっと緊張しっぱなしのバトムスの耳に、気になる……嫌な感覚を思い出す質感を持つ声が耳に入った。
(………………当たり前っちゃ当たり前だけど、知らない顔だな)
バトムスはバレない程度にちらちらと、嫌な質感を持つ声が聞こえた方に目を向けた。
視線の先にいる人物は、三人の令息。
それなりに高いであろう礼服を身に纏っており、そんな三人の視線の先にいるのは……ルチア・アブルシオ。
限定的ではあるが、バトムスが仕える主人であった。
「けど、アルフォンス様がアブルシオ辺境伯家に行ったって話を聞いたことあるんだけど」
「バカ。そんなの、アブルシオ辺境伯家と良好な関係ってやつを結ぶためだけだろ」
「そうだぜ。アルフォンス様みたいな人に、あんな怪物が隣に立つなんざあり得ねぇっての」
「ふふ、それもそうか」
発現しているのは、まだ子供であるガキんちょ三人。
だが、発言内容はあまりにも失礼であり、ルチアを口撃する内容のものだった。
何故……彼らがそういった発言をするのか。
それは、彼ら三人が以前、ルチアと一対一で戦った際、派手に負けてしまったからである。
この世界でも、男尊女卑という考えを持つ者はそれなりに存在する。
女性の騎士や女性の魔術師、女性の冒険者などそれなりに存在するが……男という生物として生まれたが故か、戦いという分野に関して女性が入ってくることを嫌ってしまう。
三人とも、幼いながらにそういった考えを少々持っていた。
そんな中……大剣を振るうルチアに、がっつり負けてしまった。
多数の子供たちが集まった上での訓練会であるため、たった一度しか戦えない訳ではなく、彼らはその日の訓練会が終わるまで、何度も何度もルチアに挑んだが……結果、全戦全敗。
普段、バトムスに対して全戦全敗しているルチアではあるが、彼女は彼女で決して温くない鍛錬を重ね続けている。
絶対に負けたくない、勝ちたい……ぶっ潰したいと思う相手が屋敷内にいるということもあり、ルチアは貴族令嬢として身に付けなければならない知識や動作の訓練を終えれば……余った時間の殆どを強くなる為の時間に使い始めていた。
その結果、現時点では大多数の同世代の野郎たちに負けない実力を身に付けていた。
当然、彼女の実力を認めている貴族令息もいる。
勿論いるのだが……まだ彼らが幼いということもあり、女子に負けるというのは外野が思っている以上の恥ずかしさ、悔しさを感じる。
「というか、あんなのに婚約を申し込む奴なんていねぇよな」
「だな。でも、あれだよな。一応辺境伯家だし、申し込むこともあるだろ」
「そうなると、申し込まれた側の令息が可哀想だね」
「本当にそれな」
だからといって、その恥ずかしさを……悔しさを悪口として、口撃として吐き出すのは、決して良い解決策とは言えない。
不満を口に出す。
それは、本人のストレスを軽減させる方法として、決して悪いことではない。
ただ、今この場にはルチア本人がいるのだ。
パーティー会場は広く、他の令息や令嬢たちもあちらこちらで会話をしている。
三人の声は、全体に響き渡るほど大きくない。
しかし、現在アルフォンスたちと共にいるルチアの耳にギリギリ入る……そんな声量で会話していた。
詰められたとしても「いやいや、そんな事話してないって。お前の勘違いだろ」という言い訳が通じなくもない距離と声量であり、なんとも厭らしい行為である。
「………………」
「? バトムス。ちょっと」
ルチアは、一部の令息たちから自分がどう思われているのか、理解してる。
本当は……今すぐ三人の元へ向かい、思いっきり拳を叩き込みたい。
だが、自分が辺境伯家の令嬢だと自覚しているからこそ、聞こえないふりをしながらアルフォンスたちとの会話を続けていた。
そんな最中、一応今だけ自身の執事候補であるバトムスが、フラっと自身の傍から離れた。




