第33話 職人にはならない
「ふぅ~~~~、作った作った。んじゃ、俺たちもゆっくり食べましょ、クローゼルさん」
大量のふんわりパンケーキを焼いて焼いて焼きまくったバトムス。
パーズの分を焼き終わった後にも、まだいくつかのパンケーキを焼いていた。
「良いのか?」
「勿論ですよ。なんだかんだで結構手伝ってもらっちゃいましたし」
「…………そうか、ではお言葉に甘えようか」
正直なところ、クローゼルも甘い食べ物は嫌いではないため、有難かった。
「どうぞ。皆さんの分はこれだけなので、分けて食べてくださいね」
「「「「「ッ!!!!」」」」」
パーズの元まで向かうと、数人ほど入れ替わりでパーズをもふもふしに来ていたメイドたちにバトムスはいくつかのパンケーキを渡した。
それを見て、メイドたちは目をキラキラと輝かせた。
何故なら……自分たちの分にも、しっかり蜂系モンスターの蜜が掛かっていたからである。
その場に椅子などはなく、地面に座って食べるという非常に行儀が悪い……食べ方になることはなく、土魔法を使えるメイドが即席でテーブルとイスを用意した。
「はぁ~~~~~、幸せ~~~~~~」
「本当ね~~~。にしても、本当に私たちまで貰って良かったの、バトムス」
メイドたちに関しては、特にパンケーキの調理を手伝った訳ではない。
ただパーズの傍にいて、もふもふしていただけである。
「大量のパンケーキを食べ続けるパーズを見るだけっていうのは、地獄だったでしょう。後、多分本来は俺が執事見習いとしてやらなければならないであろう仕事を、皆さんがやってくれてると思うんで」
確かに、その通りかもしれない。
しかし、甘い物好きであるメイドは、パンケーキにかけられる蜂蜜がEランクやDランクではなく……Cランクの蜂系モンスターの蜜が使われている事を見抜いていた。
(普通に店で食べようとすれば、絶対に銀貨数枚は弾け飛ぶ。それをタダで……はぁ~~~、本当に幸せだわ)
銀貨数枚……平民であっても、絶対に支払えない金額ではない。
アブルシオ辺境伯家で働いているメイドたちも、支払うことはそこまで難しくない。
だが、女性はその他の部分にもお金がかかってしまい、甘味にお金を使ってしまうと……他の事にお金が回らなくなってしまう。
その為、今日の様にお金を払わず、他のメイドたちと分けてとはいえ、ふわふわのパンケーキに上等な蜂蜜が掛かったデザートを食べられたのは、天からの恵みであった。
「……バトムス。あちらから、お嬢様が見ているが」
「ん? あぁ~~~……みたいっすね」
パーズが大量のパンケーキを食べているという話は、割と直ぐに広まっていた。
当然、そうなるとルチアの耳にも入ってしまう。
現在、ルチアは少し離れた物陰から羨ましそうな表情でバトムスたちが蜂蜜たっぷりのパンケーキを食べる様子を見ていた。
「まっ、別に大丈夫じゃないっすか? だって、どれだけ甘い食べ物が好きでも、辺境伯家の権力を利用して使用人たちから甘味を奪おうだなんて、そんな器の小さい真似をすることはないでしょう」
「っ!!!!!!」
普段よりも大きな声で、どう考えても離れた場所にいるルチアの耳に入る声量で、そんな事はしないだろうと……バトムスはニヤニヤとした表情で口にした。
その時、ルチアの中で、器の大きさなんてクソ喰らえだ!!!!!! という思いが爆発しかけた。
もう、遠目からでも甘くて美味いというのが解る。
ただ………………権力を使って使用人たちが食べている物を奪おうとするのは、まだ七歳のルチアでも……ダサい、よろしくないと解っていた。
「…………………………っ!!!!!!!」
約二十秒ほど歯ぎしりをしながら悩んだ末、ルチアはその場から速足で立ち去って行った。
「ふぅ~~~~~……良かったと、言って良いのでしょうか」
「言って良いんじゃないっすか」
「……それにしても、相変わらずバトムスはルチア様に厳しいですね」
「そうっすか? 別に俺は当たり前の事を口にしただけですよ」
権力を立てに、立場の弱い者の食べ物を奪おうとする。
確かに、それは器が小さい者の行動。
しかし、ルチアはまだ七歳の子供であり、多少の我儘を口にするのは致し方ない
部分とも言える。
「………………」
クローゼルは、そこに関して何も言わなかった。
何故なら……今回パンケーキに使用した蜂蜜に関しては、バトムスが自分のお金で購入した物だからである。
パンケーキを作る為に使用した物の一部、バトムスが自ら購入……お金を出している。
それもあって、クローゼルは「少しぐらい分けてあげても良かったのではないか」とは言えなかった。
「それにしても……バトムスは将来、菓子職人にでもなるの?」
メイドは毎回バトムスが厨房からパーズにパンケーキを持ってくる様子から、中でバトムスが実際にパンケーキを作っているのだと思っていた。
「? なりませんよ。こうやってパーズのご褒美のために作ったり、なんとなく気分で作るのは良いですけど、どっかの店に働いたりとか、そういうのは俺には無理ですよ」
「そう……なら仕方ないわね」
メイドとしても、こうして偶に食べられる機会を失いたくないため、バトムスが菓子職人として働きにいかないのは、それはそれで良い事だった。




