第40話 既に体験済み
シャルトから忠告を受けたバトムスはもやもやした気分を抱きながら、ファルティール公爵家領へと向かい続け……長い馬車旅の末、ようやく到着した。
(あぁ~~~~……ク~~~~~~ソ長かった。覚悟はしてたけど、本当に長かった)
辺境伯家の当主が移動するということもあって、道中の移動に関しては全く不自由がなかった。
そこに関しては、感謝しなければならないのだろうと、バトムスもなんとなく理解している。
しかし、それはそれでこれはこれ。
前世の記憶があるバトムスにとって、長い長い移動時間でスマホやゲーム機で時間を潰せないのは、本当に辛かった。
(こうなったら、本気で錬金術を学んで、それらしい移動のマジックアイテムでも造るか? 金はあるんだし………………って、別に外に出るのは今回だけなんだし、別にそんなマジックアイテム造らなくても良いか)
そもそも造れるか解らないという問題があるものの、バトムスの頭の中にはぼんやりと設計図が浮かんでいた。
これから先研鑽を重ね続ければ……決して不可能ではない。
ただ、今のところバトムスには今回以外に、わざわざ別の街に……遠い遠い街に移動するつもりは欠片もなかった。
(それに、そんな物造ったら……うん、クソ面倒なことになるだろうな)
これまでバトムスは親の雇い主であるギデオンを通して娯楽品を造ってもらっていた。
そこまでであれば……まだ名前を伏せて裏であれこれすることも出来たが、バイクや車の様なマジックアイテムを造れば…………この世界ではオーバースペック過ぎるため、存在を隠すのが非常に難しい。
「はぁ~~~~~~」
「何を大きなため息を吐いてるのですか、バトムス君」
「いえ、疲れただけですよ」
今回、バトムスはギデオンの執事であるシャルトと同じ部屋に泊まる。
そこまで交流がある人物ではないものの、バトムスもバトムスでシャルトは基本的に好々爺である事を知っているため、特に抵抗はなかった。
「そうですか……ですが、この街にいる間は、なるべく執事見習いらしい振る舞いをお願いしますよ」
「……うっす」
好々爺であり、自分を善人だと言ってくれた人物。
そんな人物からの頼みということもあり、バトムスは渋々という表情を浮かべながらも、ベッドの上で寝転がるのを止めた。
「そういえば、パーティーは明日じゃないですよね。それまでの間はどうするんですか?」
「私たちは、主にルチア様と共に街中の散策です」
「っ!!!!! ……はぁ~~~~~~~~」
まさかの予定を聞かされ、さっきまでの気持ちはどこへやら……バトムスは再びベッドに倒れ込んでしまった。
(お嬢の散策に付き合うってことは……買い物に付き合わされるってことだろ…………ふ、ふざけんなよぉ………………はぁ~~~~……これが勤労ってやつか)
前世のバトムスは、家族と買い物で行くことは珍しくなかった。
その時、よく母親と妹の買い物に付き合わされ、父親と共に疲れ果てて百貨店のベンチに座るという経験を何度も味わった。
女の買い物は長い。
それは人それぞれだろという考えは勿論解っている。
しかし、バトムスは既に前世でその経験を味わっており、ルチアの散策に関しても……あっという間に終わることは、まずなかった。
「ふふ」
何かを察してベッドに倒れ込んでしまうバトムスを見て、ギデオンはやれやれという表情を浮かべながらも、小さく笑みを零した。
「それじゃあ、ルチアを頼んだよ」
「畏まりました。いってらっしゃいませ、ギデオン様」
「「「「「「いってらっしゃいませ」」」」」」
翌日、数人の騎士を連れて何処かへ向かうギデオンを見送るバトムスたち。
「よし、行くわよ!!!」
本物の貴族令嬢であるルチアは、既に社交界デビューは果たしており、こうしてギデオンが治める街以外のところを散策するのも初めてではない。
だが、それでも初めて訪れた街の散策となれば、必然的にテンションが上がるというもの。
(あぁ~~~~~……クソめんどくせぇ~~~~~~~)
頑張って顔には出さないようにしているバトムスだが、心の中では既に死んだ顔を浮かべている。
バトムスも……前世でもまだ十代前半だったこともあり、今世で生まれた街以外の
街を初めて散策するのは、正直…………テンションが高まるところはある。
素直にドキドキワクワクするところはあるが、そのドキドキワクワク感も……ルチアの散策、買い物に付き合わなければならなくなると思うと、あっという間に霧散してしまう。
(バトムス……気持ちは解るぞ。だが、これも従者や護衛の仕事だ)
バトムスをそれなりに知っている騎士の一人は、上手く隠しているものの、バトムスの思いを察していた。
その気持ちは大いに解ると思いながらも、どう足掻いても避けられないのだと……だから頑張って耐えるしかないのだと、心の中からエールを送った。




