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紅い瞳の奴隷騎士は、少女のために命を捧ぐ  作者: 神崎右京
第四章

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56、魔を払う光②

「っ……どけ!」

 たどり着いた先――部隊の一番後方で、混戦を極めてまごつく一団の中に馬ごと切り込んだ。押されている一番近くの兵士たちへと一息で迫り、神速の剣を振るって駆け抜ける。

「危ない!後ろだ!」

 叫び声がしたかと思うと、ごぉっと強風が吹き荒れた。風の魔法使いがいたのだろう。ロロの背後から飛び掛かろうとしていた魔物を押し返す。

「風か――好都合だ……!」

 風に煽られて体勢を崩した魔物を即座に切り伏せて絶命させ、ロロはぐるりと周囲を見渡した。

 部隊の本体は既に最大の速度で進軍している。このままここで、いつまでも魔物にかかずらっていては本体と引き離されて、孤立無援の状態となり、絶体絶命の窮地に追い込まれるだろう。

 戦っている兵士もそれはわかっているのだろう。全員に焦りに似た恐怖の色が浮かび――

「俺が道幅いっぱいの障壁を造り出す!風で煽って、一気に広げろ!」

 風の魔法使いが誰なのかは知らないが、兵士の恐怖を吹き飛ばすかのように大声を張り上げて指示を飛ばす。返事を聞く前に、一瞬で魔力を構築し、解き放った。

 ゴォッ

「っ――くっ!ぉぁああああああああああああ!」

 野太い声がどこからか響き、炎を後押しするように強風が吹きすさぶ。ただでさえ規格外のロロの炎が、一瞬で燃え広がり、絶対の防御壁へと姿を変えた。

「駆けろ!!!全速前進!これ以上本体から引き離されるな!!」

 ザシュッと飛び掛かってくる魔物を叩き落すように絶命させながら、大声で叫ぶ。

 よく訓練された兵士たちは、階級章の一つもつけていない奴隷の言葉に、咄嗟に従った。

 ――今、この場で、誰よりも状況を冷静に判断し、生存確率を上げる指示を飛ばせるのは、この奴隷に他ならないと、誰もが肌でわかっていたからだ。

「グルルルルル……」「ガウッ」「ガウッ」

 馬で駆け始めた一団を追いかけるようにして、炎の障壁で分断された地点より手前にいた魔物が襲い掛かってくる。

「走れ!走れ!走れっっ!!!前だけ見て、駆け抜けろ!置いて行かれたら、死ぬぞ!」

「ひぃぃっ……!」「助けて――助けて――!」

 見れば、負傷兵もたくさんいる。全員が蒼い顔をして、ただひたすらに馬の腹を蹴り、必死で駆け抜けた。

(クソ――指揮官ってのは、厄介だな――!)

 自分独りが生き残ればよかった剣闘場の戦いとも、身命を賭して守ると誓った主のために命を投げ出し身を挺すのとも、訳が違う。

 自分で自分を鼓舞できない兵士を指揮することは、ロロにとって初めての経験だ。後ろから迫りくる魔物の恐怖を前に、いつ連携が崩れるかわからない。

(姫は、いつもこんなことを当たり前のようにやってのけていたのか――!)

 十三歳の少女を前に、心が沸き立つ気持ちを何度も味わった。彼女の命令に従い、彼女のために動くことを、息をするように当たり前だと思って生きてきた。

 皇城の中でも、馬車の中でも――彼女はいつでも、誰にとっても、非常に優れた”指揮官”だったと痛感する。

「ぐっ……わぁああああ!」

 一人の兵士が、横から飛び掛かってきた魔物の牙に捕らえられ、尋常ではない出血をあたり一帯へとまき散らす。一斉に、周辺の魔物が、血と肉に殺到するようにその男へと飛び掛かっていった。

「ヒィ――!」

「っ――振り返るな!とにかく本体に追いつくことだけを考えろ!」

 誰かの悲鳴が聞こえるのを叱咤し、びゅっと剣を倒れた兵士へと殺到している魔物の群れへと差し向ける。

(許せ――!)

