第22話 今はまだ、それでも
「……………………せっかくだ。僕も訓練に混ぜてもらおうかな」
「っ……」
まさかの提案に、バトムスは少し驚きながらも、自分で答える……のではなく、ルチアに視線を向ける。
(おいおい、どうすんだ、お嬢)
ここは自分が答えるべき場面ではないと思ったからこその判断。
その判断は正しいと言えば正しかったが……ルチアはこの展開を全く予想していなかったのか、バトムスからの視線に全く気付けていなかった。
どうすれば良いのか……バトムスに負けたばかりということもあり、考えられる余裕がなかった。
しかし、それでも辺境伯家の令嬢。
ルチアは咄嗟に護衛である老騎士の方に視線を向けた。
「……」
辺境伯家の令嬢から視線を向けられた老騎士は直ぐに彼女の意見を汲み取り、問題はないと首を縦に動かした。
「わ、解りました。それでは……えっと、よろしくお願いしますわ」
「よろしく、アル」
「ありがとう、二人とも」
アルフォンスは……本音を言うと、バトムスと本気で戦ってみたかった。
だが、それは口に出さなかった。
(さすがに、躊躇うだろうな)
今、この空間では友である。
それでも……本来の立場である王子と辺境伯家に仕える従者の息子というは変わらない。
先程の戦い、割と辺境伯家の令嬢であるルチアには遠慮してない様に思えた。
その光景に……アルフォンスは羨ましさを感じた。
だからといって、戦闘に関して自分にもその様に接してほしいとは、言えなかった。
(昨日、出会ったばかりだしね)
まだ、二人の関係の始まり、関係値は知らない。
ただ……それなりに付き合いがあるからこそ、バトムスが遠慮なくルチアを倒したように思えた。
(時間を掛けていこう)
いつかは、良い意味で本気で戦えるような関係になりたい。
そう思いながら、アルフォンスは二人と共に木製の得物を振り始めた。
「本当に楽しかったよ、バトムス」
「こっちこそ楽しかったよ、アル」
数日後、二人はバトムスの部屋の前で握手を交わしていた。
「……バトムス。また、会いに来ても良いかな」
アルフォンスの言葉に、バトムスはノータイムで答えた。
「あぁ。ただ、こっそり来てくれよ。あんまり変に目立ちたくないからな」
「……解った。ありがとう……それじゃあ、また」
「おぅ、またな」
手を離し、アルフォンスの姿が見えなくなると……バトムスは一つ、深呼吸をした。
「すぅーーー……はぁ~~~~~」
「深呼吸なんかして、どうしたんだよ。バトムス」
「ハバト兄さん……いや、なんて言うか……普段通りの感覚と緊張感が混ざって、なんか変な感じだったんだ」
「へぇ~~~。バトムスでも緊張することあるんだな」
からかっている訳ではなく、ハバトは心の底からバトムスでもそんな事があるのだなと少し驚いていた。
「ハバト兄さん、王子様って偉いんだぜ?」
「そうだな。それは確かにそうだ。でもな、バトムス……辺境伯家の令嬢だって偉いんだぞ」
ハバトの言葉に、二人の会話が耳に入っていた従者たちは、無言で首を縦に動かす。
「もしかしなくても、お嬢のこと言ってる? ハバト兄さん、お嬢はただの偉そうな小娘で、アルとは違うよ」
「スケールは違うかもしれないけど……まぁ、もう今更という感じか」
出会い方が悪かった、という訳ではない。
同じ両親の元から生まれたからこそ解る。
バトムスは考え方が、感性が一般人とは違うと。
「なんて言うか、アルはちゃんと王子様だったんだよ」
「ふむ…………それは解るかな。にしても、王子様と友達になった、か…………これからどうするんだい、バトムス」
「…………ハバト兄さん、今の俺の状況を楽しんでない?」
「はは、バレたか」
どんな時でも基本的に楽しそうにしており、屋敷の主人の娘であるルチアに対して大胆不遜な態度を取っている。
そんなある種の凄さが滲み出ているバトムス。
そのバトムスが、そこそこ困った顔をしている。
ハバトにとって、それはそれは本当に珍しい光景だった。
「どうするって言われても……別にどうもしないよ。アルや護衛の人に何かしらの誘いを受けた訳じゃないし」
自信過剰なタイプではないが、それでもなんとなく老騎士が自分に対し何を考え、視線を向けてきていたのか気付いていた。
「……誘われてたら、どうするつもりだったんだい」
「普通にお断りするね」
「ぷっ、あっはっは!!! 即答だね」
「そりゃ勿論」
「普通なら大出世だって喜ぶのに……ふふ、本当にバトムスらしい答えだよ」
辺境伯家に仕えて仕事をすることがしょうもない仕事だと言っているのではない。
ただ、世間一般的な認識として、辺境伯家ではなく王城で仕事を行う方が出世していると捉えられる。
そんなもしもの未来を、バトムスは速攻で拒否すると口にした。
「兄さんは知ってるだろ。俺は生きたいように生きれれば、それで良いんだよ」
下手に権力に近づけば、キリがない迷路が待ち構えているだけ。
七歳にして、なんとなくそれを理解していた。
だからこそ、バトムスはこのまま辺境伯家の庇護下にいる現状を望む。




