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紅い瞳の奴隷騎士は、少女のために命を捧ぐ  作者: 神崎右京
第十章

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173、最終決戦②

 サッと周囲を警戒するように視線を巡らせながら、コンコン、と素早く目当ての家のドアノッカーを叩く。

 しばらくして扉が開き、白髪の老人が顔を出した。

「はい、どちら様で――!?」

「しっ、静かに。――騒がないでくれ。少しだけ、話がしたい。家に入れてくれるか」

 思わず驚いて声を上げそうになったのを両手で口を押えて無理やり飲み込み、老人――ファボットはこくこく、と蒼い顔で頷いて、サッと家の中に来客を通す。

「ロロ殿――!それに、姫様――!よくぞ、よくぞご無事で――!」

「まぁ、ファボット。……ふふ、泣かないで頂戴。いくら歳をとって涙もろくなったと言っても、限度があるわよ」

「あぁ……皇城が火に包まれ、数々の首が討ちとられたと聞いて、儂はもう、気が気ではなく――!」

 滂沱として涙を流す老人の背中をさすりながら、ミレニアは優しく言葉を掛ける。

「状況はわかっていると思うが――今、俺たちは革命軍の御尋ね者だ。見つかれば即座に捕らえられ、首を刎ねられるだろう。――明日の正午には、城門に並ぶ首に、俺たちの物が追加される」

「そ、そんなっ……儂に出来ることがあれば、なんでもおっしゃってください……!どうぞ、こんなあばら家でよろしければ、ご自由に使っていただいて構いません――!」

 平伏して申し出る老人を手で制して、ミレニアはゆっくりと頭を振る。

「そういう訳にはいかないわ。今はお留守のようだけれど――お前にも、同居している家族がいるでしょう。何も知らない者たちに、お尋ね者の皇女を匿うだなんて罪を課すわけにはいかないわ」

「だ、大丈夫です――!何としても、説得します!儂は、常日頃から家族にも姫様のすばらしさを説いてまいりました。きっと、きっと彼らもわかってくれるはずで――」

「気持ちはありがたいけれど、大丈夫。……お前には、尋ねたいことがあって来たのよ、ファボット」

「あぁ――姫様、姫様……どうぞ、何なりとお申し付けください。貴女のためならば、この不肖ファボット、全てを擲ち、尽力しましょうぞ……!」

「ふふ、ありがとう。素敵な従者を持てて、私は本当に果報者ね」

 心からの礼を言って、ミレニアは平伏しているファボットに顔を上げるように促す。

 そして、桜色の唇を開いて、要件を口にした。

「以前、お前に頼んで黒玉の耳飾りを託した家の場所を、教えてくれないかしら――?」


 ◆◆◆


 本当に行ってしまうのか、と何度も引き留めるファボットに別れを告げて、短い滞在時間で老人の家を後にする。

 サッとマントのフードを目深に被り、ロロの後ろにぴったりとくっつくようにして道を行きながら、そっとミレニアは語り掛ける。

「これで、よかったのかしら」

「はい。――案の定、俺たちを追いかけようとする視線を感じます。兵士が様子をうかがっている模様です。……気配は一つだけ。奴らは二人一組で行動する。今頃、応援を呼びに、もう一人が走っているのでしょう」

「そう。……急ぎましょう。私たちの作戦が上手くいくかどうかは、ここのスピードにかかっているのだから」

「かしこまりました。――失礼します」

「ひゃ――!」

 ぐっ

 ミレニアの細い腰に手を回し、足の遅い少女を補助するようにしてロロが足早に歩き出す。

「ロ、ロロっ……!」

 まるで恋人同士が寄り添うように密着した距離に、ミレニアは頬を上気させて声を上げた。

「申し訳ありません。担いでいくには、衆目を集めすぎるので」

「っ……」

 確かに、こんなところで人を抱え上げて走り出せば、何事かと周囲の視線を集めてしまうだろう。

 だが、それにしてもちょっとこの距離は心臓に悪い。

 鍛え抜かれた芸術作品のような逞しい彼の胸板やしっかりとした腕を、否が応でも意識してしまう。

 腰を引き寄せられて身体を密着させながら、必死にロロの長いコンパスに置いて行かれぬように足を動かす。ドッ、ドッ、と心臓が太鼓のように煩く脈打っているのは、一生懸命に小走りの速度で足を動かしたからだ、と言い訳しようと心に決めた。

 目的地は、ファボットの家からそれほど離れてはいなかった。心臓が全力疾走する短い行程を経て、目的地に達すると、すぐにロロはミレニアを抱き寄せていた手を離し、ドアノッカーを手にする。

 コンコン、と素早く甲高い音を鳴らした。

(お願い――どうか、誰か家にいて――!)

 ぎゅっとミレニアは瞳を閉じて心に強く念じる。

 ファボットがこの時間に家にいるのも、ファボットの家が兵士たちに見張られているのも、ロロの過去の経験からわかっていた予定調和だったが――ここの家を訪ねるのは、今までの時間軸では初めてだという。

 一種の賭けだ。ミレニアは、無意識に胸元の首飾りをぎゅっと握り締めて――

「――はい。どなたでしょうか」

「!」

(いてくれた――!)

 中から、女性の声が聞こえて、ぱぁっと顔を明るくする。

 ガチャ、と警戒するように扉が開くと、中から中年の女性が顔を出した。

「な――奴、隷――!?」

「母さん!?」

 扉を開けた先に佇むロロの左頬を見て、ヒッと女は悲鳴を小さく呑み込んだ。家の中から、息子らしき人間の声が聞こえて、慌てて顔を出す。

「すまない、危害を加えるつもりはない。――お前たちに、会わせたい人がいるんだ」

「な、な、な……」

 労働奴隷であれば、市井の民の間でもある程度馴染みがあるだろうが、剣闘奴隷は基本的に奴隷小屋の一画から出て来ることはない。故に市民の間では、命のやり取りで金を稼ぐ、野蛮で恐ろしい戦士たちだという認識が殆どだ。ロロの左頬の奴隷紋を前に、怯えて腰を抜かすのも仕方がないだろう。

「突然の来訪、申し訳ございません、淑女(レディ)。……貴女に一目お会いしたくて、従者に無理を言って連れてきてもらったのです」

「な――あっ!?貴女は――!?」

 パッとフードを取って顔を見せたミレニアの顔を見て、すぐに女はその正体に気付いたのだろう。ロロから母を守ろうと、剣を取りに行った青年もまた、驚きに目を見張って言葉を失っている。

 ミレニアは、そのまま一歩歩み出て、すぅっと優雅な礼をして見せる。

「初めまして、淑女(レディ)。私の名はミレニア。――貴女たち市井の民を救うことが出来なかった、無力な皇女です」


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