第37話 不満爆発?
「本当に行くのかい?」
「うん、いくよ」
現在、バトムスは兄であるハバトと一緒に自作のクッキーを食べながらバトムスの家でのんびり過ごしていた。
「やっぱり兄さんが行きたかった?」
「いや、そういう訳ではないけど……ただ、バトムスが問題を起こさないかと心配で」
非常にストレートに失礼な発言ではあるが、これまでバトムスのルチアに対する態度などを考えれば、兄がここまで心配するのは当然と言えば当然である。
バトムスもハバトにそこまで心配される自覚はあるため、特に文句などはなかった。
「というか、よくそんなギデオン様からの要望に応えたね」
「……ハバト兄さんもお嬢と同じで、ギデオン様が辺境伯家の当主っていうのを忘れてない?」
従者の息子であるバトムスが、両親の雇い主であるギデオンからの命に断れないというのは、あまりにも当たり前過ぎる事実。
だが、これに関してはハバトもルチアと同じ様な考えを持っていた。
「勿論それは忘れてないよ。でも、バトムスならなんだかんだ理由を付けて断れそうだと思ってさ」
「……まぁ、俺も最初は断ろうと思ったけど、良い対価を用意されちゃったからさ~~。っ、美味いね。また紅茶淹れるの上手くなった?」
「バトムスが良い物を用意してくれたからだよ」
テーブルの上に置かれているクッキーはバトムスが作った物だが、紅茶はハバトが淹れたものである。
「要は、物で釣られたってことか……バトムスらしいと言えば、バトムスらしいのかな」
「かもしれないね。それで、そういう事を話題にするってことは、執事見習いの間で俺に対する不満が爆発してる感じ?」
執事は新たに外部の人間を雇入れることもあるが、従者の子供が親の仕事に興味を持てば、給金や安全面の問題もあり、そのまま執事の道に進むケースはそれなりに多い。
「……正直に言うと、ちょっと爆発してるかな」
「はっはっは! やっぱりか。まぁ、俺でもそいつらの立場なら、ふざけんなって怒るだろうね」
バトムスも、自分が執事見習いとして頑張ってない自覚は十分にある。
そのくせ、戦闘に関する訓練にだけは参加しているため、将来騎士を目指しているジョゼフたちとは割と仲良くなっているものの、執事見習いの者たちに友達と呼べる友達は一切いない。
そんな状況を、バトムスは全く問題視していなかった。
それでも……今回の一件に関する彼らの気持ちに関しては、解らなくもない。
「バトムスが行くなら俺が、俺の方が、私の方が!! ってなってるの?」
「そんな感じだね。ギデオン様の決定だから、彼らがその決定を覆すことは出来ないけどね」
「そりゃそうだろうな~~~……うん、ぶっちゃけ今回のはギデオン様のお遊び? だし、そいつらの意見が正しいよ」
「……意外だね。全く反論はしないんだね」
「そりゃ日頃から執事見習いとしての仕事とか授業を受けてないからね~~。俺が勝ってる部分なんて…………万が一、主人が襲撃された際に主人を守れる戦闘力とか? 多分それぐらいだと思うよ」
執事的な部分は敵わないと自覚している。
だが、戦闘力に関しては自分の方が高いと、自信を持って断言出来る。
「ふふ、そうだね。そこに関しては、間違いなくバトムスの方が高いね」
ハバトはバトムスより数歳上であり、この時期の数歳差は非常に大きい。
だが、訓練場でバトムスが現役騎士を相手に挑んでいる姿などを見ると、絶対に自分の方が勝つというイメージが湧かない。
主人を守るとなれば、また戦い方に違いがあるのだが、現時点ではそれらも含めて間違いなくバトムスの方が強かった。
「ありがとう……つっても、お嬢に付いてって貴族の令嬢、令息たちのパーティーに参加したとしても、良い事なんて一個もないと思うけどな~~~」
「名誉、という問題があるんだよ」
「ふ~~~ん………………俺はお嬢に対して敬意とか持ってないから、そこら辺の感覚は解らないや」
決して、バトムスは従者たちが主人たちに向ける忠誠心をバカにしたいわけではない。
ただ……本当に、そこにどういった幸せを感じるのかが全く解らない。
「でも、貴族令嬢や令息が集まるパーティーなんだから、クソみたな自慢話の会話を延々と聞かされるんだよ。そんな場所に参加してまで名誉を求めてもな~~~」
「偏見が過ぎないかい?」
「そうかな? まぁ、確かにお嬢以外の貴族に…………うん、お嬢以外の貴族には合った事がないから、確かにちょっと偏見が過ぎるかもしれないね」
王族には会ったことがあるものの、ルチア以外の貴族令嬢、もしくは令息に出会ったことはまだ一度もない。
「それじゃあ、あれだね。もし不満が爆発してる執事見習いたちがなんとかしたいなら、ギデオン様に自分がどれだけ有能かを伝えるしかないね」
(……それが一番の方法なのかもしれないけど、どう頑張っても無理だろうね)
弟が作ったクッキーを美味いと思いながら、色んな意味で自分たちはバトムスに敵わないのだろうと、兄はあっさりと認めた。
そして数日後、バトムスはギデオンたちと共に初めて別の領地へと向かった。




