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国土の時代/10

 特殊部隊による都市奪還後、それは真っ先に行われた。捕縛された都市太守の処刑だ。

 一部ではそれを阻もうとする動きが周辺の軍からはあったものの、後から押し寄せた連邦の軍勢に抑えつけられるかたちで降伏が相次ぐことになる。もとより周辺軍の士気は全くもって低いことこの上なく、おまけに一部の砦では現地からの徴募兵が率先しての決起が続発する始末だった。都市を落とされてしまっては帝国本土からの援軍が望めるわけもなくて、結果的に鎮圧は驚くほど平和的に行われることになる。都市の帝国衛兵はとっくのとうに打ち払われてるし、そもそも叛乱が頻発している帝国はこの辺境都市に最低限の兵しか置いてはいなかったのだ。もはや処刑を止めることができるのは連邦のつのなししかいないし、もちろんそれをしようとするつのなしは誰一人としていなかった。

 実際問題そのつのなしは都市をずっと治めていたわけで、帝国側の意向さえ断ち切ってしまえば決して使えない人材というわけではなかったのだろうけれど。現地住民であるつのなしたちこそが、そういう、いってしまえば手ぬるい処断をよしとはしなかった。前みたいにつのつきの土地に放り捨てておくような真似をする理由もない。処刑は都市の中心部、広場で大々的に実施された。火あぶりの刑だった。それはつのなしたちにとって最も重い刑罰で、また苦しみも飛びきり大きくて、死体はそのまま三日ほど晒し者にされるという。処刑には、多くのつのなしが周りを取り囲むみたいにして集まった。老いも若ききも、男も女も問わないように。

 怒号と歓声、悲鳴と絶叫。率直にいって、あまり見たいものではなかった。聞きたいものでも決してなかった。けれどもそれが恨みの丈が吐き出される瞬間と思えなくもないし、同時にそれが言われるがままにやっていた結果と思えば悲惨この上ない末路だった。ひょっとしたらわたしは、火炙りにされている彼に自分を重ねているのかもしれない。わたしが昔やったことを思えば、そうされることは不思議でもなんでもない。罪の多寡はきっと大して変わりもしない。わたしには肉体がないからそうはならないという、きっとただそれだけのことだった。

 他に思うところはさしてない。しいて言うなら、火を焚く薪がもったいないと思った。火炙りというのはどうやら死ぬまでにも結構時間がかかってしまうみたいで、さらにいうなら処刑に使う薪はもちろんただではない。特殊部隊のつのなしがせっせと拾い集め、準備したものだった。できるなら、集まったつのなしたちが暖まるのに使ったほうがいくらかいいとわたしは思う。

 なにはともあれ、済んだことは済んだこと。降伏した兵は連邦軍の監視下に組み入れられるかたちで組成がなされ、すぐさま復興のための準備が流動し始めた。

 僥倖なのはやっぱり、都市をほとんど壊したりはせずに済んだことだった。正面切っての軍事衝突があった場合の被害を思えば寒気がするくらいのものだけれど、瓦礫を片付けるような気の滅入る仕事もなければ現地住民の反感を買ってしまうようなこともない。同時に連邦側からの正式な物資支援が届き始め、すぐに後任の統治者が太守の地位につくこととなる。

 わたしはてっきり総領主のつのなしが移動してくるのかと思っていたけれど、それはどうやら違うみたい。今や連邦の総領主の地位にある彼だけれども、あくまでも成り上がりものに過ぎないのだから反感を買ってしまう可能性も無くはないとのこと。さらにいえばちいさな村々とはぜんぜん違う規模の大きな都市だからこそ、帝国の勢力が紛れ込んでしまうのもまた容易い。復興期のごたごたにまぎれて連邦の天辺に就いている彼が狙われる危険もまた少なくないから、現地の有力者が推挙されるかたちで太守の地位についたのもそんなにおかしな話ではないだろう。

 彼は他地方との商いで利益を出しながら、その一方で教会への寄付や配給を差配することに熱心で、連邦に対しても好印象を抱いているといっていいつのなしだった。多くの現地民の支持を集めていたことから帝国に引っ立てられる寸前だったつのなしで、けれども支持者が多いことから刺激して叛乱などがまた起こっては堪らないとやむ無く捨て置かれていたという。実際的に統治者向きであるかはまた別のことにしても、当座の領地を治めてもらう人物としてはおおむね間違いはないという感じ。実際それからは食糧配給など公的な支援が増えて、同時に周辺の村々では多くの半農兵がいなくなったために空いた土地が増えていた。そういった場所に都市のつのなしを差配することで無駄をなくし、冬の間から翌年以降の農作に向けて備えてもらう。なにより彼らは連邦が雌伏している二年の間にも疲弊を重ねてきたのだから、しばらくは回復につとめるべきだった。今やそこは帝国に隣する辺境都市となってしまった以上、他の連邦領にしたって積極的な援助を行うのはやむを得ないこと。元々は他の連邦領土よりも抱えている土地がずっと大きいのだから、将来的には自給自足で賄ってくれる──どころか、礼を売っておけば見返りにあずかれる可能性さえある。幸いにして解放され、新たに連邦に加わった領地への、今は必要不可欠な投資期間といったところだろう。

 ただひとつ問題があるとすれば、帝国の旗を下ろして連邦に加えられた都市を守りきれるか、ということ。仮に帝国に奪い返されれば将来的に見込める利益なんかはみんなご破産になるし、場合によってはそっくり向こうに持っていかれてしまう危険性さえある。リスクが無い投資では決してない。

