第34話 珍しくゴリ押し
「……ギデオン様。それ、本気で言ってますか」
「うん、本気だよ」
執務室でテーブルを挟んで対面するバトムスとギデオン。
バトムスの額には、薄っすらと汗が浮かんでいた。
何故なら……ギデオンから、今度ルチアが出席するパーティーの執事見習いとして、同行してほしいと頼まれたから。
「あの、ギデオン様。俺は、執事らしい仕事を全くしてませんし、俺より執事として優秀な見習いたちはたくさんいるかと」
「執事として、って限定すると、そうかもしれないね」
ギデオンは執事見習いたちの努力を軽んじている訳ではない。
令息や令嬢たちと参加する従者見習いは、決して令息や令嬢と同じ年齢でなければならないという決まりもない。
「じゃ、じゃあどうして、ですか」
「…………なんだか、面白そうだと思ってね」
「え?」
バトムスは、ギデオンが何を言っているのか解らなかった。
(面白そうって……はっ!?)
再度、心の中で驚いてしまった。
ギデオンから伝えられた内容をもう一度自分の中で反芻するも、何故という疑問は消えない。
「大丈夫だよ。殺したりしなければ、後は私がなんとかするから」
「いや、その……どうして、俺が傷害事件を起こす前提なんですか?」
「バトムスの性格と、戦闘力からして……同世代の貴族や令息であれば、今は間違いなく君が一番強からね」
第三者がいるまでは、口が裂けても言えない。
執務室という、狭い空間だからこそ口にできる内容。
一使用人の子供が、同世代の令息や令嬢たちの中で、一番強い。
そう言われて、日頃から訓練を受けているバトムスとしては嬉しいものの、どう反応すれば良いか解らなかった。
「勿論、タダとは言わないよ。ミスリル鉱石と、Bランクモンスターの魔石を複数用意するよ」
「うっ…………ど、どうして、それらを」
「最近、街の鍛冶師や錬金術師の仕事場にお邪魔してるそうじゃないか」
(ば、バレてる~~~~~~)
鍛冶師や錬金術師の仕事場にお邪魔する。
それに関しては、決して悪いことではない。
バトムスは毎回見学する為の料金を払っており、鍛冶師も錬金術師もそれならと、寧ろ歓迎していた。
バトムスとしては、将来的にニートになりたい訳ではないため、スローライフを楽しむ為の技術が欲しいと思っている。
そんな将来を考えているバトムスにとって、ミスリル鉱石とBランクモンスターの魔石というのは…………非常に高値で面白過ぎる玩具である。
「僕からの報酬だからといって、扱えるようになるまでとっておく必要はない。存分に今、使ってくれて構わない」
「……………」
ミスリル鉱石も、Bランクモンスターの魔石もバトムスが買おうと思えば買える。
今でも前世の知識を使ったお陰で定期的に収入を得ている。
ただ……ミスリル鉱石という、一流と呼ばれるレベルに達した冒険者や騎士が愛用する武器に対し、主に使用されるミスリル鉱石と武器の制作……錬金術の素材としても非常に優秀なBランクモンスターの魔石は、普通にそれなりに良い値段がしてしまう。
その為、それを少しの間ルチアと共に、執事見習いとして行動するだけで手に入るのであれば、非常に安い買い物であることは間違いない。
「……当日までに執事らしい動作や言動を練習するとかは、ありませんよね」
「勿論ないよ」
そこであると答えれば、報酬が魅力的であっても絶対にバトムスは断ると理解しており、ギデオンは本当に当日までバトムスには練習させるつもりはなかった。
「…………解りました。やらせてもらいます」
「そうかそうか。受けてくれて嬉しいよ」
受けたと決めた後でも、色々とツッコミたい。
やっぱ考え直した方が良いんじゃないですかとツッコミたいが、バトムスは心の中で大きなため息を吐き、諦めた。
「ちなみになんですけど、お嬢は反対しないんですか?」
バトムスは受け入れた。
今更、やっぱりなしで。と言うつもりはない。
ただ、ルチアも同じく自分のことを嫌っている。
それもあって、そもそもルチアが今回のことを了承してないのではと思った。
「バトムス……私は誰だい」
「えっと…………アブルシオ辺境伯家の現当主で…………お嬢のお父様?」
「そう、その通りだ。私はアブルシオ辺境伯家の現当主で、尚且つルチアの父親だ。もう、私が何を言いたいか解るだろう」
「は、ははは……えぇ、ある程度、解りました」
そんな決め顔で言う内容ではないと思います、というツッコミをなんとか飲み込んだバトムス。
(なんと言うか、ギデオン様にしては珍しく立場でゴリ押しするつもりみたいだな……とはいえ、俺とお嬢が喧嘩さえしなければ、特に面白い事とか起きなさそうだけどな)
ひとまず契約が成立し、バトムスは執務室から退室。
その日の夜……屋敷に轟くほど、不満が爆発したであろう絶叫が轟いた。
「ん? 今のは………………まぁ、ご破算になったらそれはそれで、だな」
バトムスは直ぐに視線を手元の短剣に戻し、磨き始めた。