「あぁあああああっっ!」

 ゴォオオオッ

 気合と共に剣の先から放たれた炎の渦が、頽れた兵士の耳を塞ぎたくなるような断末魔と一緒に、黒い獣の群れを飲み込んで行った。

 尊い犠牲を払ったことで、猛攻が一時的に止み、誰もがほっと息を吐き――安堵してしまった罪悪感に耐えかねて、吐き気にも似た絶望が押し寄せる。

「死者を悼んで落ち込む暇があるならっ……前を向いて、ただ、駆け抜けろ!生きていなけりゃ、悼むこともできやしないっ……今はただ、己が生き延びることだけを考えて、馬を駆れ!」

「「はっ……はいっ……!」」

 ロロの叱咤に、途切れかけた緊張の糸を再び張りつめて、兵士たちは必死に本体へと向かって追いすがる。

(こんなことしか言えないのか、俺は――っ……これじゃぁ、姫の役になんか立てない――)

 かつて、奴隷解放の施策を立案したとき、ミレニアはロロに、一度は総大将を務めさせようとしていた。その後、ロロの嘆願を受け入れる形で、ミレニアが指揮官となる施策へと書き換えられたが、それでも、ロロには「奴隷の心をつかみ、率いる」という役割が課せられるはずだっただろう。

 帝国の今の惨状を見て、ミレニアが何を考えているか、ロロにはわからない。戦争などしている場合ではない、と上申を取り消そうとするかもしれないが――おそらく、ゴーティスとザナドは、彼らの思惑に従って、既にそれをある程度まで進めてしまっているだろう。今更、ミレニアがやめようと言い出したところで、動き出した歯車が止まるとも思えなかった。

 形を変えてでも、奴隷を投入した戦争は、きっとどこかで行われるだろう。

 帝国軍として編成されるならば、国の――皇族の意向を従順に遂行する一団でなくてはならない。

 その時指揮を取るのは、十中八九ミレニアであり、その補佐をするのはロロだ。それだけは、きっと、変わらない。

(公子との縁談が白紙になり、利用価値のなくなった姫を、きっとあの胸糞悪い兄たちは、骨までしゃぶりつくすようにして、少しでも利を見出そうとするだろう――)

 もはや、ミレニアに残された価値は、それだけだ。

 きっと、ミレニアは正義の心をもって、絶対の権力者であるギークに諫言することだろう。

 皇族という地位を剥奪され、市井に落とされるかもしれない、とミレニアは言っていたが――狡猾なことにかけてはやたらと頭が回る連中が、ギークの周囲にはたくさんいる。市井に落とす――などという、皇族にとっては特に利にも害にもならないことで終わらせてもらえるとも思えなかった。

 おそらく、ギークなり、ギークと敵対している次の有力な皇太子なりの勢力が御しやすい軍属の有力貴族と無理やり婚姻を結ばされて、勢力の監視下に近い状態で戦争での進軍を余儀なくされるはずだ。

 使いどころのない皇女を、無理やりにでも使い倒して、価値を見出そうとする彼らに、反吐が出る思いではあったが――市井に叩き落されて、身も心もボロボロになっていくミレニアが見たいわけでもない。

 胸糞が悪いとはいえ、少なくともミレニアに衣食住の約束がされるその未来を受け入れるならば――ロロもまた、いつか、部下の心をつかむための術を覚えておかなければならないだろう。

(どんなことでもする――あの方のためなら、どんなことでも、やってみせる――)

 帰ったら、学ぶべきことが山積みだ。

 兵法。指揮官としての心得。――もっと効率の良い、魔物との戦い方。

 ぎゅっと双剣を握り締めて、ロロは前方をしっかりと睨み据えるのだった。


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