 けれども当然、投資をした連邦の各領地にしたって馬鹿ではない。リスクは言った通りないわけではないけれど、でもそれは決して看過しかねるほど高いものではない。それはあいにく都市のつのなしの頑張りなどは無関係なところで、しかしあからさまな徴候を見せて起こっていた。

 ──帝国という征服国家の凋落。一言でいえば、つまりはそれだけのこと。叛軍はもはや叛軍という域にはとどまらず、各地の有力者を擁立するかたちで独立を宣言する事案が立て続けに起こった。

 反旗を翻すのは各地に散らばった反抗勢力だけではなくて、中には本土から派遣された当の帝国のつのなしが首謀者なんてことが珍しくもない。どうやら遠い地方や辺境に派遣されるつのなしは本土から冷遇され、つまりは"飛ばされている"こともよくあるみたいで、それを考えれば独立を考える向きはなんら不思議なものではなかった。むしろ当たり前といっていい。それにしたって帝国という巨大な勢力を思えば動き出せずにいたのだろうけれど、重石が退けられてしまえば身も心も軽くなる。その役目を、知ってか知らずのうちに"解放軍"は果たしている。故郷回復を果たして連邦という新たな国土を樹立した彼らは、いわばひとつの成功例ともいうべきもの。その裏側はつのつきに支援されたものであるから、独立がみんな上手くいくとはちょっと考えられないけれど。しかし帝国が弱体化している今であるから、勝ちの目がない賭けでもない。

 つまりは連邦のつのなしが、諸国家の乱立と相次ぐ戦乱の時代を引き起こしてしまったということは、少しばかり複雑な気持ちがあった。つのつきたちと連邦のつのなしは安全な領地を手にしたけれども、それなりに平和だった土地が混乱の渦に巻き込まれているのを見ればなんともいえなくなる。えも言えない気持ちになる。

 けれども、全ては、今さらだった。ずっとずっと昔に、つのつきたちだけを助けるためにつのなしたちを殺戮することを選んだわたしに、いったい何がいえるというのだろう。指弾するのならば真っ先にわたしをこそどうにかすべきだった。そして結局のところ、わたしは構わなかった。つのつきたちこそが平和であるのならば、それでいい。

 つのつきの国土と連邦の同盟関係はいまだに続いていて、戦乱の時代が訪れたからこそその必要性は増している。つのつきが連邦についているということは連邦の周辺への抑止力にもなるし、連邦が健在であればつのつきたちが西方諸国の戦乱に巻き込まれることはなくなる。お互いに利するところがあって、どちらの別なく融和することは決して無いだろうけれども、その関係はしばし絶えずして続くことだろう。


 太陽がさんさんと輝く夏の空。つのつきたちは国旗になぜか三日月のかたちを描いたものだけれど、わたしはどちらかといえば明るいほうが好きだった。"神代"の少女が伝えるところいわく、本日の空模様は絶えずして晴れが続く見込み。朝のおとずれに、つのつきたちがまた一様に起きだしてくる。変わらない穏やかな日々が続く。巷間の荒れ模様とはともすれば無縁なほどに。

「────変わらず、私共をお見守り下さいますよう」

 少女から捧げられる祈りもまた変わらないで、それがわたしの数少ない慰みだ。けれども、祈りも、それを捧げる少女もまた変わらずにいても、わたしは変わった。変わってしまった。────その祈りはわたしにふさわしくない、とわたしはいった。見守り続けているわたしはいまだにいるけれども、わたしは変わらずにはいられなかった。少女はひめやかに膝をつき、かぶりをもたげて、華やかでありながらも静謐さを思わせる祭壇からしばらく絶えざる祈りを捧げていた。わたしの声は届かなかった。いつか届く日が来るだろうか、とわたしは思う。それがきっと、つのつきを見守るわたしにとってひとかけの希望だった。

 少女はそっと鮮やかな銀色の前髪をかきあげ、そっと額の上くらいから伸びる角をさするみたいにして、静かに頷いた。ともすればなにかが聞こえているようでもあるけれど、それはわたしにはわからない。

 彼女はすっくと立ち上がる。"神代"の少女は往々にしてみんな老いが遅く、そして幼気であるにも関わらず背筋がぴんと姿勢よく伸びているためにちいさくは見えない。袖が長く垂れるような祭礼の装束に、ぱっちりと見開かれた黒檀の瞳。声を届かせられなくとも、ずっと見続けていたせいか、不思議とつのつきたちがよく見えるようになったのがなんだか不思議ではあった。遠いようで、近づいているようでもあり。

 その時ふと、彼女の黒檀の瞳が空を見上げた。神殿内のことだから、それは空というよりも天井を見上げているに過ぎないのだろうけれども。しかしその眼は、不思議と向こう側の天上を見透かしているように見えた。

 少女は、ほんのり朱い唇を開いていった。めったにあることではない。わたしは期待した──彼女の応えがあることを。例えそのきれいな口からつむがれるのが、わたしを糾弾する言葉であったとしても。

「私もまた、あなたにお目通りかない、嬉しく思います」

 唇がちいさく笑みのかたちをかたどった。花の咲くような笑み。

 ────え?

 わたしが無意識にあげた疑問の声に、けれども答える言葉はない。少女は静々と頭を下げて、きびすを返し、祭壇の間を穏やかな歩みで退出していく。お付きのつのつきがその後から続いていく。

 わたしはどうしていいかもわからず、というよりどうしようもなく、呆然としていた。惚けていた。つまりはいつも通りだったのだけれど、彼女の言葉はわたしの記憶に刻み込まれた挙句にまとわりついてやまない。

 彼女はいったい、なにを見たのだろう。


 つのつきの国土は、今日も、おおむね平和だった。

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